第26話 我ラモ、人間ヲ、殺ス

「まさか、オークエンペラー……?」


 思わずぶるりと身体を震わせながら、イザベラは呟いた。


 オークエンペラー。


 それはオークの王の中の王。

 オークロードのさらに上位に君臨する、最強のオークだった。


 その危険度はAを凌駕する特A級。

 小国なら単体で滅ぼせるほどの力を持つ化け物である。


 それが今、オークロードを従えて森の中から姿を現したのだ。


 しかもそれだけではない。

 森から撤退してくる冒険者たちに続いて、信じがたい数のハイオークが次々と姿を見せる。


「オークじゃない! あいつらすべてハイオークだぞ!?」

「オークジェネラルも何体もいる……っ!」


 精鋭の騎士たちが愕然と叫んだ。

 危険度Dのオークであれば、十分に訓練された彼らなら、一対一でも余裕を持って倒すことができる。

 だが危険度Cに相当するハイオークとなれば、安全に倒すなら二人掛かりがベストだろう。


 それが今、ざっと見渡すだけで百体を以上もいるのだ。

 想定していた十数体という数を、遥かに凌駕している。

 これだけのハイオークが森の中に潜んでいたというのなら、冒険者たちが慌てて撤退してくるのも当然だろう。


 さらにその中には、せいぜい数体程度と見込んでいた危険度Bのオークジェネラルが、十体以上も交ざっていた。

 加えて、オークロードに、オークエンペラー。


 いや、そもそもこれだけの群れができあがったのは、間違いなく特A級危険度のオークエンペラーのせいだろう。


「お、終わりだ……こんなのが街に押し寄せて来たら……」


 騎士の一人が呆然と呻く。


「森ガ随分ト騒ガシイト思ッテイタガ……人間、オ前タチノ仕業カ」


 そのときオークエンペラーが口を開いたかと思うと、カタコトながらそんな言葉を発した。


「ま、魔物がしゃべった……?」

「オークが人語を使うなんて……」


 耳を疑う配下の騎士たち。

 例えば古竜など、高位の魔物の中には人語を解するものもいるとイザベラは文献で読んだことがあったが、こうして直に聞いたのは初めてのことだった。


「人間、ナゼ我ラヲ襲ウ?」

「っ……」

「我ラハタダ、我ラノ生活ヲシテイタダケダ」


 憤怒に満ちた声で、オークの帝王が問い正してくる。

 ここでどんな返答を返したところで、その怒りが収まるなどあり得ないことくらい、その場にいる誰もが理解できた。


「人間、憎イ。我ラモ、人間ヲ、殺ス」


 無数の配下を従えながら、オークエンペラーが近づいてくる。


「っ!」


 イザベラを始め、騎士たちは思わず後ずさった。


 もはやこれは街レベルの危機ではない。

 オークエンペラーの危険度は、特A級。

 国家レベルの災禍だった。


 一都市の騎士団で対処できる次元を超えている。

 撤退は当然。

 だが――


 イザベラは心を覆い尽くそうとしている恐怖を振り払い、覚悟を固めた。

 たとえ自分たちが犠牲になろうと、オークエンペラーだけは討つ、と。


 現在、その絶好のチャンスでもあった。

 なぜならオークエンペラーが、自ら群れの先頭に立ってこちらに向かってきているからだ。


「何としてでもオークエンペラーだけは打ち倒せ! そうすれば、群れは一気に弱体化するはずだ!」

「「「お、おおおおおおっ!!」」」


 イザベラの指示に、勇敢な配下たちは忠実に動いた。

 怒声を響かせながら地面を蹴ると、オークエンペラーへと躍り掛かる。


 迫りくる騎士たちを前に、オークエンペラーは何を思ったか、大きく息を吸い込むと、



「ブホオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



「「「~~~~~~~~~~~~っ!?」」」


 ウォークライ。

 オークロードのそれを遥かに上回る威圧の雄叫びが、勇猛な騎士たちに襲いかかった。


 あと一歩でオークエンペラーに攻撃を見舞える距離まで近づいていた彼らは、一斉に全身の力を奪われ、その場にバタバタと倒れていく――――ことも許されず、吹き荒れた暴風で後方へと吹っ飛ばされていった。


「な……」


 少し後ろの方にいたイザベラも、その威圧に決意も覚悟もすべて吹き飛ばされ、その場にへなへなと腰を折った。


「お前ガ人間ドモノ統率者カ」


 すぐ目の前までやってきたオークエンペラーは、イザベラを見下ろして言う。


「ナカナカ美味ソウナ女ダ」


 丸太よりも太い腕を伸ばしてきた。


「ひっ……」


 イザベラは逃げるどころか、情けなく喉を鳴らすことしかできなかった。

 片手で身体を掴まれ、持ち上げられる。


「イザベラ様っ!?」


 騎士たちの悲鳴がやけに遠くから聞こえてきた気がした。


 オークエンペラーが大きく口を開けた。

 悪臭がイザベラの鼻を突く。

 どうやら生きたまま食うつもりらしい。


「は、離せっ……やめてくれっ……お願いだっ……」


 普段の毅然とした領主の顔が剥がれ落ち、涙ながらに懇願する。

 下半身がじわりと温かくなっていく。

 しかしイザベラは、恐怖のあまり自分が失禁してしまったことにも気づかなかった。


 豚の帝王はそんな彼女の様に、かえって舌なめずりし、嗜虐的に嗤う。

 そして口の中へと放り込もうとして、



 ザンッッッッッッッッッッッ!!



 その頭部に剣が突き刺さっていた。


「ア……?」


 最初は何が起こったのか分からず、間抜けな声を漏らすオークエンペラー。

 直後、脳天を突き抜けるような激痛に襲われ、


「ブヒアアアアアアアアアアアッッッ!?」


 絶叫を轟かせた。

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