第25話 オークごときを相手に情けない

「ブヒイイイイイイイイッ!?」


 俺に右腕を斬り飛ばされたオークロードが悲鳴を轟かせる。

 さらにアリアの炎がその巨体を覆い尽くした。


「ルーカス殿」

「主君!」

「御無事でしたか、ルーカス様!」


 リューナたちが駆け寄ってくる。


「は……? ルーカスだと……?」


 と、足元からそんな声が聞こえてきて、俺は視線を転じた。


 恐らく恐怖で身が竦んでいたのだろうが、振り下ろされるオークロードの棍棒を前に、呆然としているだけだった冒険者たちだ。

 クルシェが影縛(シャドウバインド)でオークロードの攻撃を遅らせ、俺が右腕を斬り落としていなければ、今頃は肉片と化していたに違いない。


「そいつがルーカス……?」


 ……って!?


「やべっ」


 俺は彼らの中に見知った顔があることに気づき、思わずそんな声を漏らしてしまう。


『ほう? こやつら、どこかで見たことがあるのう?』


 レイクだ。

 サルージャもいる。

 今は鼻水に塗れた酷い顔をしているが、かつて俺が所属していたパーティのメンバーたちだった。


『そうかそうか、思い出したぞ。こやつら、キリングパンサーに殺されかけておったところを、お主が助けてやった連中じゃな。しかしあのおなごはおらぬの?』


 あの一件でメアリとは喧嘩別れしたはずだからな。

 俺の知らないメンバーが三人いるが、俺たちが抜けた後に入ってきたのだろう。


「どうした、ルーカス殿?」


 リューナが不思議そうに首を傾げて訪ねてくる。


 だから今はその名前で呼ばないでくれって……。

 なにせ、俺はウェヌスを手にした直後に、弟のフリをして彼らに「ルーク」と名乗ったのだ。


 せっかく他人だと勘違いしてくれているのだし、できれば本人だと気づかれたくない。


「い、今はそれどころじゃない。早くオークロードを仕留めねぇと」


 慌ててそう誤魔化し、オークロードの方へと向き直る。


「なかなかしぶといわね、こいつ」

「う~、いつまでも抑えてられないよ~」


 アリアの炎にその身を焼かれながらも、オークロードはクルシェの拘束を逃れようと全身の筋肉を膨張させていた。


「ブホオオオオオオオオッ!!」


 ついにはクルシェの影縛を強引に打ち破り、残った左腕を振り回して襲い掛かってくる。


「リューナ」

「了解した」


 リューナが放った矢がオークロードの拳と激突。

 矢は破壊されてしまうが、同時にオークロードの拳も後方へと弾き飛ばされていた。


「おおおおおっ!」


 俺は地面を蹴って飛び上がると、オークロードの頭にウェヌスを叩きつけてやった。


 ようやくその瞳から意志の光が消え、巨体が後ろ向けに倒伏する。

 ゆっくりと灰となっていった。


「お、おい、お前……まさか、あのルーカスなのか……?」


 呆然と戦いの行方を見ていたレイクが、そんなふうに恐る恐る訊いてくる。


 これは完全にバレたな……。


「その通り! このお方こそ我らが主君、ルーカス様だ!」

「主君の慈悲によって救われたこと、貴様らも感謝するがいい!」


 ロウとロンが踏ん反り替えってそんなことを言う。

 やめてくれ、俺を殊更に持ち上げるのは……。


「と、とにかく、いったん森を出るぞ! オークロードは倒したが、何か様子がおかしい。戻って報告するべきだ」


 わざわざ説明するのは面倒だし、何より今はそんな余裕もない。

 俺は無理やり話題を変えて、森の外へと向かって歩き出した。


「了解です、主君!」

「おい、貴様ら。死にたくなければ付いてくるのだな」

「も、もちろんだ……っ!」

「頼むから離れないでくれぇっ」


 レイクたちもどうにか立ち上がると、ふらふらしながら後を付いてきた。




   ◇ ◇ ◇




「そろそろ頃合いか」


 カルズの女領主イザベラは、自ら率いる騎士団の精鋭部隊の先頭でそう呟いた。


 オークの群れを分散させるため、主に冒険者たちで構成された戦力が森に入って、しばらく経った。

 恐らく今頃は森の各所で交戦が始まっているところだろう。


「オークロード討伐のため、これより我らも森へ突入する!」


 イザベラがそう宣言すると、騎士たちは一斉に雄叫びを上げた。


 と、そのとき。


「やった、外だ……っ!」

「死ぬかと思ったぜ、くそったれ!」


 森の中から冒険者と思しき一団が飛び出してきた。

 一様に焦燥に満ちた表情を浮かべており、身体のあちこちに少なくない傷を負っている。

 撤退してきたのだろう。


「まったく、オークごときを相手に情けない」


 イザベラは嘆息する。

 しかし所詮は冒険者。

 パーティの一つや二つの離脱など想定内だった。


「こんなの聞いてねぇぞ!」

「あのオークども強すぎるだろ! 本当にただのオークかよ!?」


 だがそれが三つも四つも次々と森から出てくるとなれば、さすがに何らかの異常事態が起こっているのではと考えざるを得ない。


「イザベラ様! この音は一体……」

「音?」


 ズン、ズン、メキメキメキ――


 配下に言われて耳を澄ませてみれば、風で木の葉が擦れる音の中に、そんな音が混じっていることに気づいた。

 森の奥から何かがこちらへと近付いてきているのだ。


 何事かと身構える彼女たちの前に現れたのは、身の丈四メートルを越える豚の怪物。


「なっ……オークロード……?」


 最重要討伐対象が自ら姿を現したのだ。


「……ふっ。まさか、向こうから我らの下にやってきてくれるとは。わざわざ探す手間が省けたな」


 イザベラは不敵に笑いながら、すぐさま交戦の準備を整える。

 そのときだった。


 ぬうっ、と。


 オークロードよりもさらに一回り大きな豚の怪物が、遅れて森の中から出てきた。


「「「……っ!?」」」


 信じがたい事態に、騎士たちが息を呑んで言葉を失う。


「ま、まさか……あれは……」


 その正体に思い至り、イザベラは喉を震わせた。


 それはオークたちの王であると言われるオークロードを、さらに束ねる存在。

 言わば、王の中の王。

 あるいは、皇帝。


「オークエンペラー……?」

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