万年Ｄランクの中年冒険者、酔った勢いで伝説の剣を引っこ抜く

第24話 そいつがルーカス…？

　森の奥から現れたのは、ハイオークが子供に見えるほどの巨漢のオークだ。

　オークロード。

　危険度Ａに相当する豚頭の怪物たちの主。

　しかも一体のジェネラルオークを含む、多数のハイオークたちを従えている。

　リリたちは即座に矢の雨を降らせた。

　だが分厚い皮膚と筋肉に阻まれ、まるで矢が通らない。

「何でいきなりボスが出てきやがるんだよっ！？」

「じょ、冗談じゃねぇ！」

　レイクたちは泡を食って逃げ出そうとする。

　そのとき、オークロードが大きく息を吸い込んだ。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ！！！」

「「「～～～～～～っ！？」」」

　オークロードが上げた雄叫び――ウォークライを背中から叩きつけられ、彼らは無様にその場に引っくり返った。

「あ、あ、あ……」

「ひっ……」

　すぐさま立ち上がろうとするも、三半規管がやられたらしく、上手くバランスを取れない。

　加えて恐怖で足が竦み、逃げることも許されなかった。

「くっ……何という威圧ですかっ……」

「耳がっ……」

　オークロードの意図を察し、咄嗟に両耳を塞いでいたリリたちも、まともに立っていられず、その場に膝を付いてしまっている。

「ブヒィ」

　オークロードが鼻を鳴らすと、それが合図だったのか、オークジェネラルとハイオークたちが一斉に襲い掛かってきた。

「りゅ、リューナ様っ、お逃げください！」

「ここで仲間を捨てて逃走しては、眷姫としてルーカス殿に顔向けができない」

　唯一リューナだけは、ウォークライを浴びながらもその影響は軽微だった。

　気流を操作することで、咄嗟に音の衝撃を防ぐバリアを張ったためだ。

　疑似神具の天穹を構え、矢を番える。

　風が矢に収束していき――

「ブッ！？」

　弓から解き放たれた矢は、一瞬にして先頭にいたハイオークの腹部の肉を爆砕した。

　さらにそれだけでは飽き足らず、直線状にいたハイオークたちを次々と灰へと変えながら、オークジェネラルへと飛来する。

「ブホオオオッ！」

　舐めるな、とばかりにオークジェネラルは握り締めた拳を振りかぶり、襲来する矢へと叩きつけた。

　爆音が弾け、後押ししていた風ごと矢が粉砕させられる。

　だがそのときにはもう二発目が放たれ、オークジェネラルの眼前まで迫っていた。

「ブヒァ！？」

　今度こそ直撃を喰らい、巨体が吹き飛ばされる。

　さらにリューナは矢を連射し、接近される前にすべてのハイオークを殲滅してしまった。

「すごい……！」

「さすがはリューナ様です！」

「ブガアアアアアアアアアアッ」

　配下をやられて怒ったのはオークロードだ。

　自ら忌まわしい人間たちを撲殺せんと、天然の木でできた棍棒を手に近づいてくる。

　リューナが風の矢を放つと、何とその棍棒を振るって弾き飛ばした。

「……さすがは危険度Ａの魔物」

　ちらりと視線を向けると、リリたちも弓を構えて応戦しようとしていた。

　だが、まだ完全には立ち直り切れていない。

「いったん退避する」

「わ、分かりました！」

「はい！」

　リューナの言葉に即応する親衛隊。

　しかしその判断に愕然としたのが、まだ地面を這っていたレイクたちだった。

「お、置いて行かないでくれっ……！」

「助けてくれよっ！」

　恐怖で涙と鼻水を垂らしながら情けない顔で懇願してくる男たちへ、リューナは淡々と言い放った。

「大方、エルフの私たちを捕えて売り払おうとしたのだろう。貴殿らのような醜い性根の輩を助ける義理などない」

「「「っ！」」」

　図星を指され、レイクたちは息を呑んだ。

　身を翻して去って行こうとするエルフたち。

　未だ腰が抜けて動けない彼らはそれを見送ることしかできず、もはや死を覚悟するしかなかった。

　が、そのとき、

「……む。どうやら貴殿らは運が良かったようだ。命拾いしたことを喜ぶがいい」

　リューナが急に足を止めた。

　やはり助けてくれるのかと、希望を抱くレイクたち。

　しかし、

「ブゴァッ！」

　すでにオークロードは彼らのすぐ背後まで迫ってきていて、棍棒を高々と振り上げていた。

「「「ひぃぃぃっ！？」」」

　棍棒が振り下ろされる。

　しかし衝撃はこなかった。

　恐怖のあまり目を瞑っていた彼らが恐る恐る瞼を開けると、そこにいたのは右腕の肘から先を失ったオークロードと、棍棒を握ったまま宙を舞うその右腕だった。

「ブヒイイイイイイイイッ！？」

　絶叫を轟かせるオークロード。

　さらにその直後、巨体が一瞬にして炎に包まれた。

　唖然とするレイクたちの目の前には、剣を手にした一人の男の姿があった。

「……こんなところにオークロードか。やっぱ明らかにおかしいな」

　そう呟く男の年齢は、見たところ三十を少し過ぎたくらい。

「お、お前は……」

　レイクやサルージャには見覚えがある顔だった。

　半年ほど前、まだ別のパーティだった頃、キリングパンサーに襲われていたところを助けてくれた男だ。

　当時、パーティメンバーだった男の弟で、レイクにとっては、付き合っていた女を奪われた因縁の相手でもあった。

　というのも、あの一件以降、何度か寄りを戻そうとしたのだが、「今はあの人のことしか考えられない」と言われて取り合ってもらえなかったからだ。

　ちなみにそのメアリは、数か月前に街を出て行ってしまった。

「ルーカス殿」

「主君！」

「御無事でしたか、ルーカス様！」

　リューナたちがその男の下へと駆け寄っていく。

　彼女たちが呼ぶその名前に、レイクは耳を疑った。

「は……？　ルーカスだと……？　そいつがルーカス……？」

　その声が聞こえたのか、男がレイクの方を振り返り――やべっ、と呟いた。