第23話 これで奴らはぐっすり眠って

 レイクたちCランクパーティは現在、オークロード討伐のために森へとやってきていた。


「と言っても、俺たちのターゲットは豚どもじゃねぇけどな」


 くく、と喉を鳴らしてレイクは嗤う。


「強制任務で討伐作戦に駆り出されることになると知ったときは、まさかこんなチャンスが来るとは思ってもみなかったぜ。まさかエルフの冒険者がいるとはな」


 そう。

 彼らはオークの群れを討伐する今回の作戦に乗じて、王都からきたエルフのパーティを襲う算段だった。


 先日ナンパしたときは無碍に断られたが、実を言うとあのときも彼女たちが応じてくれば、人気のない場所に誘導して事に及ぶつもりだったのだ。


 Cランク冒険者であるレイクをリーダーとする彼らは、半年ほど前にパーティを結成した。

 元々レイクとサルージャは別のパーティにいたのだが、他のメンバーが二人も同時にいなくなってしまい、新たな仲間を探していたところへ、他の三人が合流してきたのだ。


 全員が男だが、五人とも非常に馬が合った。

 それも、あまり良くない方向で。


 ギルドに見つかると資格を剥奪されかねないような、詐欺紛いのことにも手を染めていた。


 今回の計画も彼らにとってはその延長上にあるものだった。

 エルフの奴隷がどれだけの価格になるかも知っていたし、拉致した後に足が付かずに売り払えるルートも持っている。


「まぁせっかくのエルフだ。売る前に一匹くらいは皆で楽しもうぜ」


 下卑た笑みを浮かべながら、仲間たちと頷き合う。


 やがて彩煙弾を合図に、冒険者たちが森の中へと分け入っていく。

 レイクたちはエルフのパーティを追い駆けた。


「ちっ、さすがエルフだ。森の中での移動が速ぇな」


 予想外の速度で彼女たちが進んでいくので、レイクたちは見失わないよう慌てて付いていく。

 もちろんバレないよう、最新の注意を払っての追跡だ。


 捕縛するための準備は万端。

 狙うタイミングは、彼女たちがオークの群れに遭遇してからだ。


 やがて彼女たちが足を止めた。

 どうやら会敵したらしい。

 オークの叫び声や弓を射る音が聞こえてくる。


「……よし、今だ」


 レイクは用意していた球状の物体を取り出すと、着火用の魔導具を使って火をつけ、戦闘中のエルフたちの方へと放り投げた。

 すると大量の煙が噴き出し、一帯を瞬く間に包み込んでいく。


「っ? 何だこれは!?」

「リューナ様、お気を付けください!」


 エルフたちの驚く声が聞こえてくる。

 レイクたちは煙を吸い込まないよう、あらかじめ準備していた濡れたタオルで口と鼻を押えていた。


 簡単に言うと、あれは睡眠効果のある煙だった。

 幾つかの植物を調合して作り出すもので、魔物にも効果があるため、冒険者が使用することも多い。


 しばらくして辺りが静かになると、レイクたちは互いに顔を見合わせ、ニヤリと口端を吊り上げた。


「ははっ、これで奴らはぐっすり眠って――」

「先ほどの煙は貴殿らの仕業か」

「――っ!?」



   ◇ ◇ ◇



 オーク――いや、ハイオークたちとの戦闘中、どこからともなく投げ込まれてきた煙幕弾。


 森で棲息してきたエルフであるリューナには、少し嗅いだだけで、すぐに眠気を催すものであることを察することができた。


「〝天穹〟」


 リューナは即座に疑似神具の能力を使った。

 それは〈気流支配〉というもので、その名の通り大気を操ることができる力だ。


 リューナは自分たちの周囲に上昇気流を起こし、煙を空へと逃がしてやった。

 ほんの少量しか煙を吸わなかったため眠気はない。

 リリたちも若干眩暈がしただけで済んだようだ。


 一方、ハイオークは煙をまともに嗅いでしまったようで、バタバタと倒れていく。

 お陰で簡単にトドメを刺すことができた。


「ははっ、これで奴らはぐっすり眠って――」

「先ほどの煙は貴様らの仕業か」

「――っ!?」


 草木の陰から姿を見せたのは、この街のギルドで言い寄ってきた男たちだった。

 リューナたちが眠らずにいることに、唖然としている。


「な、何で効いてねぇんだよ!?」

「くそ、こうなったら力づくで取り押さえろ!」


 男たちが一斉に武器を抜き、襲い掛かってきた。

 だが、


「「「ぶあっ!?」」」


 リューナが巻き起こした暴風が、男たちの接近を阻む。

 叩きつけられた風に、体重の軽い男なんかは後方へと吹き飛ばされていった。


「な、なんだこの風……っ!」

「前に進めねぇぞ!?」

「や、やべぇ! これじゃ矢で狙い打たれるぞ!?」


 リリたちが弓を構えるのを見て、男たちが目を剥く。

 慌てて身を翻し、逃走を図った。


 生い茂る草木の中へと逃げ込もうとする彼らへ、リリたちがすかさず矢を放つ。

 それでも一瞬遅れ、掠めるだけで終わってしまった。


「逃がしはしません!」

「ひっ捕らえてくれる!」


 すぐさま後を追い駆けようとする。

 しかしその直後、


「ブヒィッ!」

「うおっ!? こんなときにオークが出やがった!」


 どうやら逃げた先でオークに遭遇したらしい。

 悲鳴と怒号、そして交戦する音が聞こえてくる。


「……またハイオークのようだ」


 すぐに追い付いたリューナたちだが、彼らが戦っている相手を見て眉根を寄せる。

 ハイオークが四体。


 つい先ほど遭遇したのもハイオークだったのだ。

 通常のオークではなく、その上位種であるハイオークがこれほど多いのはどう考えてもおかしい。

 せいぜい十数体程度と推定されていたにもかかわらず、これですでに九体目だ。


 Cランクパーティがハイオーク四体を相手取るのは厳しく、明らかに苦戦していた。

 一先ず先ほどのことは棚に上げ、リューナたちは矢で援護することに。


『ルーカス殿、少し様子がおかしい。推定されていたより、明らかにハイオークの数が多いように思う』

『そっちもか。……マズイな。これはいったん退却した方がいいかもしれないぞ』


 別のルートを進んでいる主君と、念話でやり取りする。


 と、そのときだった。

 激しく木々を薙ぎ倒しながら、森の奥から巨体が姿を現したのは。


 身の丈四メートルをゆうに越す豚の化け物。


「な……まさか、オークロード……っ!?」

「何でこんなところにボスが現れやがるんだよぉぉぉっ!?」


 男たちの絶叫が轟いた。

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