第23話 軽いホラーだな
俺の足元の影が、うねうね、ぐにぐに、と立体的に伸びてきたかと思うと、俺の身体に纏わりついてきた。
「なんか気持ち悪いな」
「き、気持ち悪いって言わないでよっ」
口を尖らせながらも、さらにクルシェは影を操って俺の身体を締めつけてくる。
その動きはそれほど速くないが、意外にも拘束力は強く、縛りつけられると簡単には抜け出せそうにない。
「影を操作する力か」
「これだけじゃないよ」
クルシェはそう言いながら近くにあった置物を手に取ると、それを自分の影の中へと放り投げた。
「置物が消えたわ?」
「影の中に収納したんだ」
クルシェは影の中へ手を突っ込むと、置物を取り出してみせた。
「そんな使い方もできるのか」
「うん。しかも移動すると一緒についてくるっぽい?」
再び影の中に置物を入れると、クルシェは部屋の端へと移動、そこでもう一度それを取り出した。
どうやら影の移動に合わせ、中身の方も移動するらしい。
「へぇ、便利だな。どれだけ入るんだ?」
「えっと……影の濃さや大きさに比例する感じかな? ぼくのこの影だと……ちょうど人が一人入れるくらい」
「重たくはないの?」
「全然」
と、そこでクルシェは何かに気づいたように、
「ハッ! これがあれば食べ物――じゃない、冒険の荷物をたくさん持ち運べるかも!? すごい!」
途中で慌てて言い換えたが、どう考えてもこの能力を食い物の運搬に利用する気だ。
……いや、待て。
ということはつまり……
酒もいっぱい持っていけるということだ!
保存性から考えて、やはりお酒は密封度の高い瓶に入れておくのが良いが、しかしその分、嵩張るし、重たい。
水の方が必須だし、どうしても持ち運べる酒は少量となってしまうのだ。
だから今までは泣く泣く我慢してきた。
「クルシェ、よくやった!」
「え? う、うん?」
「……だからって飲み過ぎはダメよ?」
アリアに釘を刺されてしまった。
「ちなみに習熟していけば、影や闇を自ら作り出すこともできるようになるはずじゃ」
「そしたらもっと食べ物――じゃない、荷物をたくさん収納できるってことだね!?」
「つまりお酒を――じゃなく、荷物をもっと収納できるってことだな!」
「……もうわざわざ言い直さなくてもいいと思うわ?」
クルシェにはぜひ頑張ってもらおう。
どうやら影の中には人も入ることができるらしい。
自らの影へと潜り、クルシェの姿が見えなくなった。
「すごい! 真っ暗! でもなんとなく地上の様子が分かる気がする!」
興奮した声だけが外に漏れ聞こえてくる。
「えい」
「うおっ?」
俺の足元から手が伸びてきて、がしっと足首を掴んできた。
「びっくりした? ぼくだよ」
「……軽いホラーだな、これ……」
ちょっとムカつく奴なんかに悪戯してみたら楽しそうだ。
夜中、トイレに行く途中にでもやられたら、その場で漏らしてしまうかもしれん。
「首だけってのもできるよ」
腕を引っ込め、クルシェは頭だけ地上に出す。
まるで生首だけが置かれているようで、なかなか怖い。
しゃがみ込んで、よしよしと頭を撫でてみた。
「ふへへ……」
「しかしこれならパンツ見放題じゃな!」
「そんなことしないよ!?」
クルシェは影の中から這い出してくる。
「色々と使い勝手が良さそうだな」
「うん」
しかし何でクルシェが影の能力なんだ?
ウェヌスによれば、疑似神具は持ち主の性質に応じた【固有能力】が発現するという。
だが見た感じ、奇襲や諜報などに向いている能力だ。
クルシェはむしろ真正面からガンガン突っ込んで戦うタイプ。
真逆のような気がする。
まぁアリアの炎の能力も、考えてみれば本人の性質に合っているのかよく分からないのだが。
単に髪の色のお陰でそれっぽくはある。
「ふむ。実はクルシェはむっつりなのかもしれぬの」
「ええっ!? そ、そんなことないよ!?」
否定するクルシェだが、微妙に的を射ている気もした。
せっかくだからクルシェの能力を実戦で試してみようということになり、俺たちは街の外へとやってきていた。
「着いたぞ、クルシェ」
「すごいや! 座ってるだけで勝手に移動できちゃった!」
クルシェが俺の影の中から出てくる。
人の影に入り込んでおけば、その影の移動に合せて一緒に移動することができるらしい。
「……確実に人を暗殺できそうだよな」
「そ、そんなことに使わないからっ」
この辺りは草原地帯になっていた。
トロルのドロップアイテムを入手するため、入学試験のときに何度か足を運んだ場所だ。
「おっ、トロルがいたぞ」
早速その巨体を発見する。
近づいていくと、武器を持っているこちらを敵と認識したのか、トロルは襲いかかってきた。
「ッ!?」
だが数メートル手前まできたとき、何かに蹴躓いて盛大に転倒した。
クルシェが影を操り、トロルの足を掴んだのだ。
でっぷりしたお腹から地面に激突し、「ウゴオッ!?」と悲鳴を上げる。
すぐに起き上ろうとするトロルだが、ジタバタ暴れることしかできない。
それどころか、半身が影に沈んでいく。
アリアがその傍に立った。
紅姫を軽く振るう。
「燃えなさい」
ゴウッ! とトロルの全身が炎に包み込まれた。
断末魔の叫びを残し、灰となる巨体。
その後も何度かトロルや他の魔物を相手に、クルシェの影の能力を使ってみた。
いきなり自分の影が動き、身体を拘束してくるなど、知能の低い魔物に予想できるはずもない。
何が起こっているのか分からず暴れている間に、俺かアリアに仕留められる、というパターンですべて決着がついた。
「まぁ、人間でも初見で対応できる奴はまずいないだろうけどな」
「もっと強い魔物でも拘束できるのか、ってところは気になるわね」
「確かに。……もぐもぐ」
影から取り出したのだろう、クルシェがいつの間にかパンを頬張っていた。
……やはり便利だな、この能力。
今度お酒も入れておいてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます