第24話 ダメ人間になっちゃいそうね?

 実戦でも大いに役立ちそうなことが分かったので、俺たちは街へと戻ることにした。

 影の中がそんなに気に入ったのか、「寮まで連れてってよー」と言って、クルシェは再び俺の影の中へと潜ってしまった。


「ほんと、すごいよ、この中」


 影の奥から声だけが聞こえてくる。


「ごろごろしながらお菓子食べているだけなのに、目的地に着いちゃうなんて」


 ……おい。

 しかし俺もぜひ酒を飲みながらごろごろしたい。


「クルシェ、そんなことしてたら太るぞ?」

「だ、大丈夫だよ! ぼく、どれだけ食べても太らない体質だし」

「太るかどうかは別にしても、あんまりそこにいるとダメ人間になっちゃいそうね?」


 ちなみに影の中にはクルシェ以外の人間も入ることができ、実際、俺やアリアも潜らせてもらった。

 だがまったく何も見えない完全な闇の中なので、時間感覚や方向感覚が狂ってしまいそうになる。


 そのため長時間留まっていることなどできず、すぐに外へ出たのだった。

 ただし緊急時の避難場所としては非常に有用だろう。


「わっ!?」


 突然、クルシェが悲鳴を上げた。


「? どうした?」

「ちょっ、何でここにこんな生き物が!?」

「クルシェ? 大丈夫かっ?」

「ひゃわわわっ!」


 影の中から焦ったような声が聞こえてくるが、何が起こっているのかまったく分からない。


 てか、生き物?

 クルシェが潜っているのは影の中であって、地面の中ではない。

 地中なら謎の生物に遭遇することがあるかもしれないが、影の中でそんなことはありえないはずだが……。


 ともかく何か異常事態が発生したのは間違いない。

 俺とアリアが心配していると、


「もうっ、くすぐったいってば! こら!」


 何だか平和的な声が聞こえてきて、思わず顔を見合わせる。


「んしょっと」


 しばらくして、クルシェが影の中から出てきた。


「一体、何が――って!?」

「……狼っ?」


 クルシェに続いて影の奥から姿を現したのは、全長二メートルほどの四足歩行の生き物――漆黒の毛並みの狼だった。


「がるるるッ!」


 狼は俺たちを見ると、喉を鳴らして威嚇してきた。


「魔物か……っ? クルシェっ、危ないぞ!」

「わっ、待って待って!」


 と、クルシェは剣を抜こうとする俺たちを制してから、その狼の方へと向き直り、


「こらこら、大丈夫だから。落ち着いて落ち着いて」

「くう?」

「そうそう。二人はぼくの仲間だよ」

「ばう!」


 ……クルシェに懐いている?

 彼女が顔をわしゃわしゃ撫でると、狼は嬉しそうに尻尾を振っている。


「……どうしたんだ、その狼?」

「影の中で遭遇しちゃった」

「影の中で?」


 ウェヌスの声が聞こえてくる。


『どうやらシャドウウルフのようじゃの』

「シャドウウルフ?」

『うむ。非常に希少なウルフ系の魔物での、影の中に潜ることができるのじゃ』


 そんな魔物がいるのか。

 影と影は繋がっているため、偶然にもちょうどシャドウウルフがいたところへクルシェが入り込んでしまったらしい。


『その能力ゆえに獲物を狩る力には長けておる。身を潜めて接近され、影の中に引き摺り込まれれば一溜りもないじゃろう。危険度はBの中位といったところか。ただし基本的に群れは作らず孤独な生涯を送り、それゆえか非常に警戒心が強くて臆病な性格なのじゃが……』


 シャドウウルフはクルシェを押し倒し、楽しそうにじゃれついていた。


「ひゃっ! もう、顔を舐めちゃダメだってば!」


 うん、どう見ても懐いているよな。

 ただしアマゾネスであるクルシェでなければ、大怪我を負いそうだが。


「もしかして同じ影の中にいたから、同族と勘違いしちゃったのかしら?」

『かもしれぬのう』








「……で、どうするんだ、こいつ?」


 シャドウウルフがクルシェに引っ付いて離れないので、そのまま寮まで連れてきてしまった。

 もちろん道中は影の中に潜ませていたので、誰にも見つかってはいない。


「ばうばう!」


 シャドウウルフはクルシェの膝の上に上半身を乗せ、尻尾をフリフリして喜んでいる。


「どうするって……飼う?」

「どこで? 寮は原則、動物禁止だぞ。ましてや動物どころか、魔物だ」

「……影の中?」


 確かにそこで飼えるっちゃ飼えるな……。


 そもそもシャドウウルフは人生のほとんどを影の中で過ごすという。

 影の中には天敵がいないので、非常に安全なのだ。


「人を襲ったりしないのか?」

「うーん……たぶん大丈夫だと思うんだけど……。しないよね、クウ?」

「ばう!」


 ……クウ?


「あ、この子の名前だよ! 時々、くう、って鳴くから」


 いつの間に名前を付けたんだよ……。


 魔物の中には、人間に懐いてペットとして飼われたり、使役したりできる種族もいるらしい。

 魔物調教師(モンスターテイマー)なんて職業もあるくらいだしな。


「勝手に外に出ないようちゃんと躾けるから。ね、クウ?」

「ばうばう!」


 理解したのか、しっかり返事をしている。


「じゃあ、ハウス!」

「ばう!」


 クルシェが影を指して言うと、クウはクルシェの胸の中に飛び込んだ。

 衝撃で後ろに引っくり返ってしまうクルシェ。


「そ、そこじゃないからっ」

「くう?」

「ほら、こっちこっち。ハウスは影の中!」

「……ばう!」


 二人で影の中へと入っていく。


「ステイ!」

「ばう!」


 クルシェだけが影から出てくる。

 と思いきや、クウも一緒に外に出てきてしまう。


「……と、トレーニングが必要みたいだね……」

「ばう!」

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