第22話 一人でごそごそしてるところが見えちゃって

「上手く行ったみたいね」


 アリアが部屋に入って来て、俺たちは慌てて距離を取った。


「あ、アリア……これは……」

「大丈夫よ。全部知ってるから。そもそもクルシェを嗾けたのはわたしだし」


 って、やっぱりか。


「だってこうでもしないと、あなたはクルシェのことを受け入れてくれなかったでしょう? 意外と頑固なところがあるから」

「……」


 否定できない。


「……それに、見てられなかったのよ。クルシェったら、結構前からあなたに惹かれていたみたいなのに、わたしがいるからずっとその気持ちを抑えてて、それがすごく辛そうで。もしわたしがクルシェと逆の立場だったら、って思っちゃうとね」


 結構前から……そうだったのか。


「わたしがクルシェが女かもしれないって思ったのは、それでよ。だってクルシェ、どう見ても女の顔してたもの」

「ふえっ」

「……もしくは、そっち系の男の子の可能性もあったけれど」


 そっちじゃなくてよかった……。


「あともう一つ、女かもしれないと思った理由があるんだけれど……」


 少し言い辛そうにしつつも、アリアは言う。


「……ダンジョンで夜にテントで寝てるとき……クルシェが一人でごそごそしてるところが見えちゃって」

「うああああああああっ!? 見てたの!? 見ちゃってたの!?」


 ……ま、マジか。

 全然、気が付かなかった。

 俺は完全に背を向けてたからな……。


「ええ。ごめんなさい。でも、さすがに言えなくて」

「は、恥ずかし過ぎるよぉっ! で、でもっ、そもそもあんなところでヤり始める君たちのせいじゃないかっ! 何ですぐ隣でぼくが寝てるのに、せ、せ、せっ……す、なんてしてるんだよぉっ!?」

「え? さすがにそこまではしてないわよ?」

「ヤってたじゃん! 見てないけど! でもなんか変な音が鳴ってたし!」

「ただのキスなんだけど……」


 ただの、と表現していいか分からないくらい濃厚なものだったけどな……。


「う、嘘だぁっ? キスで、あんな音なんて……」


 と、そこでクルシェがハッとしたような顔になった。


「……してた」


 昨日の夜のことを思い出したらしい。

 したなぁ……。


「うぅ……あ、あんなキスの仕方があるなんて、知らなかったよぉ……」


 今にも気を失いそうなほど羞恥で顔を赤くするクルシェ。


「け、けど、それだけで何で女だって分かったんだ?」

「だって、ほら……お、男の人だと、手の動きが、こう、なるじゃない?」


 アリアは右手を使って具体的に示してくれた。


「お、おう……」


 確かに男の場合、女性と違って手を大きく動かす必要があるが……


「何でそんなことアリアが知ってんだ……?」

「……入学試験のとき、ルーカスが隣でこっそりしてたからよ」

「うおおおおおおおおおおおいっ!?」


 バレてたのか!?

 まさかこんなとんでもない爆弾を隠し持たれていたなんて。


 俺は頭を抱えてその場に蹲った。

 恥ずかし過ぎる。

 穴があったら入りたい。


『ん? 穴があったら挿れたい?』


 違ぇよ、馬鹿。


 それから俺とクルシェが気を取り直すのに、二十分くらいはかかってしまった。







「じゃあ改めてよろしくね、クルシェ。何だかこれで、本当の仲間になれた気がするわ」

「アリアさん……。ぼくの方こそ、よろしく!」


 アリアとクルシェが握手を躱す。


「だけど、ルーカスの正妻はわたしよ? それだけは忘れないで?」

「……ぼ、ぼくだって! ルーカスくんを好きな気持ちではアリアさんに負けないから!」


 が、急に険悪な空気になった。

 バチバチと、互いの視線が火花を散らす。

 おいおいおいっ、恐れていた女同士の熾烈な争いがいきなり……っ?


「なんて、冗談よ」


 と思いきや、アリアは俺の方を向くと、悪戯っぽく笑って舌を出してきた。


「安心して。クルシェとなら仲良くやっていけるから」

「うん! ぼく、アリアさんのことも好きだよ!」


 クルシェもまた険を引っ込めて笑顔を浮かべる。


「くくく、何とも理想的なハーレムで羨ましいのう、ルーカス?」


 いつものどこかイヤらしい笑い声が割り込んできた。

 人化したウェヌスがベッドの脇に立っている。


「……って、誰、この子?」

「パパの娘です」

「えええええええっ!?」

「違うから。おいこら、ウェヌス、何適当なこと言ってんだ」


 俺はウェヌスの頭を拳でぐりぐりした。


「痛っ!? ちょ、軽い冗談じゃ冗談! ぐりぐりするのやめい!」


 ウェヌスは慌てて俺の拳から逃れると、


「我は神剣ウェヌス=ウィクト! かの愛と勝利の女神、ヴィーネによって生み出された正真正銘の神の剣じゃ!」

「え? え? 神剣……?」


 目を丸くするクルシェの前で、ウェヌスは剣の姿へと変わってみせる。


「いつもルーカスくんが使ってる剣!?」

「左様じゃ」


 再び幼女の姿へと戻ったウェヌスは、自らの性能や眷姫のことについて説明する。


「つまり、お主も新たな眷姫になったのじゃ!」

「ってことは、ぼくも二人が使ってるみたいな凄い武器が手に入るってこと……?」

「うむ、その通りじゃ」

「すごい」

「ではでは、お主に疑似神具(レプリカ・ウェヌス)を授けようぞ!」


 ウェヌスの身体から光が溢れ出し、クルシェの方へと流れていく。

 やがてそれが収束していったかと思うと、クルシェの右腕に籠手が装着されていた。


「これがお主の疑似神具――〝影夜〟じゃ!」

「すごいよ、これ。ほとんど重さが感じられないよ」


 ぶんぶんと腕を振ってみるクルシェ。

 今まで武器は一切使ってこなかったクルシェだが、この籠手であればこれまでの戦い方の延長線上で使うことが可能だろう。


「その【固有能力】は〈影闇支配〉。簡単に言うと影を操る能力じゃな」

「影を操る……?」

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