第18話 オーガに恨みでも持たれてるのか

 魔物に苦戦することはなかったものの、やはり地図なしでの探索には苦労した。

 第二層の安全地帯に辿り着くのに、第一層での倍以上の時間がかかってしまったのだ。


 と言っても正確な時間が分からないため、体感だが。

 懐中時計を買う余裕がなかったからだ。


『試験開始から今で三十八時間じゃ。我の体内時計は精確じゃから信頼していいぞ』


 へぇ、お前、意外と便利な機能が付いてるんだな。


『意外と、とは何じゃ』


 安全地帯で長めの休息を取って、俺たちは出発した。

 試験開始から四十三時間。

 タイムリミットまで、まだ四十一時間くらいある。

 だが先着三十二名であることを考えれば、最低でも今から二十時間以内にはゴールに辿り着きたい。


 俺たちは第三層へと足を踏み入れた。


 ここからはトロルやオーガといった、危険度Cに相当する魔物も出没し始めるという。

 二次試験等で何体も討伐した相手ではあるが、決して油断はできない、


 しかもダンジョンはまたこれまでと雰囲気が一変し、洞窟めいた作りとなっていた。

 洞窟フロアと呼ばれている。


「っ……また現れたわ」

「やけに遭遇回数が多いな」


 運の悪いことに、俺たちはこの階層へと降りて来てから頻繁にオーガに襲われていた。


「……後ろからも!」

「ちょっと待て。さすがにこんなにオーガばかりが現れるのはおかしくないか?」


 気づけば何体ものオーガに取り囲まれてしまっていた。

 しかもまるで親の仇にでも会ったかのように、どのオーガもやたらと興奮している。

 地上で遭遇したオーガはこんなことはなかったはずだ。


『うむ、確かに変じゃのう?』


 ウェヌスも不思議そうに唸っている。


「とにかく戦うしかない。アリアはサポートしてくれ」

「……分かったわ」







 オーガとの遭遇率の高さに、俺たちは大いに苦戦させられていた。


 他の魔物に襲われることもあるのだが、圧倒的にオーガの数が多い。

 異常と言ってもいいほどだ。


「……何かオーガに恨みでも持たれてるのか?」


 半身で剛腕を躱してから、すかさず踏み込んで喉首を神剣で切り裂く。

 巨体が倒れながら灰と化していくが、その後ろからすぐに次の一体が攻めかかってくる。


 先ほどから戦いっぱなしだ。


「はぁっ……はぁっ……」

「アリア、大丈夫か?」

「え、ええっ……なんとかっ……」


 喘ぐように返事を返してくるアリアだが、明らかに辛そうだ。

 彼女の武器は安いナイフ。

 オーガの爪を受け止めることなどできず、攻撃はすべて回避するしかない。

 ゆえに余計な体力を消耗することになるのだ。


 そんな彼女を護りながら戦っているせいで、俺の方もあまり余裕がなかった。


「二人とも棄権するかい?」


 聞こえてきたのは試験官の声だった。

 黒髪の少年だ。

 年齢から言って教師ではなく、恐らく騎士学院の在校生だろう。


 彼らは受験生たちの万一に備え、ダンジョンの各場所を常に見回っているのだ。

 もし俺たちが棄権を宣言すると加勢して助けてくれるらしい。


「そんな気はないわ……っ!」

「そう……。だけど、この状況は明らかにおかしいね……。何かイレギュラーでも起こっているのかな……?」


 どうやら彼から見てもこれは異常な事態らしい。

 それにしても、俺とアリアばかり襲われているのはなぜだ?

 少し離れた位置にいるあの少年の方には、めったにオーガが向かっていかないのだ。


 いや、そもそも俺とアリアだって、俺の方に集中的にオーガが来ているような気が……?

 だがもしこの予想が正しければ、逆にやりようはあるな。


「っ? ルーカス!?」


 アリアから可能な限り距離を取るため、俺は全力で走り出した。

 この状況で彼女から離れるのは賭けだが、どのみちこのままではジリ貧だ。


「やっぱりな」


 案の定、オーガの多くはアリアを放置して俺を一斉に追い駆けてきた。


「よし、一網打尽といくか」


 俺が剣を振るうと、前方に激しい衝撃波が発生した。


 ――〈衝撃刃(ブレイドインパクト)〉。


 これは神剣の持つ特殊能力の一つ。

 直接攻撃より威力は落ちるが、任意で攻撃範囲を広げることが可能なので、こうした集団戦には持ってこいだ。


 近くに味方がいると使えないのが欠点だが、今なら問題ない。

 衝撃波でオーガたちの巨体が吹き飛んでいく。


『後ろからも来ておるぞ!』

「ほんとオーガのバーゲンセールだな」


 そちらにも衝撃波をお見舞いする。


 オーガは危険度Cの魔物だけあって、さすがにこの程度で死ぬような生命力ではない。

 倒れている隙に接近し、急所を一突きしてトドメを刺していく。


 足元が灰で覆われるほどのオーガを仕留めた後、


「ふう。これであらかた倒したか」


 俺は周囲を確認して一息つくと、すぐにアリアの下へと戻った。


「ルーカスっ? よかった。大丈夫だったのね……」


 俺の姿を見て、彼女は安堵の息を吐く。

 俺としても彼女が無事のようで一安心だ。

 やはりオーガはそのほとんどが俺のところへ来たらしい。


 ……しかしそうなると、そもそも俺が原因ってことになるな。

 何かオーガに恨まれるようなことしたっけ?

 生憎、心当たりがまったくない。


「ああ。何とか全滅させたぞ。また出てくるかもしれないけどな」

「あれだけの数を、まさか一人で……?」


 唖然とするアリアだったが、不意に顔を顰めてよろめいた。


「つぅ……」


 見ると、彼女の右足が赤く染まっていた。

 地面に点々と赤い雫が落ちている。


「見せてみろ」


 調べてみると意外と深い傷だった。

 オーガにやられたらしい。


「ポーションを使った方がいいな。……って、やべ」


 背負っていた皮袋に穴が開き、中身が無くなっていた。

 どうやらオーガとの交戦中に破けてしまったようだ。


「そっちにはまだ残っているか?」


 訊くと、アリアは首を振った。

 オーガとの連戦でかなり消費していたからな……。


 俺の方はこの神剣の力で自然治癒力が高まっているので、少々の傷を受けても問題ない。

 実際、少し前に受けた傷が、ポーションを飲んでいないのにもう癒えている。


 だがアリアはそうはいかなかった。

 とりあえず応急処置をほどこしたが、この足でゴールまで辿り着けるだろうか。


「大丈夫よ」


 気丈にも何事もないかのように歩き出すアリア。

 だがやはり痛むのか、額から脂汗を掻いていた。


 ……仕方ないな。

 俺は彼女の前でしゃがみ込む。


「……?」

「乗ってくれ」

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