第17話 じゃあ一緒に寝ましょう

 ――セランド大迷宮・第一層


 俺はアリアとともにダンジョンへと足を踏み入れていた。


 このダンジョンは、様相の異なる複数の階層に分かれているという。

 下の層に行けばいくほど出没する魔物が強力になっていくそうで、逆に低層であればそれほど危険な魔物は出現しない。


 ここ第一層――迷路フロアと呼ばれているところには、せいぜいゴブリンやコボルトなどの危険度Eに相当する魔物しか出ないらしい。


 唯一の問題は迷路フロアとの名前通り、非常に迷いやすい構造をしていることだが……すでに完全なマッピングがなされており、俺たちはその地図を購入しているため、迷うことなく進むことができた。


 とは言え、非常に広大なので、踏破するには最低でも半日はかかってしまうのだが。


 やがて俺たちは安全地帯へと辿り着く。

 そこには地下とは思えない広々とした空間が広がっていた。

 各階層の奥、次の層の手前には、必ず魔物の出現しないこうした特殊な場所があるそうなのだ。


「やっぱりここでキャンプをする連中が多いみたいだな」


 先に辿り着いていた受験者たちが、すでにあちこちにテントを張っていた。


「魔物が出る場所だとしっかり休息を取るのは難しいから、当然と言えば当然ね」


 少し先に行けば次の第二層へと下りる階段があるため、そこに挑むための拠点にもなっているらしい。

 受験者ではない、一般の冒険者と思しき人たちの姿も見かけることができた。


 地下にいるため分からないが、まだ外は明るい時間帯だろう。

 だがこの先、同じような場所があるのは第二層の奥。


 俺たちもここで長めの休息を設けた方がいいだろう。

 食事をして、できれば仮眠も取っておきたい。


 俺たちはまずテントを張ることにした。

 特殊な魔法素材でできているため、軽くて嵩張らず、冒険者たちに重宝されているものだ。


 だが生憎、一張りしかない。

 小さいやつでもそれなりに高価で、とてもではないが二張り買う余裕などなかったのだ。

 まぁ、仮眠を取るにしてもどちらかが見張りをしていないといけないだろうし、問題ないだろう。


 俺たちは持ってきた食糧――携行食なのであまり美味しくない――を食べながら、今後の予定を話し合う。


「今、何番目くらいのところにいるかしら?」

「どうだろうな。……急いだとはいえ、準備に時間がかかったからな。金に余裕があって、あらかじめ準備をしていたような連中は、今日中に次の安全地帯に辿り着くことを目指していてもおかしくない」


 そう考えると、ゆっくりしていられない。

 実際この安全地帯には、これまでの試験を上位の成績で通過してきた者たちの姿が見えなかった。

 恐らくもう先に進んでしまったのだろう。


 食事を終えると、すぐにどちらかが仮眠を取ることになった。

 だが周囲を見渡してみて、俺たちは悩む。


「……どこのパーティも見張りなんて置いてないわね……」

「そうだな……。そもそも魔物が出ない場所だし、これだけの人がいるなら安全だっていう判断だろう」


 そうなると一人ずつ仮眠を取らなければならない俺たちは、またも大きな時間的なロスを負うことになってしまう。


「アリア。テントは使ってくれて構わない。俺は外で寝る」

「ダメよ。わたしよりもあなたの方が戦力なのよ。あなたこそしっかり休息をとるべきだわ」

「そうはいかない。さすがに女の子を一人、外で寝させるなんてことできやしない」


 互いに譲り合い、しかし一歩も譲らない。


「……仕方ないわね。じゃあ一緒に寝ましょう」

「さすがにそれは駄目だろ?」


 俺が反論すると、アリアは胡乱な目線を向けてきた。


「なに? やっぱり何かわたしに変なことでもするつもり?」

「いや、そんなつもりはないが……」

「じゃあ決まりね」


 アリアはあっさりとそう結論付けてしまった。


「わたしの目標はこの試験を突破し、そして合格すること」

「……」

「そのためなら、どんなことにも耐えてみせるわ。……たとえ、あなたに寝ているところを襲われようとも」

「だから襲わねぇって」


『違うぞ! 今の発言はむしろ襲ってほしいという暗黙のメッセージじゃ!』


 いつものエロ剣の発言はスルーして、俺はアリアを追ってテントの中へ。

 思っていた以上に狭かった。

 二人で横になると、どうしても身体が当たってしまう。


「さ、さっきはああ言ったけれど……」


 アリアが言い辛そうに言ってくる。


「……明日もあるし、できればあまり体力を使うようなことは……」

「お前はどれだけ俺をオオカミ扱いしたいんだよ」


 まったく、どいつもこいつも。


 疲れていたのか、その後、アリアはすぐに眠ってしまった。

 反対側を向いて横になっているが、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。


『おい、今じゃぞ。絶好のチャンスじゃ』


 ……またお前か、エロ剣。


『なに躊躇しておるのじゃ。男ならここで欲望に身を任せるがいい!』


 無視だ。無視。


 そもそも彼女はメアリや娼婦のような淫らな女たちとは違う。

 だいたいまだ十五、六くらいだ。

 俺のようなおっさんが、こんな成長途上の少女に欲情するなんて色々とマズイ。


『その割にはあそこが膨らんでおるようじゃがのう?』


 ……そ、それはお前が勝手に俺の性欲を強めたからだろ?

 隣の少女とは無関係だ、無関係。


 ともかくこのままでは眠れないので、俺は一人で性欲の処理を行うことにしたのだった。


 なお仮眠後、目を覚ましたアリアが「……なんかイカ臭くない?」と聞いてきたので、全力で誤魔化した。







「雰囲気ががらりと変わったわね」

「ああ。まさか地下にこんな森があるなんてな」


 俺たちは第二層へとやってきていた。

 木々が鬱蒼と生え茂っており、森林フロアと呼ばれているらしい。

 第一層はまるっきり様相が違う。


 この第二層からは、オークやトレントといった危険度Dクラスの魔物が出始める。

 しかしここまでの試験を潜り抜けてきた者たちならば、余裕を持って戦える相手だろう。


 俺たちも、アリアが安物のナイフしか持っていないというハンデはあるものの、よほど一度に多数が襲いかかって来ない限りは問題ないはずだ。


 ただしここから先は地図がない。

 売ってはいたのだが、あまりにも値段が高くて断念したのだ。

 なので手探りで進むしかなく、これもまた貴族連中と比べると大きなハンデだった。


『気を付けるのじゃ、その木、魔物じゃぞ』


 それまでただの樹木だと思っていた木の洞が牙を剥き、襲い掛かってきた。

 俺は剣を一閃。

 トレントの胴体が真っ二つに両断される。


「今の、ほとんど無駄がなかったわね。いい一撃よ」

「本当か?」

「ええ。この短期間でかなり上達してきているわ」


 確かに、今のは俺もいい感じで剣を振れた気がする。

 我流で剣を振っていたときとは大違いだ。

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