第16話 ほれ、ぶちゅーっと!
見下している平民との約束を、あの貴族が素直に守ってくれるとは正直あまり思えない。
とは言え、さすがにプライドもあるだろうし、しばらくはアリアにちょっかいを出してくることはないだろう。
……直接的には。
「……あ、ありがとう」
普段の快活さが嘘のように、アリアがおずおずと礼を言ってくる。
「いや、むしろ悪い。勝手に口を出してしまって」
俺が言うと、アリアはふるふると首を左右に振った。
「そんな、謝らなくていいわ。……嬉しかったから。他人のことなのに、あんなに怒ってくれて……」
「そ、それなら良かった」
予想以上に感謝されて、ドキリとしてしまう。
そのとき余計な声が割り込んできた。
『今ならキスの一つくらいさせてもらえるかもしれぬぞ! 行け! 行くのじゃ! ほれ、ぶちゅーっと!』
黙れ、このエロ剣。
◇ ◇ ◇
翌日、俺たちは無事にすべての素材を収集することに成功し、二次試験を突破した。
そして三次試験は筆記だった。
一次を通過したのは百三十人程度だったが、二次でさらに四十人ほどが脱落したようで、三次試験を受けたのはおよそ九十人だった。
筆記試験は例年、大して内容が変わらないということもあって、しっかりと対策していればそれほど難しくはないと言われている。
それでも不合格者が二十人ほど出たらしいが。
俺も二十年のブランクがあったため不安だったが、それでも直前の詰め込みの甲斐もあって、どうにかアリアと一緒に突破することができた。
四次試験に進むことができたのは、最初の受験者のおよそ六分の一に当たる約七十人だった。
「ではこれより諸君らに次の試験内容を伝える」
四次試験はダンジョンが舞台らしかった。
王都から西におよそ五キロ。
そこには『セランド大迷宮』と呼ばれる、未だに最下層が何層なのかも分かっていない高難度のダンジョンがあった。
そこから得られる様々なアイテムのお陰で、ダンジョンは金の鉱脈にも等しい。
各地から冒険者や商人がやってくることで、さらに都市の経済が潤う。
とりわけセランド大迷宮は各階層によって毛色が大きく異なり、入手できるアイテムの種類も豊富だった。
それゆえ非常に人気が高く、今も続々と新たな挑戦者が王都にやってきていた。
この都が栄えたのは、ダンジョンがあったからと言っても過言ではないほどだ。
「合格の基準は次の通りだ。三日後の〝九ノ刻〟までに、第三層に存在する安全地帯(セーフポイント)まで辿り着くこと」
ただし、と試験官は続けた。
「先着三十二名までだ。三十二人目が到着した時点で、たとえ期限以内であろうとそれ以降の達成者は不合格となる」
今までと違って人数の制限があるらしい。
つまり、確実に半分以下にまで絞られるということだ。
ここまで残ってきていることから、三次の試験を受ける者たちは皆、実力者だと見て良いだろう。
手にしている武具を見ても、どれも一級品ばかりだ。
今回の試験も、受験者同士の協力は禁止されていない。
俺とアリアは説明が終わるとすぐに出発した。
のんびりしていては勝ち目がない。
周りには走り出す者も多かった。
「急ぐのはいいけど、ダンジョンに潜る以上、相応の準備は必要よ」
「そうだな」
最長で三泊四日だ。
確実にダンジョン内で何度か寝泊まりすることになる。
となると、水や食糧は必須。寝袋やテントも欲しい。
治療薬(ポーション)も必要になるだろう。
「アリアの武器もいる」
「そうね……せめて、ナイフくらいは欲しいかも……」
無理やり補強して使っていた青銅の剣は、さすがにもう限界だった。
ダンジョン攻略は毎年のように試験になっている。
そのため裕福な家計の受験生なんかは、あらかじめ準備していた者も多いだろう。
だが資金不足の俺たちにそんな余裕はなかった。
三次試験で入手した素材が、そのまま受験生のものとなり換金できたことがせめてもの救いだった。
しかし不満を言ったところで状況は好転しない。
とにかくどうにか少ないお金をやり繰りし、準備を整えよう。
そして市場を回っていたときだった。
視線を店の方へと向けていたせいか、俺は前を見ておらず、擦れ違いざまに見知らぬ通行人と肩がぶつかってしまった。
「すいません」
「いえ、こちらこそ」
あまり特徴のない男性だった。
年齢は三十代半ばくらいか。
人の良さそうな相手で、難癖を付けられなくてよかった。
互いに謝罪し、何事も無かったように俺は準備を再開する。
予定では一時間ほどで終えたかったのだが、結局、思ったよりもかかってしまった。
スタートしてすでに三時間以上が経過している。
「急ごう」
「ええ」
遅れを取り戻すべく、俺たちはすぐにダンジョンへと向かった。
◇ ◇ ◇
「ライオス様」
「戻ったか、シュデル。首尾はどうだい?」
「はい。例のモノを、あの男の荷袋に施してまいりました。その効果は一次試験のときに実証されております」
「気づかれなかっただろうね?」
「もちろんでございます」
優秀な従者はしっかりと命令を果たしてくれたらしい。
ライオスは満足げに頷いた。
「しかし少々、回りくどくはございませんか? もしお望みとあらば……」
「ふふ、君は僕の性格を知っているだろう? 狩りというのは、じわじわと獲物をいたぶりながら少しずつ追い詰めていくのが楽しいんじゃないか」
「……左様でございましたね」
従者が苦笑気味に頷く。
ライオスは瞳の奥に昏い光を讃えて、歪んだ感情を吐き出すのだった。
「……君は僕だけのものだよ、アリア。僕以外の男と一緒にいるなんて、絶対に許さないからね……」
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