第15話 ケツ穴から串刺しにしてやれ

「そんな卑金属でできた安物の武具じゃあ、本来の君の実力の半分も発揮できないだろう?」

「ふざけないで。あなたの――レガリア家の手だけは絶対に借りたくないわ」


 って、こいつレガリア家の人間なのか。

 道理でアリアがここまで嫌っているわけだ。

 自分の家が取り潰される原因となった(かもしれない)憎き家の人間なんだからな。


 逆に何でこいつにはそれが分からないのか?

 ……馬鹿なのか?


「確かに、僕らの家は仲互いしてきた。けれど君の家が取り潰されたと知って以降、ずっと僕は心を痛めていたのさ」

「……」

「だから少しでも君の力になりたいんだ」


 アリアは明らかに嫌がっている。

 だが相手はまったく引き下がる気配はなかった。


 せめて彼の言葉が心からのものであれば、少しはアリアに響いたかもしれない。

 しかし生憎と、傍から見ても分かるくらいに上から目線なのだ。

 自分がこんなにも心配してやっているのだから相手が靡かないはずがないと言わんばかりの傲慢さが、その態度から滲み出ているのである。


 何だか無性に腹が立ってきたぞ。

 部外者かもしれないが、俺は二人の会話に割り込んだ。


「おい、いい加減にしろ。アリアが困ってるじゃないか」

「平民は黙っていてくれないかい。それと彼女のことを気安く名前で呼ぶな」


 こいつ、ぶん殴っていいかな……?


 俺は苛立ちのままに告げた。


「だったら決闘で決着をつけようぜ」

「なに?」

「まさか、貴族様が平民相手に恐れをなして逃げたりはしないよな?」






 俺はライオスと向かい合っていた。


「馬鹿な奴だ。まさかこの僕に決闘を挑んでくるなんて、身の程知らずにもほどがあるよ」


 余裕たっぷりに嘲笑してくる。


「……本当に大丈夫なの?」

「ああ。心配はいらない」


 アリアが不安そうに訊いてくるが、俺は自信を持って頷く。

 ……実際にはかなり不安なのだが。


 幾ら俺の身体能力が上がったとはいえ、相手は貴族で騎士学院の在校生。

 ただ嫌味なだけではなく実力も確かだろう。

 果たして今の俺で勝てるのか。


 しかし敗北した方は、二度とアリアに近づかないと約束するという条件だ。

 絶対に負けるわけにはいかない。


『まったく。そこは男らしく〝勝った方は彼女を自分の女にできる〟くらいの条件にすればいいじゃろ。なに妥協しとるんじゃ!』


 うるさいな。

 もし本当に俺が負けたらどうするんだよ。

 しかもそういうのは本人の同意が必要だろ。


『〝絶対に勝つから俺を信じろ〟と説得するのじゃよ! そうして本当に勝てば、どんな女でも確実に落ちる! ヤれる! 第一嫁ゲットだぜ!』


 はいはい。

 相変わらずのエロ剣に呆れつつ、俺は構える。

 アリアに教わった構えだ。


 その彼女によれば、ライオスの剣の腕前は確かなのものだという。

 幼い頃から優秀な指導者から学び、各地の剣術大会でも実績を残しているため、対人戦の経験も豊富らしい。

 また、ワイバーンに匹敵する危険度Bの魔物を討伐したこともあるとか。


 幸いにも今の装備は剣と一部の装身具だけのようだが、そこは名門貴族が身に着けているものだ。

 一見すると普通のアクセサリーであっても、身体能力を上げたり、魔法を放ったりできるような特殊効果を持つ場合もある。


「この剣は僕にとっては練習用の二級品だけれど、それでも聖銀(ミスリル)を含んだ合金でできている。そんなナマクラじゃあ一合だって打ち合うことは不可能だろうね」

『誰がナマクラじゃ! おい、あやつをケツ穴から串刺しにしてやれ!』


 いいけど、そんなことしたら汚れるぞ?


『おっと、そうじゃな。さすがに我もう○こ塗れにはなりたくないの』


 それより本当にお前が言った方法で勝てるんだろうな?


『我を信じるのじゃ』


 ……どのみち、今さら後には退けない。

 俺はすでに覚悟を決めていた。


「いつでもかかってきなよ」


 ライオスは俺を自分よりずっと格下だと侮っている。

 それに、平民相手に端から本気を出すなんてダサいし、軽くあしらってアリアにカッコいいことを見せてやろう、とでも思ってそうなのが丸わかりだ。


 それこそが付け入る隙だ。


 俺は地面を思いきり蹴った。

 一気に距離を詰めると、全力で横薙ぎの斬撃を繰り出す。

 思っていたより剣速が早かったからか、少しだけ驚いた様子は見せたものの、あくまでも平静を装ってライオスは口端を吊り上げた。


「へぇ、意外と悪くはない。だけどこの程度じゃ僕には到底敵わないね」


 俺の剣はライオスの剣に受け止められてしまう。

 と思いきや、次の瞬間、キィン、という澄んだ金属音が響き渡った。


「な……?」


 ライオスが目を剥いた。

 彼の目線が追ったのは、剣の切っ先。

 それがくるくると回って地面に突き刺さる。


「ば、馬鹿なっ……」


 彼の手に残った剣は、刀身がその半ばで綺麗に切断されていた。

 跳ね飛んだ剣先が地面に刺さる。


 マジか。

 本当に斬れてしまうとは。


『だから言ったじゃろう? あの程度の剣、我の前には紙切れ同然じゃと』


 こいつ――神剣ウェヌスの性能は確かに優れている。

 だがまさか、聖銀(ミスリル)製の剣すらも斬ってのけるとは。

 ……さすがに紙切れ同然という感触ではなかったが。


 ライオスはわなわなと唇を震わせ、信じられない、とばかりに愕然と剣の切断部を凝視している。


「ば、馬鹿な……こ、こんなことが……」


 俺は神剣の切っ先をその鼻先へ突きつけた。


「勝負ありだな」

「……っ!」


 さすがに剣を折られてしまっては、これ以上は戦えない。

 見たところ予備の剣も持っていないようだ。


「約束は守ってもらうぞ」

「くっ……平民ごときがッ……」


 ライオスは美形の顔を思いきり歪め、俺を忌々しげに睨んでくる。


「往生際が悪いわね、ライオス。あなたの負けよ」

「アリアッ……」


 悔しそうに奥歯を噛みながら、今度はアリアを睨みつけるライオス。

 だが何を思ったか、不意に口端に嘲弄の笑みを浮かべた。


「今日のこの愚かな選択、君は間違いなく後悔することになるだろう」


 そして踵を返し、ライオスは去っていく。


 ……負け惜しみにしては随分と不吉な宣告だったな。

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