第14話 一度叩き割ってやろうか?
「そう、〝あの〟リンスレットよ」
誰もが思い浮かべるのは、剣聖と謳われた英雄アルス=リンスレットだろう。
百年ほど昔の人物である。
その武勲のお陰で、リンスレット家は侯爵位にまで上り詰め、王家の寵愛を受けてきた。
そして長年に渡り、王家を剣によって支えてきた名門貴族だ。
だがつい数年前に爵位を剥奪されたと聞く。
この国では有名な話だ。
田舎育ちの俺でも知っているほどだからな。
「わたしはアリア=リンスレット。リンスレット家の娘よ」
……そういうことか。
ようやく腑に落ちた。
彼女の貴族然とした立ち居振る舞いの理由も、まともな剣すら買うことができない状態に身をやつしてしまっている訳も。
「王宮に剣術の指南役として仕えていたお父様は、ある事件で無実の罪に問われ、処刑されたわ。そしてすべてを失った。領地も領民も名誉も誇りも」
アリアは悔しげに言う。
「その代わりに、多くを手に入れたのがレガリア家よ。……生憎、今のところは確かな証拠がないけれど、お父様が処刑されたのも、絶対、レガリア家の仕業だわ」
レガリア家もリンスレット家に並ぶ名門の侯爵家である。
両家の領地は接していて、以前からライバル関係にあったという。
そしてリンスレット家が取り潰された後、その領地も領民もすべてレガリア家が丸々手中に収めてしまっていた。
「もう失った領地や家族は元に戻らない。けれど、わたしは取り戻したいの。リンスレット家の名誉と誇りだけは、絶対に……」
だからこそ、この学校に入学してみせるのだと、アリアは力強く宣言した。
それであんなに必死だったのか……
「……と、それはともかく。食事代のお礼に、わたしが剣の使い方を教えてあげるわ」
「それはむしろ食費程度じゃ釣り合わない気が……」
当然、超一流の剣技である。
「いいのよ。どのみち今のままじゃ、リンスレット流剣術の名も地に落ちたままだし」
「そうか……。だったら、俺の方からもぜひお願いしたい」
俺は彼女の申し出を喜んで受け入れたのだった。
『くくく、代わりにお主からは夜の剣技の方を身体に教えてやったらどうじ――あだっ!? ちょっ、お主いま我を蹴ったの!?』
一度叩き割ってやろうか?
素材集めは順調に進んでいた。
【魔人の皮】は指定された十枚をすでに集め終え、今は【大鬼の牙】を収集しているところだ。
期限は明日までだが、あと三枚でクリアできる。
一方、それと並行して俺はアリアから剣の指導を受けていた。
「……四百九十七、四百九十八、四百九十九……五百っ! ぐへぇ……」
まずは基礎的な〝型〟からしっかりと身体に叩き込むべきだということで、今は素振りをさせられている。
五百回ぶっ通しでやった後、息を荒らげてその場に大の字に寝転んだ。
そんな俺の顔をアリアが上から覗きこんでくる。
あ、スカートの中が見えそう……。
「うん、最初より随分とよくなってきたと思うわ」
「ど、どうも……」
ぜえぜえ言いながら返す。
しばらくするとどうにか息が整ってくる。
俺は上半身を起こして、
「アリアの教え方がいいお陰だ」
「そ、そうかしら? 人に教えるのは初めてだから、ちょっと心配だったんだけど……」
その割には、ちゃんと構えや型の意味を説明してくれたり、俺の骨格を踏まえ微調整して教えてくれたりと、まるで熟練の指導者のようだった。
「リンスレット流剣術は王族にも教えられていた流派だから」
……なるほど。
それで誰もが理解できるよう、しっかりと理論づけられている訳か。
この特訓は非常にありがたいものだった。
やはり強力な武器を持っていると、どうしてもそれに頼りがちになってしまうからな。
だが武器というのはあくまでも武器なのだ。
それを扱う本人が武器に振り回されているようでは、一流の戦士にはなれない。
『そんなことより早く嫁を――』
エロ剣がまた何か言ってるが無視無視。
ちなみに俺たちが今いるのは、アリアが宿泊している宿の中庭。
そこそこの広さがあるので、店主に許可を取って利用させてもらっているのだった。
「こんな宿に泊まっていたのかい、アリア」
どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。
振り返ると、中庭に先日アリアと言い合っていた青年が入ってくる。
確かライオスという名の貴族だ。
アリアはすぐに不機嫌そうな顔になった。
「……なんであなたがここに?」
「それくらい調べれば簡単なことさ」
ストーカー紛いのことを平然と言うライオス。
ますますアリアの表情が険しくなる。
そんな様子を知ってか知らずか、ライオスは周囲を見渡すと小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「それにしても随分とみすぼらしい宿だね」
いきなり失礼なやつだな。
宿の人に謝れ。
「一体何の用よ?」
「君に会いに来たのさ」
「そう。悪いけど、わたしは別に会いたくないわ」
「そんなに邪険に扱わないでくれよ。僕は君のことを思って忠告しに来ているんだからさ」
「忠告? 余計なお世話よ」
アリアは吐き捨てるように言う。
ライオスはやれやれと肩を竦めてみせた。
それからこれ見よがしに嘆息して、
「……僕は見ていたんだよ。一次試験のとき、君がタイムアップギリギリでゴール地点に辿り着くところをね。とても惨めだった。あんな君の姿、僕は見たくなかった」
「っ……」
「剣聖と謳われたかの英雄アルス=リンスレットも、子孫のあんな姿を見て、きっと天国で嘆いていることだろうね」
「……黙りなさい」
それ以上の侮辱は許さないと、アリアは低い声音で訴える。
しかしライオスは構わずに続けた。
「今も、そんな薄汚い平民の男に頼らざるを得ないなんて……」
おい、それは俺のことか。
『くくく、間違いないのう。確かにお世辞にも貴公子とは言えぬ面じゃ』
お前も認めるんじゃない。
「だけど、君がどうしても合格したいというのならば、僕が力を貸してあげてもいい」
ライオスはそんな提案を切り出してきたのだった。
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