第13話 最後には死ぬよりも辛い目に遭わされるのかも

「まさか、いきなり晩飯をたかられるなんてな……」

「……ごめんなさい」


 呆れたように言う俺に、アリアは本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる。


 彼女から共闘の話を持ちかけられた後、俺は彼女を連れて飲食店を訪れていた。

 どうやら剣を買うどころか、食費すら持っていないらしいのだ。


「護衛代はどうしたんだよ?」


 彼女も俺と同じく護衛代を貰ったはずだった。

 元々は俺と同じように報酬は出ないはずだったが、ワイバーン討伐の礼として支払われたのだ。


「あのお陰で宿を借りることができるようになったの」

「お前、もしワイバーンが出なかったらどうするつもりだったんだ?」

「……野宿」


 ――くぅぅぅ。


 そのとき彼女のお腹から可愛らしい音が鳴る。

 かあああっ、と顔を真っ赤にするアリア。


「分かったよ。好きなだけ注文してくれ。俺の方はまだ金には余裕があるしな」


 しばらくはあまり酒が飲めないかもしれないなぁ……。


「あ、ありがとう。恩に着るわ」


 アリアは居住まいを正し、生真面目に礼を寄こしてくる。

 それから、


「……しょ、食費の代わりに、わたしの下着を……」

「何でそういう方向ばかりなんだ?」

『お主は下着よりも胸が好みじゃからな!』


 それも違う。


 あくまで奢りだから、と俺は彼女に念を押した。


「……今日はいいとして、明日以降はどうするんだ?」

「魔物を狩って素材がドロップすれば……どうにか……」


 俺は溜息をつきつつ、提案する。


「じゃあ合格するまで食費は俺が出す」

「もしかしてわたし最後には死ぬよりも辛い目に遭わされるのかも……」

「ちょっと人の厚意を疑い過ぎだろ?」

「今のは冗談よ。ともかく、さすがに合格までずっと奢ってもらうなんて悪いわ」


 遠慮してくるアリアだったが、俺ははっきりと言ってやった。


「いや、共闘すると決めた以上、むしろロクに食事をとれずに足を引っ張られる方が困る。少しでも節約して、早く新しい剣を買ってもらう必要もあるしな」

「だけど……」

「どうしても合格したいんだろ? だったら利用できるものは利用しろよ」


 せっかく、こうしておっさんがほいほい引っ掛かったんだからな。


『うむ、こんな可愛い娘っ子のために貢ぐことができるなら、むしろおっさん冥利に尽きるというものじゃ!』


 お前、本当にとことんエロジジイだよな……。


『それに女というのは、辛いときに優しくしてくれた男にはコロッと惚れてしまうものじゃぞ!』


 はいはい。


「……せっかくだし、甘えさせていただくことにするわ」

「ああ、そうしてくれ」


 別に下心とかはないから。


『本当かのう?』


 ないったらない。


「よし、今日は一緒に飲もう! 一次試験を突破したし、その記念だな」

「わたし、お酒を飲んだことまだなくて……」

「マジか。それは人生をかなり損してるぞ」

「はっ……まさか、酔わせた上で淫らな行為を……」

「うん、やっぱまだ酒を飲むには若過ぎる気がするな。やめておこう」


 俺は即座に前言を撤回した。


 宿に戻ってから一人で晩酌しよう。






 俺はアリアとともに、トロルがよく出没するとされる草原地帯を訪れていた。


「いたわ」

「本当だ」


 見通しがいいため、身体の大きなトロルはすぐに分かる。

 あまり群れを作ったりしない魔物であり、単体でいるのがありがたい。


「作戦通り、わたしが引き付けるわ」

「悪いな、危険な役割を任せて」

「仕方ないわ。わたしの剣じゃ倒せないんだし」


 アリアは青銅の剣を無理やり補修して使っていた。

 だがあくまでも気休め程度で、恐らく何度か斬り付けただけでまた折れてしまうだろう。


「あいつは動きが鈍いし、力は強いけど当たらなければどうってことないわ」

「無理はするなよ。――行くぞ」


 俺は彼女と離れ、気配を殺しながら回り込んでいく。

 合図と同時にアリアは石を投擲し、それがトロルの頭に当たった。


 痛みに呻いて、トロルは周囲を見渡す。

 すぐにアリアに気づいた。


 彼女がもう一つ石を投げたところで、トロルは自分が攻撃を受けているのだと判断したようだ。巨体を揺らして一目散にアリアの方へと突進していった。


「ウゴオッ!」


 人間の頭部ほどもあろうかという拳を振るうトロル。

 だがアリアは素早いバックステップで回避。

 トロルは追撃するが、避けることに徹しているアリアはその悉くを避けていく。

 剣で受けることもできないので、躱すしかないのだ。


 その間に俺はトロルのすぐ背後にまで迫っていた。

 脂肪で覆われた分厚い背中に、思いきり神剣を突き刺す。

 ワイバーンの鱗すら斬り裂いた剣先は、しっかりと肉の中にまで沈み込んだ。

 心臓を貫いたか?


「アアアッ!?」


 いや、逸れてしまったようだ。

 これだけ脂肪が多いと、やはり急所の場所が分かりにくいな。

 トロルは怒りの雄叫びを上げ、身体を回転させながら両腕を思いきり振り回してきた。


「うおっ!」


 間一髪でしゃがみ込み、すぐ頭の上をトロルの丸太のような腕が擦過する。

 俺はその状態で剣を横に薙ぎ、トロルの足首を切り裂いてやった。


「ッ!?」


 片足をやられ、体重を支えられなくなったトロルが大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。

 すかさず俺はトロルの腹の上に乗っかり、今度はトロルの猪首を斬る。

 トロルは断末魔の悲鳴を残し、灰と化した。


 後に残った【魔人の皮】を回収する。

 二枚あった。


「すごい、また複数ドロップしたわ。ツいているわね」

「これで七枚目か。順調だな。けど、そろそろ戻らないと陽が暮れてしまう」

「そうね」


 今日の――初日の素材集めは終わりだ。

 二次試験の期限は四日後の日没まで。

 このペースでいけば恐らく間に合うだろう。


 夕日に照らされながら、都市までの帰り道を二人で歩いていく。


『これ、手ぐらい繋いでみせろ』


 なんでだよ。

 デートじゃないんだ。


「ところでルーカス。気になったのだけれど」


 不意にアリアが口を開いた。


「あなたの剣、随分と変な癖があるわね」

「え?」

「なんて言うか、右側を庇いながら戦っているっていうか……」


 言われてみればそうかもしれない。

 ずっと片手だけで戦ってきた弊害だろう。


「それにかなり独特だし」


 俺の剣は、冒険者の多くがそうであるように我流だった。

 しかし自分ではそれなりにちゃんとできていると思っていたのだが……どうやらアリアから見ると結構ヘンテコな剣らしい。


『うむ、お主の剣技は酷いものじゃぞ。力任せにもほどがある』


 それを早く言えよ。


『阿呆! 剣技を学ぶ暇があったら、もっと嫁を増やすべきじゃろうが!』


 ウェヌスの言い分などやはり無視し、俺はアリアに問う。


「アリアは? ワイバーンと戦ったときしか見てないが、明らかにそこらの剣士とは一線を画するものだというのは分かった。もしかして誰か高名な剣士から?」

「わたしはお父様から学んだわ」

「お父さんから?」

「ええ。リンスレット流剣術――王家に伝授していたこともある流派よ」


 俺は思わず息を呑んだ。


「リンスレット……? って、あの?」

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