第12話 だから俺は変態じゃねぇ

「ああ、何人かやられて棄権したみたいだな。お陰でライバルが減ってくれたぞ」

「いやいや、オーガ程度に苦戦してる奴なんて端からライバルじゃねぇだろ」


 オーガの危険度はCの下位。

 その怪力と耐久力が厄介な魔物だ。


 だがこの学校に入ろうとしている者たちにとっては決して怖い相手ではない。

 彼女なら単身でも倒せるだろう。


 しかし制限時間が迫ってきても、なかなか彼女は姿を見せなかった。 

 ……こんなに気になるなら、本当に共闘すればよかったかもしれない。


『ほれ~、おぬしがヘタるからじゃぞ~?』

「……イラッ」


 ようやく百人ほどが帰ってきた頃には、もう日は大きく西に傾いていた。

 まだ彼女は戻ってきていない。


 そしてもう間もなく陽が完全に隠れようかというとき、夕日に照らされて一際赤く燃える髪の少女がグラウンドに飛び込んでくる。

 アリアだ。


「はぁ………はぁ……はぁ……」


 大きく肩で息をしている。

 相当消耗しているようだ。

 それでも彼女は懸命に走る。


 試験官のところまであと少し。

 だが日暮れまであと僅か。

 そのとき彼女の足が縺れ、転んでしまう。


「大丈夫か?」


 俺は思わず駆け寄って声をかけていた。


「え、ええ……大丈夫よ」


 懸命に立ち上がり、彼女はどうにか時間内に試験官に金属札を渡した。

 一次試験の突破を勝ち取って、俺までホッとしてしまう。


「何があったんだ? もっと早く戻ってくると思ってたんだが……」


 訊いてみると、森林の中でオーガに襲われたらしい。

 それも複数回。

 あそこには危険度Cのオーガはめったに現れないと聞いていたんだが……


「最初の一体を倒したときにこうなっちゃって」


 言って、アリアは腰の鞘から剣を抜いた。

 ――半ばからぽっきりと折れている。

 こうなっては剣士である彼女が苦戦するのも当然だ。


「耐久度に限界がきていたのは分かっていたんだけど……」


 これ一本しか手持ちがなかったのだろう。

 そして恐らくは、新しい剣を買うお金も。


『うーむ。このままじゃと、この娘っ子、試験に落ちるのではないのか?』


 ……残念ながら俺もそう思う。






 折れてしまったアリアの剣は青銅製だった。

 安価に手に入るが、その分、強度や切れ味は劣り、せいぜい護身用の域を出ない武器である。


 この試験に挑むというのに、こんな粗末な武器一本だけしか持ってきていないというのは大きなハンデだった。


 一次試験の合格者たちが所有している剣をちらりと見てみれば、最低でも鋼鉄製。

 聖銀(ミスリル)が含まれた合金製の剣を持つ者も多い。


 ミスリルは稀少な金属であり、これを使って打った剣には特殊効果を付与することもできるという。

 当然ながらかなり高価だ。

 それを所有している連中は平民とは言え、恐らく裕福な家の出なのだろう。


 試験内容は平等であっても、それぞれの状況は決して平等ではないのだった。


「今この場にいる者たちが一次試験の通過者だ。早速だが、次の試験についての説明を始める」


 試験官の声が響いた。

 結局、戻って来ることができたのは百三十人ほど。

 最初の試験で一気に三分の一にまで絞られたというわけだ。


 次の試験は数日かけて行われるらしかった。

 内容は、指定された魔物の素材を一定数集めてくるというものだ。それぞれ素材は異なり、くじ引きによってランダムで決定した。


「【魔人の皮】十枚か……この辺りだとトロルがドロップするかな」


 トロルは危険度Cの大型の魔物だ。

 普段は大人しいが、攻撃されると狂暴化する厄介な相手だった。


「……わたしは【大鬼の牙】を、十」


 アリアが呻くように言う。

【大鬼の牙】を落とすのは、主にホブゴブリンやオーガといった魔物だ。

 ごく稀にゴブリンからもドロップするそうだが、かなり確率は低い。


 しかし折れた剣しかない今の彼女では、単身でオーガを討伐できるかは怪しいところだった。

 せめて、もっと上等な武器があれば……とは思うが。


 弱い魔物を狩りまくって素材を手に入れ、それを売ることでお金を溜めれば、どうにか武器を調達できるかもしれない。

 だがそれだと期限内に間に合うか怪しいところだろう。


「ねぇ、あなた」


 そんなことを考えていると、アリアから声をかけられた。


「なんだ?」

「えっと……」


 自分から声をかけたものの、少し躊躇っているのか、切り出すまでに時間がかかった。

 やがて意を決したように口を開く。


「……よければ協力し合わない?」


 どうやら協力のお誘いらしい。

 彼女としても自分一人では突破できないと悟ったのだろう。


「いいぞ」

「そうよね。やっぱり難しいわよね。わたしがいると間違いなく足手まといだし。でも、タダでとは言わないわ。……わ、わたしの身体を好きにして――――え? いいのっ?」

「ちょっと待て。今、お前は何を売ろうとした?」

「だ、だってあなたのような変態には、それが一番かと……」

「だから俺は変態じゃねぇ。ナイスミドルだ」


 弱みにつけ込んで、少女の身体に手をつけるような下衆な人間じゃないぞ、俺は。


「とにかく、そんな対価は要らないって」

『阿呆! なんと勿体ないことを言うのじゃ! せめて乳くらい揉ませてもらえ!』


 お前は黙ってろ。


「本当に?」

「本当だ」

「と油断させつつ、後からもっと酷い要求をしてくる魂胆ね……」

『なるほど、その手があったか!』

「そんなつもりもない」


 どいつもこいつも、俺を何だと思ってやがるんだよ……。

 いや確かにもう一回くらい、あの至高の胸を揉んでみたいと……待て待て違う違う。


 何とか誤解(?)を解いて、俺は彼女と協力して二次試験に挑むことになったのだった。


「それともう一つ、お願いがあるのだけど……」

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