第11話 親しかった記憶はないんだけど?

「やっぱり試験を受けに来たんだね、アリア」


 金髪のイケメンだった。

 背も高く、女性をあっさりと魅了してしまいそうな微笑を浮かべている。


 そのやたら装飾過多な装備からして、明らかに貴族だと分かった。

 彼女の名を気安く呼んだことから、二人は知り合いらしい。


「……ライオス」


 だが青年と違ってアリアの反応はとげとげしいものだった。

 まるで親の仇でも見るかのような目で、ライオスと呼んだその青年を睨む。

 どうやら彼女にとっては、あまり好ましい相手ではないらしい。


「どうしてあなたがここにいるのよ?」

「別におかしなことじゃないだろう? 僕はこの学院に通う生徒なんだから」


 この男、騎士学院の在校生のようだ。


「君がこの平民枠の試験を受けると知って、こうして挨拶をしに来たんだ」

「……そう。だけど、もうすぐ試験が始まるの。わたしも気持ちを落ち着かせたいし、用事が済んだら帰ってくれると助かるわ」


 どこか親しげなライオスとは裏腹に、アリアは突き放すように言う。


「ふふ、そんなにつれないことを言わないでくれよ。僕と君の仲じゃないか」

「おかしいわね。わたしにはあなたとそんなに親しかった記憶はないんだけど?」


 ライオスはやれやれと肩をすくめた。


「聡明な君なら何が正しい道なのか、分かっているはずだ。こんな無駄なことはやめて、大人しく僕のところにおいでよ」

「あなたと一緒になるくらいなら死んだ方がマシだわ」


 アリアの口振りはやはり厳しい。


「……ま、せいぜい頑張るんだね。どうせ君の実力じゃあ、入学なんてできっこないさ」


 ライオスは嫌味ったらしくそれだけ言い残し、去っていった。

 アリアはしばしその背中を睨み続けていたが、やがて大きく息を吐いて、


「ごめんなさい。恥ずかしいところを見せてしまったわね」

「いや……」

「お互い、合格できるよう頑張りましょう」


 そしてアリアも踵を返して立ち去っていく。

 ……何だか、色々と事情がありそうだな。

 だが初対面の俺が口出ししても迷惑なだけだろう。


『何を言っておる! これはチャンスじゃぞ! 彼女の悩みを解消してやれば、ぐっと二人の距離が近づくはずじゃ! そうして嫁に――』


 エロ剣の言葉は無視した。







 試験は全部で五次まであるという。

 内容は通過するまで伏せられているため、事前に知ることはできない。


 発表された一次試験の内容は〝持久走〟。

 今日の太陽が沈むまでに指定された場所を往復し、ここに戻ってくるという単純なものである。


「トラル丘頂上、か」


 王都を出て北へ三十キロほど行ったところにあるという。

 頂上に待機している試験官から〝証し〟を受け取って、それをこのグラウンドまで持ち帰ってくれば合格だ。


 往復で六十キロ。

 整備された街道であれば時間内に十分に踏破可能な距離であるが、問題は間にちょっとした森林が広がっていることだ。

 鬱蒼とした森では当然ながらペースが落ちてしまう。

 しかも森には魔物が出るという。いずれも危険度DやEレベルらしいが。


 なお、他の受験生の妨害は固く禁じられていた。

 もし見つかればその時点で不合格だ。

 森林内には教員や在校生からなる試験官が配置され、監視しているらしい。


 逆に協力し合うのはOKだ。

 実際、明らかに仲間同士と思われる集団ができていた。

 だが生憎、俺には共闘できるような相手はいないため、一人で何とかしなければならない。


『あの娘っ子を誘うのじゃ。初めての共同作業を経て晴れて嫁に――』

「はいはい」


 エロ剣をあしらいつつも、俺はつい彼女の赤い髪を探してしまう。

 しかし人が多過ぎて残念ながら見つからない。


 やがて試験官の合図で試験が開始する。

 我先にと争いながら、四百人もの受験者たちが一斉に走り出した。

 中には物凄い速さで駆け出した者もいる。


 俺はと言うと、かなり後方からの悠々としたスタート。


『こんな後ろにおって大丈夫なのか?』

「タイムを競い合う試験じゃないから良いんだよ。六十キロという長丁場だし、あまり飛ばし過ぎると間違いなく後半でキツくなってくる。それに――」


 実は二十年以上前にも似たような試験を受けた記憶があった。

 その経験から、前半はできるだけペースを抑えるべきだと判断したのだ。


「――見ろよ、ほら」


 それが正しかったことは森に入ってからすぐに証明された。


「うわぁぁっ、助けてくれぇぇぇっ!」


 俺よりも前を走っていた受験生の一人が、片足に絡まった縄によって宙づりになっていた。

 他にも、落とし穴にはまって出られなくなった受験生や、網に捕らわれて身動きが取れなくなっている受験生などを見かける。


『なるほど、罠が仕掛けられておるのか』

「そういうことだ。先行した人間が引っ掛かってくれるから、後方にいた方が有利なんだよ」


 もちろん罠を見極めてしっかりと回避していく受験生も多いし、後方だからって必ず安全という訳ではない。


「っと!」


 足元の細い糸に気づき、俺は咄嗟にジャンプして避ける。

 危ないところだった。

 幾ら罠が少なくなっていると言っても、注意して進まないとな。






 トラル丘の頂上に着いたのは、学院を出発して三時間後くらいだった。

 なかなか順調なペースだろう。


「もっとかかると思っていたんだけどな」

『レベルが上がり、身体能力が向上したお陰じゃ。当然、体力だって上がっておる』

「道理で、結構な速さで走り続けているのにあまり疲れないと思った」


 最初は受験者たちの中でもかなり後ろの方にいたのだが、いつのまにか大半を追い抜いてしまったようで、


「君で十五人目だよ」


 頂上に来たという〝証し〟の金属札を受け取る際、試験官(まだ若いので、学院の在校生かもしれない)からそう教えてもらえた。

 マジか。普通に合格圏内じゃないか。


「ひぃ……もうだめ……」

「おええええっ」


 帰り道も同じ森林内を突っ切っていったが、その途中で力尽きている脱落者たちの姿を何度も見かけた。

 お先に失礼。


 それからさらに二時間ほど走り続けて、


「ふぅ、ようやく戻って来れたか」


 時間内に学院のグラウンドに戻ってきた俺は安堵の息を吐く。

 試験官に金属の札を渡すと、地べたに腰を下ろした。

 さすがにこれだけ走り続けると疲労困憊だ。


 復路でもさらに何人か追い抜いたらしく、見たところグラウンドには数えるほどしかいなかった。

 まだ日が沈むまで時間があるとは言え、少ない。


 アリアの姿もまだなかった。

 まぁ彼女の実力ならきっと間に合うだろう。


「おい、聞いたか? 森林に何体かオーガが出たらしいぜ」


 少し不安になっていると、戻ってきた受験者たちのそんなやり取りが聞こえてきた。

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