第10話 生憎と今は賢者モードなんでな

「だからゴブリンやコボルトばっかり倒していた俺は、ほとんど成長しなかったのか……」

『むしろ怪我や老化で衰えの方が早かったかもしれんの』


 逆にここ最近、キリングパンサーにワイバーンと、強い魔物を倒しまくっている。

 道理で身体が軽いわけだ。

 力も強くなっているようで、旅の荷物がまったく重くない。


「貴族に強い奴が多いのもそのせいか」


 彼らには財力がある。

 強力な武具を買い揃えて装備すれば、格上の魔物を苦もなく倒せ、どんどんレベルが上がっていくというわけか。


 冒険者にも、たまに後継ぎになれない貴族の三男坊とかがいたりするのだが、総じて彼らはハイペースでランクを上げていく。

 あれはギルド側が権力に屈しているせいかと思っていたが、武器の性能のお陰なのかもしれない。


『つまり最強の剣を手にした今のお主なら、それ以上の速さでレベルアップできるということじゃぞ!』

「確かに」

『くくく、我のありがたさがわかったようじゃの? ならばもっと我を讃えるがよい! いや言葉なんかより、行動で感謝を示して欲しいのう! 具体的にはもっとセック――』


 はいはい、生憎と今は賢者モードなんでな。






 経験値とやらを稼ぐため、夕方まで王都周辺で魔物を狩った。

 そして一仕事を終えた後は、もちろん酒である。


「あー、やっぱ冷たいエールは美味いな」


 王都だけあって酒の種類が豊富だ。


 赤白はもちろん、淡い色調のロゼと呼ばれる葡萄酒、蜂蜜酒(ミード)や多彩な混成酒(リキュール)、北方でよく飲まれている度数の強い火酒、それからスタウトと呼ばれる色が濃い麦酒なんかも普通に置いてある。


 だが何より嬉しいのは、ここではエールを冷やして出してくれる店が多いことだ。

 俺がいた街ではエールは常温で飲むのが一般的だったが、疲れた身体にはやはり冷たいエールが効く。


「苦みがしっかりしているのに飲みやすい。やっぱ安いエールとは全然違うな」


 少し金に余裕ができたし、俺はちょっと上等なものを飲んでいた。


『お主は随分と酒を美味そうに飲むのう。見ていたら我も飲みたくなったのじゃ』

「どうやって飲むんだよ」


 とは言え、飲み過ぎないようにしないと。


 ……と思っていたが、そこそこ酔ってしまった。


「まー、久しぶりのおーとだし、おっけーおっけー」


 完全に酔っ払った状態で俺は店を出た。


 借りている宿まで向かう途中のことだった。

 夜でも明るい繁華街を通っていると、女性に声をかけられる。


「ねぇ、おじさま、ちょっとあたしと楽しいことしていかない?」


 娼婦だった。

 年齢は二十三、四といったところか。


 ……なかなか美人だな。

 近くには娼館と思われる店が幾つかあって、他にも数人の娼婦たちが客引きをしていた。

 総じてレベルが高い。

 この辺りもさすが王都といったところか。


「おじさまになら、普段はやってないプレイを許しちゃっていいかも?」


 俺の腕を取り、耳元で甘く囁いてくる。

 メアリを抱いた夜のことも思い出して、急に股間が熱くなった。


 ……今は金に余裕があるし、いいかな。

 それに相手が娼婦なら後腐れもない。


『くくく、やはり賢者モードなど長くは続かぬものじゃ! 性欲に任せてどんどんヤればいい!』


 ウェヌスが何か言っていた気がするが、俺は娼婦の肩を抱きながら店に入った。







 あっという間に試験当日がやってきた。


『ほう。すごい人じゃの。これが全部、受験生なのかの?』

「そうだ」


 集合場所は学院の構内にある屋外訓練場だった。

 関係者なども含まれているだろうが、ざっと四百人以上はいるな。

 広い訓練場がほぼ埋まってしまっている。


 入学が許されるのは毎年たったの二十名ほどだ。

 つまりおよそ二十人に一人という狭き門である。


 ちなみにここにいるのは全員が平民だ。

 貴族は別枠で試験が行われるためだ。


「もしかして、あなたも試験を受けに来たの?」


 不意に声をかけられ、思考を中断させて振り返る。

 先日の赤髪の少女だった。


「そうかもしれないと思ってはいたけど……」

「そっちもこの試験を受けに来てたんだな。道理で強いわけだ」


 あの歳でワイバーン相手に正面から単身でやり合っていたのだ。

 ガルダたちCランクの冒険者ですら、戦う前から逃げ出していたというのに。


「わたしなんてまだまだよ。強いのはあなたの方じゃない」

「いや、俺一人じゃ絶対倒せなかった」

「随分と謙虚なのね」


 少女はちょっと呆れたように言う。

 それから少しジトッとした目になって、


「……変態だけど」

「あ、あれはワザとじゃないからな?」

「どうだか」


『もちろんワザとじゃ!』


 ちょっとお前は黙ってろ。


 胡乱げに睨んでくる彼女に、俺は胸を触ってしまったことを謝罪する。


「悪かったよ、ほんと。許してくれ。この通り」

「別に気にしてないわ。あのときは斬り殺してやろうかと思ったけど」


 ピリ、とうなじの辺りが少しひりついた。


「…………今、ちょっとだけ殺気を感じたんだが?」

「大丈夫。気のせいよ」

「剣を抜きながら言われてもまったく説得力がないんだが」

「あらごめんなさい、つい……。でもせっかく抜いたんだし、ちょっと試し切りしてもいいかしら? 首の辺りとか」

「……それ死ぬから」


 実はめちゃくちゃ怒っているのかもしれない。


『それはそうじゃろ。女の乳は天使の翼のようなものじゃ。触ったらちゃんと礼を言わねばならん』


 だからお前は黙ってろって。


「そう言えば、まだ名乗ってなかったわね。わたしはアリアよ」

「俺はルーカスだ」

「ルーカス、ね」


 少女――アリアは、俺の名前を反芻する。


 彼女は一体、何者だろうか?

 立ち居振る舞いに気品がある。

 だから最初は貴族なのかと思ったが、その割にはお世辞にも良い服を着ているとは言えない。


 持っている剣も正直あまり上等なものではなかった。

 使い古され、刃毀れも酷い。


 と、そんな疑問を頭の中で転がしているときだった。


「やっぱり試験を受けに来たんだね、アリア」


 人波が別れ、一人の青年がこちらに歩いてくる。

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