第9話 それはもはやストーカーだろ

 見知らぬ美女が俺の身体の上に覆い被さっている。


 年齢は二十代前半といったところか。

 美しい銀色の髪。

 瞳の色も銀色をしていて、それが俺の目を覗き込んできている。

 物凄い至近距離だ。


 どんな状況だ、これは……?


 よく見ると女性は全裸だった。

 豊満な胸が俺の身体に押し当てられている。

 待て待て、俺は娼婦なんて買った覚えはないぞ?


「くくく、お主の欲望の限りを我にぶつけてくれてええんじゃぞ?」


 どこかで聞いたことがあるようなしゃべり方だ。

 だが思い出せない。


 美女はにやにやと俺の顔を見下ろしながら笑っていた。

 綺麗な顔をしているくせに笑い方には品がない。


「誰なんだお前は?」

「そんなことはどうでもよかろう? それより平静を装っておるが、下の方はまでは嘘を吐けぬようじゃのう? 我が楽にしてやろうか?」


 裸体の美女は自分の唇をぺろりと妖艶に舐った。

 その扇情的な仕草に、ごくり、と俺は思わず唾液を呑み込んでしまう。


 ――おーい、起きろ。


 そのとき、どこからともなく声が聞こえてきた。


「……む。どうやら邪魔が入ったようじゃの」


 美女が不満げに呟いた直後、俺の意識は覚醒した。






「おい、王都に着いたぜ」

「ん……」


 ガルダの声で目を覚ました。

 どうやら俺は眠っていたらしい。


 上体を起こそうとすると、胸の上に神剣が乗っていた。

 どうやら抱えたまま寝ていたようだ。


 うーん……なんか変な夢を見た気がするな……。


『気のせいじゃろ』


 確かに何か見ていた気がするんだけどな……思い出せない。

 まぁいいか。


 ところで護衛を放棄して逃げ出したガルダたちだったが、ワイバーンが討伐されたと知って戻ってきた。

 雇い主と交渉し、そのまま護衛を続けることにはなったが、護衛料が幾らか減額させられるそうだ。


「ったく、あんたも人が悪ぃぜ。そんなに強ぇなら最初から言っておいてくれよ。そしたら早々に逃げ出したりなんかしなかったのによぉ」


 などと、愚痴半分畏怖半分といった様子で責められてしまったが。

 乗客の俺に頼られても困るぞ。


 俺は大きく欠伸をして、馬車から降りた。

 するとこの一団を仕切っていた御者から声をかけられる。


「これは?」


 銀貨十五枚を渡され、俺は困惑した。


「ワイバーンを討伐してくれたから、その礼だ。お前さんがいなければ、もっと酷い被害を受けてただろうしな。ぜひ受け取ってくれ。それに幾らか護衛料が浮いたしよ」


 まぁ確かに正規の護衛たちよりも活躍したからな……。

 俺はありがたく受け取ることにした。

 ワイバーンからドロップした【飛竜の鱗】もあるし、これでちょっとした小金持ちだ。


 ……ちょっと良いお酒が飲めるな。


 そこでふと気になることがあって、周囲を見渡す。


「あれ、もう行ってしまったのか……」


 赤髪の少女にあのときのことを謝ろうと思ったのだが、すでにいなくなってしまっていた。

 道中は別の馬車にいたため、なかなかその機会がなかったのだ。


『むしろ言うべきなのは礼じゃろう』

「どういうことだ?」

『最高の乳を揉ませてくれてありがとう、とな』

「そんなこと言ったら最後、剣で斬り殺されてもおかしくないぞ……」


 だが実際、あれは良い胸だった。

 今でもあの感触をはっきりと思い出すことができる。


 意外と大きく、そして手に馴染むような綺麗なお椀方。

 驚くべきなのはその弾力で、すごく柔らかいというのに、それでいて驚異の反発力があった。


 正直あんなに感触も形も完璧な胸を見たのは初めてだ。

 布越しだったのが残念なくらい――いや、何考えてんだよ俺は。


『まだ近くにいるはずじゃないかの? もっとしっかり探してみい』

「そこまでする必要はないだろ」


 もしかしたら俺と話をしたくないため、さっさと行ってしまったのかもしれない。

 ……そうだとすると、かなり怒っているということになる。

 無理もないか。


『阿呆! あんな可愛くて良い乳をした娘、そう簡単には出会えぬぞ? 男なら地の果てまでも追い駆けて嫁にしてみせよ!』

「それはもはやストーカーだろ」


 それから一応少しだけ彼女を探してみたが、見つからなかったのですぐに諦めた。

 エロ剣からはもっと探せと言われたが、無視した。


「にしても久しぶりだな、王都に来るのは」


 騎士学院の入学試験で、三度目の不合格になって以来だ。


 正式な名称は王立セントグラ騎士学院。

 と言っても、必ずしも騎士だけを育成するための学校ではない。


 元々この国は、小国から武力によって現在の勢力まで拡大してきた歴史があるため、武功を誇り、尊ぶ空気が強い。

 だからこそ優秀な騎士を育てるための学校が、各地に幾つも作られたのだ。


 しかし他国と領土を争っていた戦乱の時代も今や昔。

 騎士養成のためにできた学校だが、現在では文官の育成にも力を入れている。


 そうした騎士養成校の中でも、とりわけ王立セントグラ騎士学院は国内最高峰として名高い。

 国内ばかりか、他国の王侯貴族の子弟すらもここで学んでいるとか。


 基本的にこの学校に入れるのは貴族だけなのだが、平民でも試験を突破すれば入学することが可能だった。

 平民特別枠というやつだ。

 貧乏な平民のために、学費も全額免除されている。


 平民でも卒業すれば騎士、あるいは文官になることができるため、毎年、全国各地から入学希望者が殺到する。

 当然ながら非常に狭き門だった。


 平和な時代になったとは言え、やはり試験では伝統的に戦う力が重視される傾向がある。

 学問についてはからきしなので、その点はありがたい。


 なお、試験は五日後だ。


「しかしワイバーンを倒してから、一気に身体が軽くなった気がする」

『経験値が入ったのじゃろう』

「経験値?」

『うむ。簡単に言うと、魔物を倒せば得られる成長の糧じゃ。それによって人は〝レベル〟が上がり、強くなるようにできておる』


 確かに魔物を倒せば倒すほど、人は強くなれるということはよく知られていた。

 だが例外もあると俺は思っている。

 それは俺自身の経験からくるものだ。


「これでもそれなりの数の魔物を倒してきたはずだが、大して強くならなかったぞ?」


 なにせ二十年以上も冒険者をしてきたのだ。

 倒した〝数〟だけなら、そこらの冒険者には負けないはず。


『自分よりも強い魔物を倒さねば、経験値はほとんど得られぬのじゃよ。逆に遥かに格上の魔物を倒すことができれば、入る経験値は膨大なものとなる』


 なるほど、そういう仕組みなのか……。

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