第19話 もしかして本気で言っておるのか?

「……なぜ一人で先に行こうとしないの? あなた一人なら、きっとゴールに辿り着けるわ」

「そんなつもりはねーよ」


 俺の断言に、アリアは眉をひそめる。


「どうして? このままだとあなたまで、三十二人という枠に入れないかもしれない」


 そもそも足を怪我し、まともな武器さえ持っていないのだ。

 ロクに魔物と戦えまい。


 試験官がいてくれれば託すこともできなくもないが、生憎、近くに姿は見えない。

 先ほどかなり移動したので、見失ってしまったのだろう。


 それに何より、ここで置いて行ったら後味が悪い。


「ここまで一緒に頑張って来たんだ。こんなところで放置していけるかよ」

「何でそこまでしてくれるの? ついこの間、会ったばかりなのに……」

『それはもちろん下心があるからじゃ! あと、背中に当たるおっぱいおっぱい!』


 お前は割り込んでくるな。


「……正直、俺は別に今回で合格しなくてもいいと思っているんだ」

「えっ?」

「もちろん合格はしたい。けど、たった一度の失敗くらい、どうってことないさ。また来年チャレンジすればいいんだからな」

「……」


 まぁそんな風に考えられるのは、過去にすでに三度も不合格になって、一度は諦めてしまった経験があるからなんだが。


 言ってみれば、これはボーナスステージだ。

 今の俺には失うものなんて何もない。


「アリアはちょっと生き急ぎかもしれないな。まだ若いんだし、少しは息抜きしていかないと。いつか燃え尽きてしまうぞ?」

「……あなたって時々、随分と老成したことを言うわよね?」

「仕方ないだろ。もう三十七のおっさんなんだ」

「え?」


 アリアが息を呑む。


「まだ三十くらいかと思ってたわ」


 どうやら今の俺はそこまで若く見えていたらしい。

 ここ最近、ちゃんと髭を剃っている甲斐があったな。


「普通にアリアの親世代だぞ」

「……驚いた」

「当然、自分の子供でもおかしくない年齢の少女に手を出したりはしねーよ。だから遠慮なく乗っかれって」

「う、うん……」


 アリアは大人しく俺の背中に身を預けてきた。

 赤い髪が俺の首筋を撫でる。


 俺は彼女を背負ったまま立ち上がった。

 ……エロ剣のせいでやっぱり背中の感触が気になる……ダメだ考えるな。

 俺は父親。俺は父親。俺は父親。

 背中にいるのは可愛い娘だ。


『考えるな! 感じるんじゃ!』


 感じるのもダメだろ。

 ウェヌスの言葉は適当に聞き流しつつ、俺はアリアを負ぶってダンジョンを進んだ。


「こんなんじゃ、さっきみたいに逃げるのは難しいわね」

「魔物が出ないよう祈るしかないな」


 しかし祈りが通じたのか、急にぱったりとオーガが現れなくなった。

 十分ほど進んだのに、遭遇したオーガはゼロで、アルミラージという兎のモンスターが二体出てきたのみ。


「……ぜんぜん現れないわね、オーガ」

「だな」


 さすがに祈り云々では説明できない気がしてきた。

 だが考えてみても、原因はまるで思い当たらない。

 いや――


「そう言えば一次試験のときもオーガに遭遇したんだっけ?」

「そうよ。オーガなんて滅多にいない森らしいのに……」


 今回の件と無関係とは思えないな……。


 それから何度か魔物と戦うことにはなったが、いずれも良心的な頻度と数だったので、すんなりと倒せてしまった。


「……三十二人以内に入っているかしら?」

「どうだろうな」


 すでに試験開始から七十時間近くが経過している。

 達成者はそれなりにいるだろう。


「ダメだったら……」

「また来年受けよう」

「……そうね」


 ずっと悲壮感が漂うほど合格への決意があったアリアだが、いい意味で少し気が抜けてくれたようで、頷いた声は思い詰めたような雰囲気がだいぶ和らいでいた。


「次は金をしっかり稼いで、万全の準備を整えてから挑みたいな」

「じゃあ、それまでは冒険者でもやっていようかしら」


 彼女と一緒に冒険者か……それはそれで何だかとても楽しそうだ。

 って、俺の勝手な妄想だな。

 別に二人でパーティを組むとは限らない。


「……着いた」

「やっぱり、すでにゴールしてる人が結構いるわね……」


 最後はアリアを下ろし、二人で歩いて試験官のところまで向かう。

 果たして自分たちが何番目なのか、物凄くドキドキする。


「二十八人目と二十九人目か。二人とも四次試験通過だ」

「「やった!」」


 俺たちは思わず同時に声を上げていた。

 いくら来年もチャンスがあるとはいえ、やっぱり通過は嬉しい。

 顔を見合わせ、俺たちは喜びを共有し合う。


「やったわ。ギリギリね!」

「ああ。片方だけが通過みたいなことにならなくてよかった」


 三十二人目と三十三人目だったら、そういうこともあり得たのだ。


「わたしは足を引っ張ってばかりだし、もしそうなったらあなたに譲ったわよ」

「いや、そうなってたら俺も辞退してたかもな。できればアリアと一緒に入学したい」

「えっ? ……そ、そう」


 って、今の台詞、よく考えたらかなりイタイしキモイな。

 変な勘違いをされかねないぞ。


 ほら見ろ、めちゃくちゃ目を逸らされたじゃねーか。

 顔も赤いし、怒っているのかもしれない。


『……ルーカスよ。お主、もしかして本気で言っておるのか?』


 何の話だ?


『むぅ……お主、鈍感系主人公じゃったのか……。じゃが、それも一興かの! くくく、見ておれ、すぐに我がお主らをくっ付けて――』


 ……ウェヌスが何やらぼそぼそと言っていたが、よく聞き取れなかった。


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