第7話 股間もむくむく
「あー、ヤっちまったよ……」
またしても二日酔いに悩まされつつ、俺は早朝の街を歩いていた。
『くくく、昨晩はお楽しみじゃったのう』
「やめろよ。……はぁ、あれだけ嫌ってた女を抱くとか、ほんと何やってんだか……」
酔った勢いとはいえ、メアリと一晩を明かしてしまったのだ。
場所は彼女の借りている宿の一室。
先に目を覚ました俺は強烈な自己嫌悪を覚え、まだ眠っている彼女を置いて逃げるように出てきたのだった。
「本当にちゃんと避妊できてるんだろうな?」
『うむ、心配は要らぬぞ!』
それにしても女と寝たのって何年振りだろうか。
確か、四年前くらいに娼婦を抱いて以来かな……。
最近ちょっと性欲が減退してきていたこともあり、大分御無沙汰していたのだ。
しかし昨晩は何発でもいけたな……ビッチだけあってメアリのテクニックが凄かったというのもあるが、何より精力が若い日々のそれに戻ってしまったせいだろう。
『我も楽しませてもらったわい』
「神剣の台詞とはとても思えないな……」
『これからもどんどんヤるといいぞ!』
「しばらくは賢者モードだ」
◇ ◇ ◇
メアリを抱いた数日後、俺は長らく世話になったアパートを引き払うと、街の玄関口である市門へとやってきていた。
これから俺は王都へ行く予定なのだ。
十年以上も冒険者として滞在した街と別れるのは少し寂しいが、それ以上に俺はこれからのことに想いを馳せ、胸を躍らせていた。
かつて俺は、王都にある騎士学院への入学を目指したことがあった。
しかしその入学試験は、才能の乏しい俺には非常に難しく、三度もチャレンジしたもののすべて失敗。
結局、諦めて冒険者になった。
だが今の俺なら――この剣を手に入れた俺なら、合格できるかもしれない。
キリングパンサーを撃破した後、むくむくと若き日の情熱が胸の奥から湧き上がってきたのだった。
『股間もむくむく』
「うるせぇ」
騎士学院の入学には〝大よそ三十歳まで〟というアバウトな年齢制限がある。
平民だと実年齢が不確かなケースも多いので、見た目で判断するのだ。
出発前に髭をちゃんと剃っておいたこともあり、三十歳くらいに見えるのでギリギリ大丈夫……なはず。
そしてタイミングのいいことに、今年の試験はちょうど十日後。
俺はこの街を出て王都に行き、再挑戦することを決意したのだ。
『しかし我がいれば、騎士なんぞにならずとも幾らでも英雄になれるのじゃがのう』
「で、そのために必要なことは?」
『がんがん嫁を増やすのじゃ!』
「……だったら別に、英雄になんてならなくていい。とりあえず騎士になることさえできれば将来安泰だし、見た目は問わないから気立ての良い奥さんが一人いれば十分だ」
『くぅ~、何とも欲のない奴じゃのう! お主の情熱とやらはその程度か! せっかく性欲が強くなったというのに!』
ちなみにあれから一度もメアリたちには会っていない。
特にメアリには会わないように気を付けていた。
あの夜のことで何か要求されても困るしな。
何も言わずに脱退した形になる訳だが、パーティ自体が解散してしまったし別に問題ないだろう。
『むしろあの女を眷姫にしてしまえば良かったじゃろ』
「それだけは絶対にごめんだ」
『うむ。確かに、初めての眷姫は処女でなければ、というお主の気持ちはよく分かる』
「んなこと一言も言ってねぇ」
乗合馬車で王都を目指す。
王都に向かう人の数は多く、また途中の安全面も考慮して、馬車は幾つかが連なって街道を進んでいった。
乗客数はすべて合わせると四十人ほど。
俺が乗る馬車は最後尾にあり、冒険者らしき連中も一緒だった。
「オレたち〝レッドライン〟はCランクのパーティだ。王都までの護衛は任せてくれ」
どうやら彼らは護衛として雇われているらしい。
三十がらみの屈強な男たちであるが……ギルドで何度か見たことあるな。
だがあの街を拠点としている連中ではなさそうだ。
旅の護衛任務を受けている冒険者の中には、特に拠点を持たない者も多い。
そのリーダー、ガルダは荷台の上にどっかりと胡坐を掻きながら言う。
「しかし徒歩じゃないのは助かるぜ。いざ魔物が現れたってとき、疲労でまともに戦えないなんてことを避けられるしよ。中にはロクな休息も取らせず、何日も歩かせるような酷ぇ依頼主もいるんだぜ?」
俺を普通の旅人だと思ってか、ガルダは親切にも教えてくれる。
無論、それくらいのことは知っていた。
過去に何度か苦労したことがあるしな。
街道沿いを進む限り、めったに魔物は現れない。
馬車に乗ることができさえすれば、比較的楽な仕事でもある。
予定通りの日程で、旅は順調に進んでいた。
だが王都まであと半日といった頃。
「おい、空から何か近づいて来ねぇか?」
ガルダの仲間の一人が、ふと空を見上げながら言った。
俺も視線を向けてみる。
すると確かに、上空から何かがこちらに向かって飛んできているのが見えた。
鳥だろうか?
いや、それにしては、かなり大きい気が――
隊商の商人たちも気づいたらしく、瞬く間に騒がしくなる。
「ワイバーンだぁぁぁっ!」
誰かがそう叫んだときには、俺にもはっきりとそれが見えるようになっていた。
飛竜――ワイバーン。
ドラゴンの一種で、その危険度はキリングパンサーすらも凌駕するB。
話には聞いたことがあったが、この目で見るのは初めてだった。
……なんか最近、立て続けに危険な魔物と出会ってばかりだな。
実はこの剣、呪われた魔剣じゃないのか?
『誰が魔剣じゃ! あんなのと一緒にするでない!』
怒られてしまった。
どうやら魔剣扱いはやめた方がよさそうだな。
って、そんなことより、今はワイバーンの方だ。
ワイバーンは、体格こそドラゴンの中では小柄なものの、それでも俺たち人間と比べれば遥かに巨大だった。
それが物凄い速度で、こちらに向かって滑空してきているのだ。
あっという間にその影は大きくなり、隊商のど真ん中へと突っ込んでくる。
荷台が巨体に押し潰され、乗せていた商品が四散した。
最初に馬が餌食になった。
ワイバーンは太い足で拘束し、喉首に噛み付く。
「逃げるぞ!」
そんな中、護衛であるはずのガルダたちが一目散に逃げ出そうとしていた。
……まぁ、そうなるよなぁ。
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