第13話 妖怪アマビエ
UFOの底部の表面は金属感のないグレー色で、この間とは別のタイプだ。底の中央部にぽっかりと穴が開き、僕の乗っているヴィークルはそこに吸い込まれた。
「どこに行くんだ?」
僕は三人に聞いた。
助手席の女が代表して答えた。
「どこにも行きません。アトランティスでアジトを確保できないので、宇宙船を借りたのです」
ヴィークルは倉庫のような何もない空間に入った。ここも円形だ。
僕がドアを開けようとすると、隣にいる背の低い男が、
「まだ、降りちゃだめだ」と言って制止した。
UFOの底がまだ閉まっていなかった。
十秒ほどすると、背の低い男は自らドアを開け、先に降りた。
残る三人も続いた。
床を見ると、ホテルのエントランスのように綺麗で、あの大きな穴がどうやってふさがったのか謎だ。
僕は状況がわからず、三人を見つめた。
背の高い男が両手を伸ばしてあくびをし、
「まんまと騙されやがったな、この馬鹿。とんで火に入るなんとやらだ」
と、さきほどとは別人のような口調で僕に向かって言った。
「何が起きた?」と僕は聞いた。
「悪いがもう一度、人質になってもらう。前回は助ける側がったが、今回は悪役だ」
「どういうことだ?」
「あのときは運営に気を遣って宇宙人の敵だったけど、状況が変わって宇宙人側についたのさ」
背の低いほうが答えた。
僕は女に向かって、
「さっきの説明は何だったんだ?」
と問いただした。
「良くできた嘘でしょ? 考えるの苦労したんだから」
女は歯をむき出して笑った。
「あのときは宇宙人達が壁のように立ちふさがった。この状態では運営なら簡単に助けられる」
「ここの壁は三メートル以上の厚さがある」
背の低い男は、そう言って近くの壁を叩いた。
「もちろん床も」
背の高い男は床を踏みつけた。
僕は、信用していた相手に騙され、少し傷ついた。だが、自分が悪人にならずにすんだので、安心している面もある。それに、これまでの経緯からすると、ピンチになったら、誰かが助けてくれる。旧世界の運営は僕を監視しているはずだから。
だから、落ち着いて対処することができた。
「状況が変わったと言ったな? 何があった?」
「あいつら、俺たちや宇宙人に幽霊になれって言いやがったのさ」
背の高い男が吐き捨てるように言った。
「幽霊? いまさら何でそんなものに」
「幽霊というのは、操作する対象となる生物が物理的に存在せず、イメージ映像だけを操作しているのはおわかりだと思います」
女の説明に僕はうなずいた。身体のある生物が普通のドローン操縦なら、幽霊とはドローン操縦のトレーニング用ソフトウェアの映像だ。
「ですからわずかの計算量だけですむのです。宇宙人として生まれるような生命は、計算力が人間に較べて高く、それが幽霊でいるならば、その高い能力を使わずに温存できるのです」
「わかるよ。だけど、宇宙の運用に提供するのは、決まった割合って聞いてるけど」
「今回のような非常時や、運営の判断によってはその割合を超えて、運用に回されるのです」
「これまで正社員だった人たちを、業務内容そのままで非正規雇用にするようなものだな。会社だったら転職という手段もあるけど、これは逃げられないのか?」
「他の宇宙に行くのは簡単ではありません」
長い間、地球で輪廻転生してきた魂が、いきなりA星みたいなところに生まれ変わったら、大変に違いない。
「で、そちらの要求は?」
人質をとるのだから、何らかの要求があるはずだ。
「平面世界に宇宙人がふさわしくないことは私達も認めます。そこで新たなフロンティアとして、船の航行が極端に少なくなった太平洋を魔の海とし、そこの海底に住む海底人として、生まれ変わらせてもらうよう提案させてもらいます」
「海底人か……」
海底人と聞くと、どうしてもピラニアに人間の身体が生えたイメージが浮かんでしまう。
「君たち三人も海底人?」
「できれば他の宇宙の運営に携わりたいよ」と背の高い男。「それが駄目なら海底人の守り神的存在かな」
守り神と言われても具体的なイメージが浮かばない。
「僕はどうすればいい? 助けてと叫ぶのか」
「特に地球代表の手をわずらわせることはありません」と女。
「ここでおとなしくしてるんだな」
背の低い男は悪役になりきっている。
そのとき僕にある疑問が浮かんだ。
「幽霊っていうけど、元が宇宙人だから宇宙人の幽霊ってこと?」
「宇宙人が存在しない世界に宇宙人の幽霊がいるわけないだろう」
背の高い男が馬鹿にしたように言った。
「だけど、生前のイメージがないと、幽霊の姿が決まらないと思うけど」
「そういう場合は世界各地に伝わる妖怪などの化け物のサンプルが用意されています」
と女は言った。
妖怪も幽霊の一種だ。見た目を生前の姿から化け物に変え、何かしらの特殊な能力を身につけたものが妖怪だ。
疫病避けでしられるアマビエという妖怪は、妖怪でありながら海底人かもしれない。
江戸時代後期の肥後(熊本)。夜になると海に光る物体が現れるので、役人が見に行くと、アマビエという人のようなものが現れ、今後六年間豊作が続くが、疫病も流行る、自分の姿を描いた絵を人々に見せろと告げた、と瓦版に記された。その姿は長い髪、鳥のようにとがった口、鱗に覆われた胴体、魚のひれのような三本足が特徴。
また江戸時代後期から明治にかけてアマビコという妖怪も現れていて、海から出現、三本足、豊作、疫病、絵に関してもアマビエと同じエピソードを持ち、両者は同じものと考えられている。
他にも似た妖怪の資料も発見されており、妖怪談にしてはリアルで、実際にあったことかもしれない。
三人なら事情を知っていると思い、尋ねてみると女が知っていた。
「あの頃、日本は鎖国時代でしたが、欧州では近代の夜明けに当たります。民衆に何かを伝えるのに、いつまでも魑魅魍魎の類や口寄せといった非科学的存在を使うのではなく、より進んだ科学を持つ未知の生物からのメッセージという手法に切り替えることが求められました。豊作も疫病も私達がコントロールするので、予言は的中して当然です。結局、妖怪にされてしまいましたが」
「ウィルスの流行も計画通りなんだ」
「昔は人口の調整に使いました。今でも人の流れを制御するのに使うことがあります。状況を見ながら、感染力や毒性を調整していきます」
人と人の距離が短いほど感染が拡大しやすい。都市部の人口を地方に向かわせるのに、未だに疫病は有効な手段である。
「ところで、僕が捕まったこと運営に伝えたの?」
「いいえ。彼らならわざわざそうしなくても、この状況を把握しているはずです」
「助けは来るんだな」
僕は確認するように言った。
「たぶん」
だが、いくら時間が経っても救助はやってこない。
三人もいらだちがつのる。
「これはあれだよ。俺たちがこいつに危害を加えないって、あいつらが思ってるから、放っておいても大丈夫と判断してんだよ」
背の低い男は、僕のほうを横目で見ながらそう言った。
「いきなり殺すのも何だから、これで刺してみる?」
彼の手にはアイスピックが握られている。
「やめろ」
僕は三人から離れた。
「冗談だよ」
彼の手からアイスピックが消えた。たぶん、ただのイメージだ。
それからまた一時間ほどしても状況は相変わらずだ。
「向こうも忙しいから、一応連絡入れてみる?」
背の低い男が女に聞いた。元運営同士だから、日本語で声に出す必要はないはずだ。僕に聞かせているからか、あるいは一旦人間に化けると、そのほうが手っ取り早いのだろう。
「そうですね。では、私の方から」
女はそう言って、携帯を取り出し、口元を隠すようにして何かを話した。
サングラスで目元を隠していても、彼女の顔に焦りの色が浮かんだのがわかった。
「そ、そんな馬鹿な?」
「どうした?」
背の高い男が彼女に聞いた。
「今、運営はそれどころじゃない。人質の件はこちらが落ち着いてからにして欲しいと言われたわ」
「何があった?」
彼女以外の三人の男が同時に聞いた。
「太平洋に海の魔物が出現したの」
女はそう答えた。
海の魔物と聞いて僕は安心した。
それで三人をからかうように、
「ほら、海底人なんかになろうとするから、海に魔物が出たんだ」
と言ったが、三人とも深刻だ。それで僕は、
「魔物ってどんな?」と聞いた。
彼女が答える代わりに、部屋の天井全体に映像が映った。またスクリーン天井だ。
上空からみた海。
よく見ると、水面付近に大きな黒い影が見える。
その影は次第にはっきりとしてきて、一部が姿を現した。
髪の長い男の顔のようだ。それも途轍もなく大きい。
これが運営を慌てさせる海の魔物か。
魔物はさらに浮かび上がる。顔は人だが、その下は蛸のようだ。表面のぬめりが気持ち悪い。
これはまるで大航海時代に描かれた海の化け物だ。
「第一の魔物 蛸人間」
そう日本語でテロップが表示された。
第一ということは他にもいるということだ。
「魔物っていってもただの映像だろう?」
僕が気休めに言った。
「魔物について運営は把握してないそうです」
女の声は焦っている。
「君たちの仕業じゃないだろうな」
映像なら彼らでもこのくらいはできる。
三人は返事をしなかった。
魔物はラッコのように仰向けになった。何本もある足で漁船を抱えていた。海に沈められていた漁船のあちこちから海水が流れ出る。この様子では乗り組み員は全員お陀仏だろう。
ラッコは腹に乗せた食べ物を石で叩いて割るが、魔物は強く締め付ける。漁船は粉々になった。
「運営なら魔物一匹くらいちょろいものだろう?」
僕は、この程度の化け物に運営が慌てる理由がわからない。
女は僕の心を読みとったように、
「魔物の数や大きさではなく、運営が把握していないことが問題なのです」と言った。「もともと地球上に存在しない生き物です。それがいきなり出現した。この意味があなたにわかりますか?」
UFOの大群が地球を攻撃しようと、それは運営の仕業か、少なくとも事前に情報はつかんでいたはずである。それが今回、予想もしない出来事が発生した。
それは、宇宙外からの何かが、この宇宙に干渉していると言うことなのだろうか。
「あ、あれは」
背の高い男が叫んだ。
現場から見て、東の方角。そちらから飛行機のような物体が近づいてくる。人の目で接近を認識できるのは、実際の飛行機よりもかなり遅いからだろう。
「プトレマイック・ガール。やはりキズキの仕業か」
僕は肩から力が抜けた。予想はしていたが、確信して安心できたからだ。
人の顔を持つ魔物の本当の口は蛸と同じ位置にあるらしく、漁船は魔物の腹から徐々に飲み込まれていく。
巨大メカプトレマイック・ガールは、上空からその腹に右足の先で蹴りを入れた。
「プトレマイック・キック」
そう映像の右下に表示された。
魔物は漁船を吐き出し、水上で激しくのたうち回る。
誰でも思いつきそうな地味な技だが、かなり効いている。
しばらく苦しんだ後、魔物は体勢を立て直し、海に潜った。
プトレマイックガールは魔物を追うことなく、上空で停止している。
前回見たときは、運営の描いた幻だった。本物かどうか判断する手段はないが、状況からしてキズキ本人の操る物質的基盤を持つ金属製ロボットだと信じたい。
UFO内で上映される映像は、ロボットの胸の上辺りにある操縦席にズームがかかった。
操縦者はキズキではない。
前回他のUFO内で見た浴衣姿の竹本清美だ。
何故、彼女が?
四本の足で武器を提げた巨大ドローンのような乗り物がやってきた。ロボットの傍に来ると、停止した。
ロボットは休憩していたのではなく、この場にふさわしい武器が到着するのを待っていたのだ。
それは武器というより、釣り竿だ。
ロボットは釣り竿をとると、糸の先端に何かを装着し、海に投げ入れた。
「プトレマイック・フィッシング」
なんだこのほのぼのとした戦闘シーンは。
太平洋上空に浮かんだロボットが釣りをしている。
相手が餌に食いつくのを待つロボット。
たぶん、海に潜ると暗く、鮮明な映像をお茶の間に届けることができないので、映りのよい海上限定で戦っているのだろう。
ということは、彼女がお茶の間の応援を必要としているのか。今は、合併など膨大な負荷のかかる計算は行われていないはずだ。それなら何故、意味不明な演出を行っているのか。
ロボットは器用にリールを回す。
現れたのは魔物ではなく大きな魚だった。
ロボットは悔しそうな身振りをし、魚を外した。
再びチャレンジ。
一分ほど待つと、ロボットはリールを回しながら、竿を大きく上に上げた。大物がかかったことは間違いない。
浮かんで来たのは、さきほどの魔物。
海上に現れた魔物は、腹のところで餌に食いついている。
空中に浮いているロボットは、自分ほどの大きさの獲物をつり上げた。
僕には物理的に納得がいかない。
アニメのロボットは、足の裏や背中にブ-スターを装着し、その浮力で空に浮く。ところがこのロボットにはそのような装置はない。反重力装置を内蔵しているということで納得するしかない。
それはそうと、これはロボットと魔物の戦闘だ。相手を倒す必要があるのに、釣りあげてどうするのだ?
僕がそう考えるや否や、傍らで待機していたドローンが、ロボットの前まで来た。四本の足を器用に動かし、釣り竿と獲物を同時に抱え、どこかへ運んでいった。魔物は釣られた魚と同じ運命か。
ロボットはまだ去らない。わざわざ第一の魔物と表記するくらいだから、他にも魔物はいることくらいはわかる。ロボットが動かないということは、次の魔物は近くにいるというか、ここにやってくるらしい。
広い太平洋の中で、魔物が続けて同じ場所に現れる。視聴者や撮影クルーにとっては都合がいい設定だ。
五分経っても第二の魔物は現れない。こうインターバルが長いと応援が減る。
視聴者が映像から離れないように、テロップに「未知の巨大生物が接近中」などというニュース速報が頻繁に報じられる。
期待が最高潮に高まったタイミングで二匹目のどじょうは来た。
どじょうというより巨大ナマズだ。
それが第一の魔物がいた場所から浮かび上がった。
これはでかい。
ロボットの大きさから比較して本物の鯨の十倍ほどもある。
「第二の魔物 巨大ナマズ」
そうテロップが表示された。
先ほどは釣りだった。今度はナマズをどう料理するのか、興味深く見ていたらさきほどのドローンがまたやってきた。
竿ではなく、片側の先端に鋭い凶器のついた棒、銛のようだ。
ロボットは右手で銛をつかむと、力一杯ナマズに投げつけた。銛とドローンの足にはロープがくくりつけられている。
「プトレマイック・ハープーン」
ナマズが動かないので銛はナマズの背中に刺さった。銛の周りに血が吹き出す。
ロボットはナマズの背中に乗り、銛をさらに深く突き刺す。
ナマズは断末魔の悲鳴を上げた。
ロボットはナマズから離れ、ドローンはそのままナマズをどこかへ引っ張って行った。
三匹目はすぐに現れた。ウニとヒトデの合成のような魔物だ。ウニからヒトデの五本の足が生えている。水上まで浮かび上がると、その場で勢いよく回転を始めた。
「第三の魔物 ウニヒトデ」
ロボットが触れるとその回転力ではじき飛ばされた。
これでは為す術がないと思ったら、またドローンが来た。さきほどのドローンは進むのが遅く、まだナマズを引っ張っているので、別の機体だ。
四つ足の先で瓶のような物をつかんでいる。
ドローンはウニヒトデの真上に来ると、瓶を傾けた。
液体が魔物の上に垂れる。
ウニヒトデは回転をやめ、痙攣を始めた。
ただの毒殺だ。
魔物は悲鳴を上げ、青白く変色し、沈んでいった。
三匹の魔物を退治したロボットは勝ち誇ったが、つまらない相手につまらない戦いを挑み、つまらない勝ち方をした。特に三匹目はドローンが魔物を倒したのであって、ロボットは何もしていない。
これではたいした応援も得られない。そう思っていると、ラスボスが登場した。
なんでラスボスかとわかったかというと、そうテロップが出ているからだ。
「第四の魔物(ラスボス) 太平洋プレートの化身」
だが、テロップにそう表示されても肝心のラスボスが見あたらない。
ラスボスだけあって、華々しく時間をかけて登場するのだろう。
どんな機材で撮影しているかしらないが、カメラは上空に上がっていく。
ロボットが豆粒のように小さくなった時点でわかったが、かなり巨大な陸地のようなものが水面に向かってゆっくりと上がって来ている。
本体が登場する前にテロップが出たのかと思ったら、とっくに登場していたようだ。
ただあまりにでかいので、近接映像ではとらえられなかったのだ。
一キロメートル四方はありそうだ。
全体像が把握できると、カメラは接近する。表面には軽石のように細かい穴がたくさん開いている。
軽石は熔岩が急に冷えて出来たものだ。すると、相手の攻撃方法が予測できる。
ロボットは上空から急降下し、大地の表面に蹴りを入れるが、びくともしない。
上からでは厚さがわからないが、かなりのものかもしれない。
ロボットがプレートの上に立っていると、近くの数カ所の穴から溶岩が吹き出した。
穴は小さいので、溶岩の量も多くはない。
それでもロボットのダメージは大きく、溶岩が直撃した箇所が変色している。
ロボットはすぐにプレートから離れ、海に飛び込んだ。高温になった箇所から水蒸気が上がる。
プレートは近づいてこない。上下には動けるが、水平方向の移動ができないか、苦手なようだ。
戦いは長期戦になりそうだ。
ロボットのほうもプレートに近づかない。一定の距離をとっている。接近戦をあきらめ、遠距離攻撃に方針を変えたようだ。キックや棍棒などを使わず、レーザービームなど飛び道具で戦うのだ。
なんでそんなことがわかったかというと、声優のような男性のナレーションが入ったからだ。
「ここでプトレマイックガールは、離れた状況で相手にダメージを与える方針に変えた」
過去形のナレーションが入るということは、これはリアルタイムではなく、すでに撮影されたものを編集しているのか?
そう思ったが、「太平洋某地点にて実況中継」とテロップが表示された。
つづいて、「ロンギヌスの錐」
ロンギヌスの槍なら聞いたことがある。キリストの磔に使われた槍のことで、聖槍ともいう。所有者には世界制覇の力が与えられるが、失うと滅びるとされる。ロンギヌスはキリストを刺したローマ兵のことで、ロンギヌスと錐の間には何らの関わりもなく、意味を成さない。
槍はまっすぐ刃先を敵に刺すだけだが、錐なら回転しながら穴を開ける。たぶん、空からドリルが降ってくるのだろう。そう思ったが何の変化も起こらない。ネーミング同様に失敗したようだ。
そこで、天動説ロボは、「プトレマイック・ファイア」をお見舞いした。
ロボットは日本の体育でよくある「前に習え」のから、少し両手を胸のほうに引いた体勢をとった。両手の平の間に火の玉が発生し、それが敵めがけてぶつかっていく。
だが、軽石は火に強く、攻撃の意味をなさない。
「プトレマイック・サンダー」
ロボットが右手の人差し指を空に向けると、天空から大地めがけ稲妻が落ちた。雷で木や家屋が損傷されることはあっても、地面が破壊されることはない。
「プトレマイック・フリーザー」
ロボットは口が開くようになっていた。そこから冷たい冷気が吹き出て、相手を凍えさせるのだ。
これは組み合った体勢のような、かなり接近した状態でないと効かない。そのうえ今回は対象がでかすぎる。
「プトレマイック・ダークネス」
ファイアと同じ姿勢から、暗闇の球を放つ。プレートの表面にぶっかって、暗闇は消えた。
「プトレマイック・ホーリネス」
白く輝く光の球。ダークネスと同様。
「プトレマイック・ストーム」
嵐を呼ぶが、周囲の波が高くなるだけで、巨大プレートは影響を受けない。
炎系ファイア、雷系サンダー、氷系フリーザー、闇系ダークネス、光系ホーリネス。ゲームでよく出てくる魔法使いの技のパターンに似ている。レベルの低い魔法使いと同じで、これまでのところどんな攻撃も効果がない。人が島を相手に戦っているようなものだ。
「プトレマイック・メテオ」
メテオとは隕石。これは強そうだ。
空が暗くなり、複数の隕石が降ってきた。
プレートの上を煙が覆う。
しばらくして煙が消えた。もともと穴が多いので、それが今回の攻撃によるものか、以前からあったのかわからない。少なくとも、プレート全体にダメージを与えるには至らなかった。
プトレマイック・ガールは身振りで、困った様子を表現した。
もうこれ以上技がないようだ。
万策尽きたかと思った頃、プレートのちょうど真上、雲の隙間から巨大な回転体がゆっくりと降りてきた。
錐というよりコマだ。
それはトンネル掘削用のドリルを思わせる。
これこそが失敗したと思われたロンギヌスの錐だ。異常に時間のかかる技だったのだ。
最初からこの技一本で勝負をかけたのだが、ショーの間をもたせるために、効かないとわかっていながら、あれこれ繰り出していたのだ。
そこからも退屈だった。目標を間近にしても、ドリルは進行速度を上げることなく、プレートに到着するまで数分はかかりそうだ。普通の敵なら間違いなくその間に逃げられる。
今のうちに三人に質問しておこう。
「海底人と海の魔物に関係はあるのか? 他の運営が君達の会話を聞いて、作り出したんじゃないかな」
さきほど同じようなことを聞いたがまともに答えてもらえず、適当にはぐらかされた。
「たしかに海の魔物がいるせいで、海底人の基地に近づけなかったということにはできる」
背の高い男がそう言った。
「それなら運営はこんなに慌てたりはしないわ」と女。
「キズキの仕業だったら、地球の運営が把握してないことも説明がつく。だけど、それならなんでロボットを地球の運営の女が操縦しているんだ?」
「キズキは前回負傷したことになっているからじゃないのか」
背の低いのが言った。
「そうか。あれだけの事故にあって、もうぴんぴんしてちゃ視聴者は納得できないものな」
その点については彼の意見で納得できたが、あのキズキが人類から応援をもらう必要がどこにあるのかはまだ説明がつかない。
まあ、いいさ。そのうちにわかるだろう。
ドリルのほうはかなりプレートに接近してきた。プレートは溶岩を吹き出して対抗するが、その程度の攻撃ではきかない。
数分後、プレートの抵抗もむなしく、ドリルの先端は回転しながら、プレートに到達した。
接地箇所が少し削れていく。
だが、ここは海の上だ。掘削は相手が固定されていないと難しい。
ドリルが下に進んだ分だけ、プレートが沈み、刃先は岩盤にあまり食い込んでいかない。
そのうちに両者の姿が見えなくなった。海中でも同じ状態が続くのだろう。
しかし、海の底に達すれば、それ以上プレートは下に逃げられないので、ドリルの勝利は見えている。
これはロボットの勝ちということだ。
手持ち無沙汰のロボットは空中で停止したまま、微塵たりとも動かない。
操縦席がアップで映し出される。
浴衣姿の清美は、なぜか座席の上に立っている。浴衣の上からたすきをかけ、今は頭に鉢巻きを巻いている。
巻き終わると、操縦席の窓全体が横滑り出し窓のように、上を軸に外側に開いた。
彼女は勢いよく外に飛び出した。
映像は、彼女が落下していく様子を、やや下の辺りからとらえる。
このまま太平洋のど真ん中に飛び込むのかと思いきや、彼女はこの部屋の天井から飛び出してきた。
「ウワッ!」
ドッキリ番組でテレビの中から人が飛び出してくる悪戯があるが、それと同じで全く予想していないことが起きると、腰が抜ける。
そのときの僕も驚きのあまり、後ろに倒れそうになったが、咄嗟に背の高い男が支えてくれた。
「ありがとう」
僕を人質をとっているのだ。お礼を言う相手ではない。
竹本清美は見事に着地した。そして、すぐに両腰から短剣を抜いて構えた。
「魔物を倒したら、早速、人質の救出に来たのね」
サングラスの女は解説するように言うと、銃をとりだした。他の二人も彼女に倣った。
清美はそれを見ても表情を変えず、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。
そんなことより、
「さっき壁の厚さが三メートルって言ってなかったか。なんでここに入ってこれたんだよ」
僕は三人に聞いた。地球の運営では1メートル程度の厚さしか越えられないと聞いた記憶がある。
「たぶん、その女はもう地球の運営の能力を越えている」
背の低い男が悔しそうに言った。
清美が地球の運営の中でも上位のほうなのはうすうす見当がついていたが、地球の運営の能力を超えているとは大げさだ。
「なんでそこまで言える?」
僕は聞いた。
「さっきの見たらわかるでしょ。あれ映像じゃなくて本物だったんだから」
サングラス女が言った。
「そうか。人類の応援分使えるから、本物を操作できたんだ」僕は言った。「でも、あんなことして何になるんだ?」
「本人に聞いてよ。目の前にいるんだから」
「で、どうなの?」
僕がカマキリのように、凶器をかざす美少女に聞くと、
「大勢の応援を得ることで、ここの壁を乗り越えることができました」
と相手は事務的に答えた。
そうか、そういうことか。彼女のその言葉で全てがつながった。
人質となった地球代表を救い出すには、彼女の能力では足りない。そこで戦闘ショーを開催することで、人類の応援をもらい、その勢いで分厚い壁を突破したのだ。
大きな謎が解けたら、他のことが気になる。
「ところで、運営同士が仮の身体で戦って何の意味があるの?」
僕の目の前で彼らは何故戦う?
「私だって無駄だと思うけど、向こうが攻撃してくるから仕方なく相手してるの」
サングラス女の顔を見れば命がけだとわかる。
「たぶん、斬られるとすごく痛いと思う」
背の低い男も顔に汗をかいている。
「それなら人の姿をやめればいいじゃないか」
僕の指摘に長身の外国人は、
「今我々が身体を消すのは、それすなわち人質を解放することになります」
「なるほど。で、斬られるとどうなるの?」
僕のその質問が終わらないうちに、清美は電光石火の速さで三人に立て続けに斬りつけた。
あまりの速さに三人は銃の引き金を引くこともできず、その場に倒れた。
床に血が流れる。
「おい。しっかりしろ」
僕は、自分を人質にした三人に呼びかけた。
三人とも事切れている。
そして、僕を助けに来てくれたのに、清美に恐怖を感じた。でも、形式的に「ありがとう」とお礼を言った。
僕はヴィークルを見て、「操縦できる?」と彼女に聞いた。地球の運営レベルでは、前回のように交代で運ぶか、乗り物を使うしかない。
そう思ったが、次の瞬間、僕は自宅の前にいた。
ちょうど玄関ドアが開くところだった。母親は僕を見て、
「やっぱりアトランティスなんて行ってなかったんだ」と言った。
僕は、説明が面倒なので、「ただいま」とだけ言って、何事もなかったかのように日常に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます