第12話 アトランティス科学院

 平面化で一番割りを食ったのが日本なら、一番得したのは、世界の中央に堂々と構えることになったアトランティスだ。

 清治は、メルカトル図法ではアトランティスが相対的に小さくなるので、平面化は不利なように言っていたが、物理的なものより心理的、経済的、政治的なメリットは大きい。

 シベリア、グリーンランド、南極がでかくなっても、人間の営みにとっては大した影響はない。


 アトランティスは大陸は、北西に北米大陸、南西に南米大陸、北東にユーラシア大陸、南東にアフリカ大陸があるのだ。もともと物流コストの点においても恵まれていたが、平面化で太平洋ルートや北極海ルートが停止し、ますます有利な立場になった。経済面でも世界の中心だ。

 旧世界のメディアもアトランティスの時代と表している。


 そのアトランティスから僕に連絡があった。

 名実ともに世界の中心になったことを祝し、首都アクロポリスで盛大な式典を開くので、是非とも地球全権大使にも出席を賜りたいとの旨。

 断るのもおかしいが、何か裏があるかもしれない。

 ドイツ料理店に行っても、あの兄妹は留守だ。ハミナに問いかけても、何も答えない。

国連を通しての正式なものなので、僕は招待に応じることにした。


 実はアクロポリスに行くのは、今回で二度目になる。ただ、前回は魔法のような方法で、専用便を用意してもらったが、今回はなんら一般人と変わらない面倒なものになる。

 西日本とアトランティスには直通便がない。まず米国に寄らなければならない。その米国といえどマイアミ空港からの便しかなく、本数も少ない。観光目的ではビザが降りない。アトランティスから旧世界への投資は自由だが、その逆は厳しい制限があり、ビジネス用途は限られている。


 機内には僕以外にも何人か東洋人がいる。前回はアトランティスの人間から珍しい動物のように見られたが、もう彼らも黄色人種に慣れたはずだ。

 ITをフル活用しているので、入国審査はスムーズだ。

 一旦、アトランティス側に入国すれば、顔がパスポートになる。

 空港の建物を出ると、すぐに出迎えがやってきた。僕が到着したという情報を把握しているのだろう。


 中世のような格好のアトランティスの中年男性と通訳のアメリカ人青年。アメリカ人は旧世界の言葉は英語しかわからず、日本語はさっぱり。それでも「コンニチワ」と言って笑顔を見せた。

 通訳と言っても、アトランティス語はまだ勉強中で、長い文章は駄目だという。

 僕も英語が駄目なので、心配だ。

 だけど、アトランティス人がほとんどしゃべらなかったから問題はない。


 アトランティック・ヴィークルと英訳された大型ドローンのような乗り物が、こちらの自動車だ。陸上走行も低空飛行も可能で、旧世界との技術の違いを見せつけられる。ただ、後五十年もすれば、旧世界もそれに近いものは開発できたような気がする。もうこうなっては、アトランティスから輸入するしかない。

 僕たち三人もそれに乗り込む。

「私達はどこに行くのですか?」

 このくらいは英語で聞ける。

「アイドントノウ(知らない)」


 僕たちのヴィークルは地上を進む。石畳の道路は空いていて、十分ほどで目的地に着いた。

 高層ビルだ。窓がない。こちらは電気代が安いのかと思ったが、中にはいると、外壁が透光素材でできていることがわかった。ある程度の太陽光を通すので、日中は足りない分だけを照明に頼る。

 これが建材として旧世界で手頃な価格で売りだされたら、太刀打ちできないだろう。


 広い部屋に通された。大きなテーブルの周りに二十脚ほどの椅子が並べられている。

 椅子の一つに座るように言われ、同行した二人とはそこでお別れだ。

 椅子は変わったデザインだが、座り心地は余り良くない。


 広い部屋に一人でいた。五分ほどして、大勢人が入ってきた。

 その中の一人に見覚えがあった。

「手のこんだ招待なんかしないで、ミーティングなら、最初からそう言ってよ」

 僕は、竹本清治にそう言った。

「すいません。アトランティスからの招待は本物です。せっかくなので、こちらの有力者を交えて、急遽ミーティングが決まったのです」

 彼は僕の隣に座った。


 長いあごひげを生やし、修道僧のような格好をしている人物がアトランティス科学院の長老だ。ゆっくりと文章を読み上げる。隣の清治が要点をまとめて訳してくれた。


「我々科学院の調査により、地球は紙のような平面ではなく、かなり厚みのある直方体であることがわかった。

 直方体の六面はそれぞれに、陸地や海があり、そのうち二面は太陽光のほとんど当たらない暗黒地帯だが、残る四面は似たような気候である。

 六つの面のそれぞれ四辺は、他の面と物理的につながっているが、ワープ機能の働きにより、行き来ができない。温暖化のせいで我々の面ではワープ機能が停止したが、我々の面と接する四面にはまだワープ機能が働いているので、我々の面の端ではそれ以上進めないという現象がおきている」


 この無茶苦茶な説について、清治が僕に説明した。

「もちろん、嘘、でたらめです。私達運営が彼らにそう教え込んだのです」

「何故そんな紛らわしいことを?」

「地球が極めて薄いことが知られてはまずいのです。地面に穴を掘っていけば、裏面に到達できると考える不届き物が現れないようにするためです」

「そんなに薄いの?」

「厚さ百キロほどです」

「そんなの掘れないよ」

「ドーバー海峡のトンネルは38キロの長さがあります」

 英国とヨーロッパ大陸を結ぶトンネルのことだ。


「やろうと思えば、できない距離ではないな。裏はユートピアだなんていう情報が広まれば、どこかの国や企業は黙っちゃいない。あるいは資源調査や学術調査の目的で、掘るかもしれない。

 だけど、裏まで掘ると、何か問題でもあるの? そもそも裏はどうなってるの?」

「何もありません。無地です」

「無地って、一面の真っ白?」

「映像化すればそうなるでしょう。裏面には情報が存在しないのです」

「そんなところどうやったって行けないでしょう? 世界の端みたいにそれ以上進まない。たとえ行けたって空気もないから、生きていられない」

「それが、そうではないのです。コンピューターゲームでRPGやアドベンチャーというジャンルがあります。新しいエリアを冒険するとき、最初は何も表示されてなくて、プレーヤーが操作するキャラクターが動くとその周囲だけ、本来そこにあるものが表示されることがあります」

「昔はそういうのが多かったな」

 二次元の時代は普通だった。今でも素人の作るインディーズゲームには、よくみられる。


「裏側も同じです」

「え、そうなの?」

「表側も裏側も生物の生息域として設定されています。表側が使用中なのに対し、裏は未使用の生活エリアなのです。何の情報もなかった場所に、生物が訪れると、表側からの続きとして、人や動物など生命が活動できるマップが自動的に生成されます。隠れていたものがあからさまになるというものではなく、新規に作られ、その分、地球全体が扱うデータ量が増えてしまうのです」

 大きな小屋裏(屋根裏)のある二階建ての家で、それまでは小屋裏のまま未使用だったものを、床を張り階段や照明をつけ、居室にする改修工事を行い、三階建てで登録すると、固定資産税が上がるようなものだ。


「どのくらい増えるの?」

 僕は聞いた。

「球体から平面にするのは、計算手順が簡略化するようなものです。たしかに手順は簡略化されましたが、北や南が以前より広がり、計算対象としての地表データは球体の頃より多くなっています。そこに裏が加わったら、平面化による省力化を全部帳消しにしてしまいかねません」

「だけど裏全体じゃなく、少しくらいならいいだろう?」

「もちろん、ごく一部なら構いません。しかし、裏に行けることがわかったら、今の人類は隅から隅まで調べ尽くすでしょう」

「そりゃそうだ。するとどうなる?」

「我々の試算では、フリーズします」

「どのくらいまでなら大丈夫?」

「はっきりどこまでとはいえませんが、三割を越えないようにしないといけません。もちろん、裏は一切使用してはいけません。万が一に備えて、地球はぶ厚く、裏まで行けないと人類に教え込むのです」

「マントルやマグマは?」

「平面化した状態では地中全体に広がるものではなく、活火山の下辺りにしかありません」


 一時間ほどでミーティングは終了した。重要だが、急を要するものではなかった。

 終了と同時にさきほどの通訳が部屋に入ってきて、ホストを紹介したいという。

 彼の後について、部屋から出て、エレベータに乗った。

 数字表記が違うので、何階か不明だが、停止した階の廊下を進む。

 ある部屋のドアを通訳がノックし、中から男性の声がした。


「ノックはこちらでも使うのか?」

 と通訳に聞こうと、頭の中で英文化を試みているうちに、部屋の主のもとまで来てしまった。

 漢文学者、前原学だ。

 前回のミーティングで喧嘩別れしたので、お詫びのつもりで招待したのか。

 彼は広い部屋の中央にある背もたれの高い椅子に座っていたが、私のほうを見ると立ち上がり、機嫌よさそうな顔で何か言った。


「この部屋を君のために借りた。好きなだけいてくれていい。では、私は忙しいので」

 通訳はそう訳すと、前原と一緒に部屋から出ていった。

 僕は何が何だかわからず、急に気が抜けたように前原の座っていた椅子に腰を下ろした。

 僕はアトランティス政府から招かれたつもりでいたが、そうではなかったのかもしれない。友好協会代表なら、同じようなものか。

 招待の内容はいついつどこどこに来いというだけで、滞在中の予定などは一切知らされていない。

 あのときのことを根に持った、彼に一杯食わされたのかもしれない。


 まずここがどういう種類の建物か知りたい。 

 会議室のある大型ホテルならいいが、そうでなければ宿泊できないかもしれない。

 アトランティスはこれで二度目なのに不安で仕方がない。

 前回はマルチーバースの現役運営アンドリューがいてくれたから、何があろうとどうにでもなったが、今回、言葉も習慣もわからない異郷で一人きり。

 

 部屋にこもっていても先に進まないので、外に出てみるか。

 顔パスでレストランに入れる可能性もある。

 待てよ、一度出たら二度と入れないかもしれない。

 あれこれ考えているとドアをノックする音がした。

 あの通訳か。ノックが一般的習慣ならここのホテルボーイ的役割の人かもしれない。

返事の仕方がわからないので、ドアのところまで行って、飾り気のないドアノブを回した。


 そこにいたのは通訳ではなく、元運営の三人だった。まだあの外国人モデルの姿をしている。

 背の高い男は、

「空港に迎えに行ったんですが、彼らに先を越されました」

 といって弁明した。

「でも、もう安心です」と女。

「我々がついていますから」と背の低い男。


 外国のホテルでドアを開けたら、黒スーツの外国人が三人いたら怖いが、僕にとっては地獄に仏だった。

 僕はうれしさのあまり、「さあ、なかに入って」

 と言って彼らを招き入れた。

 偉そうに椅子に座り、「何か頼もうか」と言ってみた。


「せっかくですが、彼らに見つかる前にここから逃げなければいけません」

 背の高い男は、不審人物が周囲にいないか首を回して確認した。

「下に車が用意してあります。すぐに行きましょう」

 サングラス女はそう言うと、僕のすぐ前に立った。他の二人も僕の傍に来た。

 僕は三人に囲まれながら、部屋から廊下、エレベータへと移動した。


「彼らって言うけど、清治も敵なの?」

 降下中のエレベータの中で、僕は三人に尋ねた。

 質問には女が答えた。

「最初から全て嘘なのです。まともな手段で温暖化阻止ができない旧世界派が企んだ、地球代表を利用した地球退化の愚行なのです。

 アトランティスと合併する前、運営の中で私達三人は肩身の狭い思いをしてきました。人類の科学はスローペースでしか進みませんが、宇宙人なら飛躍的発展が可能なのです。宇宙人の存在に嫉妬し、彼らは私達に様々な嫌がらせを行ってきたのです。

 温暖化の解決も宇宙人の科学力をもってすればわけはありません。対して、彼らは何の解決策も持っていませんでした。それにも関わらず、旧世界派の反対で地球は熱くなる一方だったのです。

 そして合併後、アトランティスの運営は温暖化問題について知りました。アトランティス派は、宇宙人の科学力を利用すればいいと素直に認め、宇宙人の力で温暖化が阻止されることが決まったのです。


 旧世界派にとってはおもしろくありません。

 宇宙人派とアトランティス派の仲を引き裂く、卑劣な分断工作が始まったのです。

 アトランティスの科学力は旧世界をはるかに上回ります。宇宙人はそれ以上です。まともなやり方では、旧世界では太刀打ちできません。そこで彼ら旧世界派は、以前、地球を訪れたマルチバースの元運営の方を利用する手段に出たのです。

 合併を進めたい元運営の方に、温暖化解決の為の合併について相談し、他の天体との合併が実現しました。しかし、元々ひとつの星だった旧世界とアトランティスの合併と異なり、大変リスクのあるものです。すべての影響をシュミレーションすることなどできません。 予測不能なのです。


 そして恐れていた事態が訪れました。計算量不足という、温暖化を越える緊急事態に混乱した旧世界派は、平面化という通常の宇宙進化と逆方向、つまり退化の道を選びました。平面世界に戻るのは科学的退行を意味します」


 たしかに彼女の言うように、アトランティス科学院の説明は、とても科学的とはいえない。大航海時代に地球が丸くなったから、その後の科学の一大発展があったのだ。今後、地球ではまともな科学の発展は望めないのだろう。平面化イコール非科学化だ。


「そこで邪魔になるのは、高度な科学力を持つ宇宙人の存在です。彼らは宇宙人全滅を企て、すでにおびただしい数の宇宙人が殺害されました。

 私達が宇宙人を保護しないように、ここアクロポリスを世界の中心に据え、アトランティス派の機嫌をとる一方、私達を悪役に仕立て、運営から追放したのです」


 これまで明かされなかった事情を聞き、僕は戸惑った。これでは、僕は悪の勢力に利用された、悪の手先と何ら変わりない。僕が適当に彼らに合わせたので、人類は科学を失ったということになる。


 落ち込んだ気分で建物の外に出た。僕は三人の陰に隠れるようにして、建物の前に待機しているヴィークルの後部座席に乗った。

 ヴィークルは人間が運転することも自動運転でもいけるが、ハンドルや操作スイッチは前部左側にある。前部の席は前の窓に向けるのも、後部座席と向かい合わせにするのも、両方可能である。そのときは旧世界の自動車のように、全員が前を向いて座っていた。

 前部左側の席、旧世界でいう運転席には背の高い男が座っていて、小さなレバーを操作した。

 するとヴィークルは上昇した。地上を走るのではなく、空を飛ぶのだ。


 どこに向かうのかと思ったら、そのまま上に向かう。

 その日の天気は快晴だった。

 さきほどのビルの屋上ほどの高さに来た時、急に日陰に入った。上に何があるのかと思い、視線を上げると、そこにはUFOの底が見えた。

 下から見ただけなのに、UFOとわかった理由は丸かったからだ。


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