第11話 西極と東極

 種子島宇宙センターに到着すると、職員に怒られた。

「どこに行っていたんです? 宇宙服盗まれたかと思いました」

「こんな重い物誰が盗むか? 中古で売ろうにもすぐに足がつく」

 といって僕は反論したが、迷惑をかけたことには違いない。


 ただ、そんな些事に関わっていられるということは、まだ平面化の事実を知っていないのだろう。大部分の地域では、天変地異が起きたわけではなく、一部の関係者を除いてその事実を知らされていない。宇宙センターの一般職員でも、その関係者に入っていなかった。どうせすぐにわかるのだから、黙っていても問題ないということだ。

 それでも、

「何かおかしなことなかったですか?」と、一応聞いてみた。

「宇宙服着たモデルの方がいなくなりました」


 それから他の職員からもさんざん絞られた。

 なんとか言い訳して警察沙汰になるのは避けたが、

「二度と来るか、こんなところ」

 と言い残し、僕はそこを去った。

 種子島に宇宙センターができたのは、沖縄返還前の日本で一番赤道に近かったからだ。地球が球体だから赤道付近が都合がいい。平面世界では、種子島に宇宙センターがある必要はない。たぶん。


 僕はセンターを出ると、すぐに携帯でニュースをチェックした。まだ平面化の情報はない。しかし、日本各地で奇妙な現象が起きていると、ネット上は大騒ぎだ。


 データ処理量省力化のため、世界の端には特別な細工は施されず、ただそこで地面が終わっていて、空がその地面まで覆っている。端に立つことはできるが、首を出して下をのぞき込むことはできない。壁のような障害物があるのではないが、不思議と前に進めない。

 以前、僕は同じような体験をしたから、どんな感じなのかはわかる。

 キズキヨーコの僕に対する悪戯、あるいは嫌がらせで、地球上から僕以外の生き物がいなくなった。広大な地球を僕が独り占めしたのではなく、全生物で描画していた地球を、僕一人の能力で成立させることになったのだ。だから、世界は半径一キロメートルの平面となり、太陽すら描けず天気は曇り。時間の経過を表現できず、時計は止まったまま。僕自身も視覚と聴覚以外の感覚がなくなった。今から思うと夢が多少リアルになったようなものだ。

 あれに較べれば、今の地球の端などたいしたことない。


 ただ、あのときと違って、今の地球の運営では死者を蘇らせることはできない。今回、境界付近では相当の被害が発生していると予想できる。

 たとえば飛行機。急停止すると落下する。調べてみると、境界付近で事故が多発したので、無関係な地域でもほとんどの便が運行を停止した。事前に知らせておけよと僕は思った。


 自動車レベルでも、いきなり前の車が停車し、後続の車が衝突したり、道路が渋滞し、大混乱が起きた。

 陸上の事故のほとんどは日本だ。

 SNSを覗いてみると、

 勤務先から自宅に帰れなくて困っている。静岡で高速道路渋滞。畑が途中で切れていて、先に石を投げつけると、はじっこで落ちた。など非日常的な体験であふれている。 


 特にすごいのは、静岡県掛川市だ。なんと市役所の東隣にある大手製造業の事業所の敷地で分断されている。敷地の大半は東側で、西側の市役所側から見ると、建物がほんの一部残されている。

 そのすぐ北に天竜浜名湖鉄道の掛川市役所前駅があり、ホームの途中で先が途切れている。この路線は東にある次の駅掛川駅が終点で、そのひとつ手前の駅で線路が消えていることになる。天竜浜名湖鉄道掛川駅はJRと合流し、そこは新幹線も停車する。

 市役所が分断線の西側で、地域の主要駅である掛川駅が東側。市の機能まで二分割されたようだ。

 さらに北に行くと公立の中学校があり、そこも校舎の一部だけが西側だ。

 掛川は古代から東海道の要地で、今も東名高速、東海道新幹線などが走っている。そこで分断されるということは、日本全体の交通の便がすごく悪くなることを意味する。皮肉にも、市内の国道一号線と県道373号線の交差する辺りがちょうど分断線だ。


 現場はパニック状態でも、ほとんどの地域の人間には無関係なので、いくら証拠の動画があろうと、デマ扱いされた。それが報道番組でロシアやオーストラリアの状況が報じられると信憑性が増し、さらに夕方には政府が国民に注意を呼びかけた。原因は調査中だそうだ。


 翌日、アトランティス科学院は、地球は本当は平面であり、NASAや諜報機関の陰謀によって偽の衛星写真が出回り、地球が球体であるというデマを長年に渡って流し続けてきたと発表した。

 これまで平面の端を通行できたのは、反対側までワープする機能が備わっていたからだという。それが地球温暖化の影響で、昨日、ワープ機能が停止した。ワープ機能は一度止まると、再開する可能性はなく、今後は世界のあり方が根本から変わると予測されるとのこと。


 地球が球体なら説明がついた、緯度が上がるにつれ太陽の位置が低くなるという現象については、高緯度地域の大気は光を屈折させる性質があるという理由にされた。

 これは単なるこじつけではなく、実際にその方法で計算されていることになる。

 それなら、これまで通り極側に近づくに連れて寒くなるので、その面積が広がったことは温暖化阻止に有利に働く。氷に覆われたグリーンランドや南極大陸が急に馬鹿でかくなるのだ。地球全体が今までより冷えるはずだ。だが、もともと平面だったという建前なので、急に寒くなった理由が必要だ。

 その点についてもアトランティス科学院は抜かりない。ワープ現象がストップしたせいで、これまでワープしていた熱が反対側に来なくなり、地球の端から大気圏外に逃げてしまうためだそうだ。

 また大気の屈折同様、高緯度に進むに従って、東西方向への加速が起きていた現象もワープ停止と同時に終了した。今後は、カナダ、シベリアなどでの東西の移動はこれまでより時間がかかることになる。


 バチカンや地球平面論者は、真っ先にこの発表に賛同の意を表明した。

 無茶苦茶な物理モデルだが、世界の最高権威の発表なので、アトランティス始め、各国政府はしぶしぶ受け入れた。問題先送りが常套の日本政府は、態度保留をとった。

 こうなると輸出入に差し障りが起きると予測され、世界中で買い占めが起き、株価は大暴落。


 ちなみに国土が分割したのは四カ国。

 メルカトル地図を見れば一目瞭然だが、北よりに位置するロシアは、ただでさえ広い国土がさらに広がった。シベリアから分離した東端は、ロシア全体にとってはわずかな地域だが、それでも拡大したので、大抵の国より面積が大きい。西から北米に睨みをきかせられるので、以前より地政学上の重要度が増した。

 ロシアは、明らかに平面化の勝ち組だ。

 ニューギニア島の東半分はパプアニューギニアという別の国だ。インドネシアのパプア州では独立運動が盛んなので、それがまた東西に離れてしまえば、パプア州の西側は本国と遠ざかり、インドネシアにとどまることはないだろう。

 さらに、赤道直下の国なので、国土が広がることはなく、ごく一部とはいえ領土が減る可能性が高く、平面化が不利に働いたといえる。


 特に困るのは、ほぼ中央で分割された日本と、東三分の一と西三分の二の比率で別れたオ-ストラリアだ。同じ国内で移動が困難になり、ひとつの国としてやっていく事自体が危ぶまれる。

 円と豪ドルは大暴落した。


 合理主義のオーストラリア人はすぐに現実を受け入れ、西オーストラリア、東オーストラリアを正式な行政単位に決め、それぞれがうまくやっていけるように体制を整えた。それも、現実に合わせて、以前オーストラリアの西側だった地域が東オーストラリアで、東だった地域が西オーストラリアだ。もともとノーザンテリトリー州とクイーンズランド州は138度を境界にしていたので、この二州については比較的混乱が少ないのかもしれない。

 あそこは英連邦で、英語も話せるし、人口が少なく、国土は広い。それに、資源豊富なので、たとえ別々の国になってもなんとかなるだろうが、日本の場合はそう簡単にいかない。


 端にあると片方向にしか移動できず、海外との貿易に不利。たとえば西日本からアメリカに自動車を輸出する場合、以前より長い距離を西ルートで運ばなければいけない。

 工業や商業が発展していたので、国内の物流が無茶苦茶になる。地産池消の農業国なら、影響が少ない。

 中露と米国の間に挟まれていた頃に較べ、国際社会における日本の需要度が極端に下がってしまう。世界の端と端同士。地政学的に無意味な場所なのだ。

 ただでさえ、人口減少が進んでいたところへ、これは辛い。


 くわえて、国民の高齢化以上に行政の痴呆老人化が進んでいたことがあからさまになった。

「国土が世界の東の端と西の端にあるということはですよ、ある意味世界の中心にあるよりずっと素晴らしいことです。考えてみてください。世界は日本に挟まれているんですよ。全世界は日本の中にあるようなものです」

 などと自分の都合のよいように解釈し、精神論ばかり唱えられ、まともな対応がとられなかった。

 なんと、分断された新潟、長野、静岡の三県はそのまま存続。

 その一方、生き残りをかけ西日本は中露に急接近した。東京にある中央政府はそれを批判。西日本は、そちらとは関係ないと突っぱね、両者の関係は悪化。だが、同じ国内で西と東が対立しても、何の問題もない。はるか遠く離れているのだから。


 西日本に暮らす僕も、以前から東日本の高慢な態度に腹を立てていた。

 東京一極集中の弊害が叫ばれているのに、東京のメディアは東京の情報ばかり流す。残り46道府県の知事の露出時間の合計より、東京都知事の出番のほうが多い。

 さすがに今後は、そうはいかない。

 相変わらず東のほうでは、「ひとつになろう、ニッポン」とか言ってるようだが、対して西では「西は西、東は東」という言葉が流行っている。西日本のことは西日本が決めるという意思表示だ。


 だが、僕はわかっていなかった。東日本の絶望的な状況を。


 下記の文章は、静岡市出身の東京の男子大学生のブログだ。大学入学時からブログを初めているようだが、最近ブログ名が変わった。



 絶望の東日本ブログ



12月15日 近い将来、西極は南極や北極みたいに人がいなくなる。


 西日本と東日本とどちらが条件が良いかというと、もちろん西日本だ。

世界地図を見れば一目瞭然。

 どちらも世界の端と端だけど、西のほうは中国や東南アジアみたいに近くに人口の多い国がたくさんある。

 東日本はシベリアの切れ端、オーストラリア西部、ニューギニア。たったこれだけ。南北アメリカ大陸との間には広大な太平洋がある。

 最近、西極っていう言葉良く聞くけど、東日本は西極にあるくせに東がついている。

 東日本は西極最大の人口を誇るって、他が少なすぎ。オーストラリアにはシドニー、アデレード、メルボルン、ブリズベンと人口百万越える都会があるけど、英語を話すし、もともとが移民の人たちなんだから、すぐ他の国に移住しそう。 

 東日本の人間なんて英語もまともに話せないし、西日本くらいしか移住できるところがない。これからどんどん西に移住する人が増えてくる。企業だって西日本のほうがいいってわかってるから、社員ごと西に移っていく。絶対。

 もともと少子化で人口減ってたところに、みんなで西に行けば、東は誰もいなくなる。

 北極も南極も人がほとんどいないけど、北極の陸地はどこかの国に属している。南極はただの大陸で国ですらない。東極と西極もこんな感じで、東極は普通に人が暮らせるけど、西極は南極や北極みたいに人がほとんどいなくなる。



12月18日 正月に帰省したら、そのまま帰ってこなくなる。


「杉野も西に帰るって」

 タカノリが言った。

「無理もないよ」と僕は返事をした。


 杉野もタカノリも同じ大学の同級生で、サークルの仲間だ。

 僕の通う大学は工業単科大学で、少し前なら大手の製造業に普通に就職できた。

それが今はどこも採用を控えている。

 それどころか、続々と西日本に本社を移している。

 大勢の社員ごといなくなるから、ビルやマンションががら空きだ。

 政治家や官僚は、なんとか規制をかけようと画策しているけど、焼け石に水。


 工場が東日本にあろうがなかろうが、東日本は完全にサプライチェーンから外された。

誰だって地図を見れば、それがすぐにわかる。

 東日本は世界地図の左端にちょっとだけある陸地の一部で、その右に広い太平洋がある。その右がアメリカでそこから陸地がたくさん続く。

 何でこんな風に分けたんだ?

 海の真ん中で分ければいいのに。

 世界の工場中国は東の端のほう。そこで作った部品を一番西まで持ってきて、アメリカや中国やヨーロッパに売るのは無駄だ。

 西日本のほうなら中国に近いからまだましだ。

 それでも東の端の端だから、よっぽど優れたものを安く作らないといけない。

 少し前まで東高西低といって、東が良くて西が駄目みたいなところあったけど、今は西超低東超絶低だ。

 もう物造りは東日本では無理だ。

 どう考えても、東にいても先がない。



12月26日 東京は東日本の京都


 師走なのにどの店にも商品が置いてない。

 ネット通販も在庫がない。

 もうすぐ正月だ。一足先に帰省

 食べ物がない。食材が手に入らないから、飲食店はどこも閉まっている。


 世界中で、将来の不安から買い占めが起こって、流通がおかしくなっている。

日本円の価値が下がってるから海外からの輸入品が高くなる。

 今は農業やるにも石油と肥料がいる。海外からモノが入らないと国内の農業も生産性が落ちる。それで茨城や栃木の農協が、地元優先するので、東京の業者に作物を売らないって。

 それだと終戦戦後みたいに、疎開しないといけない。

 食べ物が手に入らないから、みんな東京を出ていく。


 西日本は京都を西京って名前に変えて、首都にするって噂、あながち嘘ともいえない。

東日本はお荷物だから、西日本は自分達だけでやっていくって。

 頭にくるけど、自分が彼らの立場だったらそう考えると思う。

 いままで同じ国だったのは、土地がつながってたからで、これだけ離れて同じ国ってやっぱり無理がある。

 いままで人気芸能人は東京に住んでたけど、今向こうは向こうの芸能人が人気がある。もうすでに流行が違うんだから、そのうちに話す言葉が変わってくる。



1月3日 都内にいたら餓死する。


 スーパーに食品が戻ってきてるけど、値段がむごい。いままでと同じもの食べていたら、バイト代全部消える。


 正月に帰省して見ると、両親から就職先は西日本にしろと言われた。簡単に言うけど、西日本も就職難だ。今は世界中が混乱していて、そのなかでも日本は特にひどく、その日本の中でも東は最悪だ。

 就職の件は一旦置いて、実家からの通学を検討していることを両親に伝えた。電車もすいてきてるから、静岡からなら学校に通えないことはない。都内は食糧が値上がりして、下手したら餓死しかねない。

 そんなにひどいのなら、学校やめたらと母親に言われた。この状況で大学を出る意味があるのかわからないが、後一年余りで卒業できるので、今のところはやめるつもりはない。



1月10日 疎開


 休みが終わったので、実家から学校に通ってみた。通学時間が長いのでバイトができなくなるけど、バイト代が食費に消えるので同じことだ。交通費かなりかかるけどアパート代消えるからこれもよし。 

 昼食は弁当持参。

 こっちのスーパーも値段が高いけど、どこからか食べ物が入ってくる。死ぬことはない。

この調子だと企業の売り上げががくんと落ちる。今年は失業者がかなり増える。

 国のほうでは食糧確保に必死。オーストラリアの片方に頭下げて、国民にパンを配給する予定だ。


 アメリカが頼りにならない。穀物を高値でふっかけられたらしい。横田基地から米軍が撤収するって噂だ。こんなところに基地をおいても無意味だからだ。いままでは中国やロシアに対抗するうえで、重要な場所だったけど、今の東日本と仲良くしても何のメリットもない。それ以前にアメリカ自体がアトランティスの出現で、ローカルな存在になりはてている。



1月15日 第一次産業就業者は必ず増加する。 


 キャンパスで内定消された学生達が騒いでいた。

 一歩外に出れば、「食い物よこせデモ」の嵐。海外では略奪が起こっているところもある。

 日本より食糧自給率が高い国がほとんどなのに、日本の危機感が薄いのは政治が機能していないのか、あるいは政治がうまくいきすぎているからなのか。

 これまで人口減少が問題にされてきたけど、生産量が限られているなら、食べる人数が少ないほうがいい。

 失業者が増えるのわかってるなら、余剰労働力を農業に振り向け、耕作放棄地を活用すればいいと思う。僕がそう思うまでもなく、食べ物が足りないなら、政治家が何もしなくても、農家は増えるはずだ。


 第一次産業から第四次産業まであって、数字が増えるほど収入も高く、やっていることが高度なイメージがあるけど、重要度はその逆だ。第一次産業に余裕ができて、第二次産業が発展して、それが三次、四次につながっていった。、食べ物が無くなったら、ITどころじゃなくなる。


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