第9話 宇宙人狩り

 ドイツ料理店アウフヴィダーゼンは、ランチタイムが終わり、入り口に準備中の札が掲げてあった。それで裏のほうに回り、通用口から厨房に入ると、シェフと見たことのある女性店員が世間話をしていた。

「なんでしょう?」

 シェフが僕に聞いた。

「竹本清治さんに用があるんですが」

「こちらへどうぞ」

 女性店員はvipルームのドアを開け、僕を招き入れた。


 清治はテーブルの上に広げた資料を手にとって、なにやらつぶやいていた。

 僕に気づくと、「あ、大変でしたね」と言った。

 僕も席に着き、「君たちの仕業か?」と尋ねた。


「はい」

「僕を殺そうとしたのか?」

 あんなことがあったばかりなので、僕は勘違いした。 

「自動車の件でしたら、私たちがしたことではありません」

「そうだった。助けてくれたんだからな」

「全くの無関係ではないですが」

「平面化の関係か?」

「はい。これから詳しく説明します」

 そう言うと彼は、資料を置いた。


「その前にだれの仕業か教えて欲しい。もちろん、交通事故のことだけど」

「宇宙人です」

「宇宙人が自動車を運転するのか」

「実行犯は人間です。宇宙人とつながりのある組織を経由したものです」

 宇宙人とか組織とかもうわけがわからない。


「地球平面化に当たり、運営としては他にも省力化を進めています。なかでも宇宙人消滅はかかせません。地球の水準をはるかに上回る科学文明は、多大な計算資源を必要とするのです」

「消滅って、殺すのか?」

「はい。皆殺しです」

 なんと恐ろしい。だが、考えてみれば、相手は大勢が亡くなった空襲を指揮した人物だ。生物が死を迎えても、生命が存続することを知っている彼らからすれば、殺害は着ている服を破る程度のことなのかもしれない。


「アトランティス軍がUFOを迎撃したのも、宇宙人を減らすためです。アトランティスが宇宙人狩りを進めているという噂を信じた彼らが攻撃し、返り討ちにあったのです」

「なんであんなに弱かったんだ?」

 アトランティスのレーザー攻撃を、UFOがかわせなかったのは不思議だ。

「負けるように宇宙人を操ったからです」

「そういうことか。だが、それとキズキと何の関係がある。あの何とかいう化け物だけは勝てないということ?」

「巨大生物ヨハルは実在しません。私達が描き出した幻影、ただの空中映像です。プトレマイックガールとキズキ様も同じく幻影にすぎません」


「やはりただのショーか。それでミサイルがすり抜けたんだな。すると、アトランティス軍の同士討ちはどうなんだ?」

「あれは本物です」

「アトランティス軍まで潰す必要がどこにある?」

「アトランティス科学の粋を集めた軍隊、なかでも航空部隊は計算負荷が高いのです。さすがに宇宙船に較べればかなり少ないですが。ついでに滅ぼしたのです。もちろん、アトランティスの運営には内緒ですよ」

「キズキが幻ということは、はしご車もあのセンサー車もそうか」

「ご明察です」

「で、なんでショーなんかした?」

「キズキ様と同じです」

 キズキは人類の応援を得るため、ロボットを登場させ戦わせた。それで、

「今負荷の高いデータ処理をしているのか?」

 と僕は聞いた。


「そうではなく、今後の参考のため、応援による計算力増加の調査をしたのです」

「ああ、そういうことか」僕は納得したが、まだ重大な問題が残っている。「それでどうして宇宙人が僕を殺そうとしたんだ?」

「そもそも宇宙人が誕生したのは、人類が宇宙人がいると考えるようになったからです。運営の一部に、人類がそう考えるなら、宇宙人がいたほうがいろいろと都合がいいと主張する連中がいました。彼らの主張を受け入れ、条件付きで少数なら認めることが採択されました。条件とは、人類と極力接触せず、危害を加えないことです。

 最初は少なかった宇宙人達も、子孫を残したり、種類が増えたり。さらに科学が発達したりして、いまでは多くの計算資源を使う状況です。

 意外なことにアトランティスには宇宙人はいませんでした。合併後、宇宙人派の立場が悪くなり、今回、彼らに運営を去っていただくことが決まりました。

 運営はいなくなっても、宇宙人本人達はまだ健在です。

 宇宙人と一言で言いますが、ひとつのタイプだけではなく、十以上あるそれぞれ別の天体から来たことになっています。

 地球人より科学レベルが高く、ウィルスや細菌をUFO内に持ち込むのも大変です。マインドコントロールなどで宇宙人同士を争わせて滅ぼすのも難しく、我々運営が直接手をくだすのが一番効果的です。

 ですが、出来れば彼らの名誉のために、集団自決が望ましく、私達運営は彼らの説得に回りました」

 罪を犯した武士に、斬首ではなく、せめてもの情けで自ら腹を切らせるようなものだ。


「あなたがたは自分のことを宇宙にある他の惑星から来たと思っているが、宇宙には本当は地球しか存在しない。あなた方は地球人の妄想が生み出した産物。あなた方の母星はどこにもない。あなたがただってその星に行ったこともないくせに。たとえそれが観察されても、ただの映像にすぎない。母星と連絡がとることができても、その連絡自体、あなた方の集合意識が作り出した嘘。

 今この宇宙は大きな変革の最中にあり、あなたがたが存在するにはふさわしくない。正直、あなたがたの存在は邪魔だ。死んでも魂は存在する。あなた方もとっとと人間に生まれ変わるか、どこか他の宇宙へ行ってくれ。あなたがたの前世も人間か、他の宇宙にいたんだ。

 宇宙人やUFOがいるなんて思う馬鹿がいるから、計算資源を浪費してそれが物質化した。その証拠に他の星にいたのに、人間とよく似た形をしている。生活の全てはUFO内で行い、そこで子孫を残し、育てる。地球人の監視が使命だが、本人達が勝手にそう思っているだけで、宇宙人なんて嘘から出た真」

 いきなりそんなこと言われたら、いくら宇宙人でも相当のショックだろう。


「もちろん、すんなり従う宇宙人ばかりではありません。というより、ほぼ全員が反発してきました。馬鹿なことを抜かすな。我々を地球から遠ざけようと、陰謀を企てているな? 

 地球に運営があるのなら、我々の星にも運営がいる。地球の運営なんかよりよっぽど優秀だ。そこまで言うなら、地球を侵略する、などと言って抵抗するのです」

 話が長いので、僕は途中で口を挟んだ。

「それで宇宙人と僕にどんな関係がある?」

「彼らの説得のとき、地球の運営だけでなく、地球全権大使もこの事は承知済みですと話しました」

「つまり、あいつらはこの地球、いや宇宙で一番偉いわたくしに逆恨みを抱いたということでしょうか?」

「仰せの通りです」

「許さん!」

 僕は顎を突き出し、怒りをあらわにした。だってこの僕はあいつらに殺されそうになったばかりだからだ。

「その調子で彼らの成敗に向かいませんか?」

「成敗? 桃太郎の鬼退治か?」

「はい」


 こうして僕は宇宙人退治に向かうことになった。


 それには大きな問題がある。どうやって彼らの宇宙船までたどり着くのかだ。

清治に尋ねると、その点は問題ないそうだ。

 さきほどの交通事故未遂がヒントだ。キズキクラスなら、イメージを浮かべただけで、ほぼその瞬間に僕の身体ごと他の宇宙にだって移動させることが難なくできる。 

 それが地球の運営レベルでは、運営本人が実際に身体を使い、ある程度の時間をかけて、それも短い距離しか動かせない。運ばれる側の僕自身も、呼吸装置や宇宙服を装備する必要がある。

 地球の周辺とはいえ、宇宙船は遠い。運営一人では不可能だ。そこでリレー形式で僕を宇宙船まで届けるとのこと。


 怒りが収まり冷静になると、馬鹿げたプランに思えてきた。客観的に見て狂っている。

 地球しかない宇宙の計算力不足解消のために、母星から来たと思いこんでいる偽物の宇宙人達にとっとと死んでくれと頼むため、諸宇宙の元管理者が無作為に決めた言葉の通じない地球代表者を、地球の管理者が交代で、イメージが物質化してできたUFOまで連れて行き、宇宙人に自決を迫る。なんだそりゃ?


「そこまでして僕が行く必要があるのか?」

「多くの宇宙人達から、おまえの言葉だけじゃ信用できない。その地球代表とやらを連れて来いと言われているのです」

 キズキがいればこんなことで揉めたりしない。宇宙人全員他の宇宙に移せばいい。

地球の運営なんて頼りない。果たして無事に帰ってこれるだろうか?


 それから十日後、僕は種子島宇宙センターにいた。鹿児島の南のほうにある大きな島の南のほうにある日本最大のロケット発射場だ。別にロケットに乗るわけではないのだが、宇宙服を借りるには都合がいいのだ。

 島には飛行場もあるが、フェリーを利用した。宇宙センターは島の南のほうにあり、そこまではバスを利用した。バスには二十人ほどのツアーの団体が乗っていた。話しかけられたので、僕も観光ですと嘘を吐いた。それなら一緒にどうです?と誘われ、断り切れなかった。


 ツアーの団体と一緒に宇宙センターを見学し、宇宙食を試食していると、若い男性職員に見つかってしまった。

「こんなところにいた。探してましたよ」と言われ、

「まだ大分時間があるじゃないか」といって、僕は反論した。

「もうカメラマンの人達来てますから、すぐ来てください」

 同行したツアー客のおばさんに、「どういうこと?」と聞かれ、

「本当は、僕はモデルなんです。ここのPR用写真をとるために来たんです」

 と表向きの説明をしておいた。


 宇宙服を着せられた。映画のPR用に使う重さ10キロのまがいものではなく、本物だから冷却機構なんか備えていて、重量は100キロを超える。無重力状態ならいいが、地上で動くのは大変だ。

 撮影現場に向かう。芝生の上に実物大ロケットの模型が横置きしてある。

 展示用ロケットを背景に撮影だ。ヘルメットを外した状態で、僕はカメラマンの要求に応え、作り笑顔を浮かべた。


「表情が固いよ。あんた本当にプロのモデル?」

 カメラマンは、僕にやる気を起こさせようときついことを言っているのだろうが、モデルでない人間にそんなことを言うのは逆効果だ。

 僕には、撮影の意義自体まったくわからない。

 運営と国連との間で話はついているはずだ。それがどういう事情で、たかが宇宙服を借りるくらいのことで、実際にロケットをとばす場所で、本物の撮影業者を呼んで、プロのモデルと同じことをしなくてはいけなくなったんだ? 

 一体、できあがった写真を何に使うつもりだ?


 たとえ撮影に慣れていようと、これからのことを思うと、緊張せざるを得ない。

 かつてどんな宇宙飛行士も体験したことのない大冒険だ。

 宇宙服ひとつで、UFOに乗り込み、宇宙人達に死ねと命じるのだ。一般の人間なら、宇宙人に遭遇しただけでパニックになる。僕の場合はこちらから宇宙人に接近する。生きて帰れる保障はない。


「よし、次はヘルメットかぶって」

 カメラマンがそう言ったとき、突然、芝生の真ん中に三人の怪しい外国人が出現した。

どこからかやってきたわけでなく、その場にいきなり現れたのだから、宇宙センターの女性職員などは、

「キャー、宇宙人だ」

 とわめき、その場から逃げ去ったが、他の人間は冷静だ。


 相手は男が二人、女が一人。三人とも黒いスーツを来て、女はサングラスをかけている。 

「外人モデル呼ぶなんて聞いてねえぞ」

 予定外のことにカメラマンが怒った。

「実はこれには事情がありまして」

 背の高いほうの男がたどたどしい日本語で言った。「私達は宇宙飛行士さんのSPという設定です」

 外国人の説明に皆、首をかしげた。

「今、確認します」

 と言って、撮影スタッフの一人が携帯をとりだした。

 カメラマンは、「まあいい。SPがいたほうが面白いものが撮れる」とあっさり受け入れた。

 それで僕の背後に背の高いほうの男が控えた。

 

 僕はヘルメットをかぶり、撮影再開。

「外人さん、もう少し近づいて」

 とカメラマンが指示し、外国人モデルは従った。

「それじゃあ近寄りすぎ。もっと離れて」

 そう指示されたのに、彼は僕に密着した。

「くっついてどうする? 日本語わかんねえの?」

 次の瞬間、彼は僕を抱きかかえ、猛スピードで上空に飛躍した。


 僕は彼の顔を見ながら、

「運営、遅い」と愚痴を言った。

「すいません。入るタイミングがわからなくて」

「そんなのいつでもいいだろ」

 僕はその男に言ったつもりだったが、サングラスの女が聞くことになった。女性とはいえ、僕より長身だ。


「会話の内容はわかっています」

 と女は言った。運営だから身体を出現させていない間はどこかで見ているのだ。

「何秒で交代するの?」

 僕はその女に聞いた。

「十秒です」

「もうすぐか」


 そう言った途端、残りの一人に替わっていた。外国人モデルという設定なのか、背の低い方の男でも僕よりずっと高い。

「一回でどのくらい進むの?」

「千マイルです」

 十秒で千マイル。一秒百マイル。およそ160キロメートル。

「酸素はどのくらい持つ?」


「充分余裕があります」

 背の高い男が答えた。

「UFOまで何キロ?」

「三十万キロです」

 単純計算で三十分余りで到着する。

「そんなにあるの? 富士山くらいの高さでいいのに」

「すいません」

 女が謝った。

「相手はどういうタイプ?」

「人間によく似たタイプです」

「UFOの中でもこれ着てるの?」


「ヘルメットなら外してもらって問題ありません」と背の低い男。

「酸素はどうする?」


「UFOの中は地上と同じ空気です」背の高い男。

「そんなのありえないだろう?」

 少なくとも他の太陽系から来たはずだ。そこには酸素や窒素が、偶然にも地球と同じ比率で存在していたということか。火星や金星でもそれはありえないだろう。いくら偽物の宇宙人でも設定としておかしい。

「宇宙人が地球の大気に適応したということに」

 ここまでが背の高い男。


「なっています」女。

「一つの文を途中で引き継ぐな」


 こんな感じで三十分近くがすぎた。

 すでに息苦しい。

「余計な会話をしていたせいで、通常より早いペースで酸素を消費した」

 背の低いほう。

「からです」

 背が高い男。

「最初に言え!」

「聞かれなかったから言いま」

「せんでした」女。

「もう交換してくれ」

「もうすぐUFOなので」

「我慢してください」背が低い男。

「そんな」


 僕は目を閉じ、死を覚悟した。

 それから何回交代したかわからない。

 気がつくとUFOの中にいた。

「到着しました」

 という女の声がしたので目を開くと、そこはオレンジ色の明かりに照らされたオペレーションルームのような部屋だった。

 三人は特に驚いた表情もなく、僕の傍らに立っていた。


 僕はヘルメットを外し、「で、どうすればいい?」と尋ねた。

 詳しいことは何も聞いていない。

「このUFOにいる全ての宇宙人に隣の部屋に集まってもらっています。そこで何か適当なことを話してください。私達はあなたの話しを訳したという体裁で、あらかじめ用意した内容を話します」 と背の高いほう。

「声さえ出せばいいということか」

 僕は了解した。

「動物の鳴き真似みたいなものはだめです。内容があることを話しているような感じでお願いします」

 背の低い男。

「そのくらいは言われなくてもわかるよ」

「さあ、あちらです」

 女は、壁と同色のドアを指し示した。


 僕はドアの前に立ったが、反応がない。

「生体認証でひっかかってるんだ」

 僕は言った。

 背の高い男が手のひらをドアにくっつけた。

「手のひら認証だったか……」

 僕はそう解釈したが、男は腕ごと右のほうにずらし、それに連れてドアも動いた。

「自動ドアじゃなく、ただの引き戸。しょぼいUFO」

 それで僕の緊張は少し解けた。宇宙人といえど大したことはない。


 背の低い男は、身振りで僕に先に行くよう促した。

 ドアのすぐ向こうは一メートルほどの短い廊下になっていて、その先に広い部屋がある。

 僕はおそるおそる足を踏み入れた。

 

 そこは百平米ほどの広い空間だった。

 ドーム状の天井から推察すると、UFOの中心部のようだ。

 人型の宇宙人達があぐらをかいてすわっている。黄緑の皮膚。ラメ入りの服。小さいのが子供で大きいのが大人。髪(触手?)が短いのが男で長いのが女ということにしておこう。若者と老人の区別がつかない。合わせて四、五十人といったところだ。


 彼らの視線が僕に集中する。表情が読みとれないが、状況からして歓迎されているはずはない。

 どう切り出していいかわからず、僕は後ろを振り向いた。三人はまだ部屋に入ってきていない。

「早く、早く!」

 と僕が急かすと、女は「少しお待ちください」と言って、引き戸を閉めた。

「待ってくれ! こんなところで一人にしないでくれ」

 僕は引き戸を開けようとしたが、宇宙服のせいか全く動かない。

「勘弁してよ」

 といって僕は抗議した。

「拡声器があることがわかりましたので、私達はこちらで作業します」

 背の高い男が引き戸の向こうからそう言った。

「そんな! ちょっと待ってくれ」

 僕はどうにかして引き戸を開けようと、悪戦苦闘した。

 大勢の人がいるのに部屋の中は静かだ。

 宇宙人達の視線を感じ、僕は引き戸を開けるのをあきらめて、彼らのすぐ前に立った。


「え、え~本日はお日柄もよく」僕は観念した。「こうして大勢のみなさまにお集まりいただいて、光栄の限りでございます」

 そこまで言ったとき、ドームの上辺りから、女の声が流れた。僕の言葉を宇宙人の言葉に訳しているという設定だ。当たり前だが、地球のどの言葉とも違う。

「まずは簡単な自己紹介から始めさせてもらいます」

 僕はそう言ったが、自分の命を狙った連中に本当の情報を漏らすわけにはいかない。

「え~、自己紹介はまずいので、別の話にさせていただきます。といっても、みなさまに聞いていただきたいこともないで、少し考えさせてください。え~と、そうだな、あれにするか」

 口さえ動かしていれば、支離滅裂でもかまわないのだが、人前で話すとなるとそれなりに緊張する。言葉が思い浮かばず、行き詰まった僕は、友人の結婚式のときに使ったスピーチのことを思い出し、再現しようと試みた。だが、すぐに思い出せなくなり、また行き詰まった。


 十秒以上、沈黙が続く。何か話さなければいけないと思うほど、何も浮かんでこなくなる。

 ところが、口が勝手に動き出した。


 僕は週末の仕事を終え、ひとりでファミレスに入り、ハンバーグセットBを食べていた。どこにでもありそうな最近出来たばかりの店だが、ディオーネという美容室のようなエレガントな名前は初めて聞く。

 オープン時の大切な時期に、受験勉強の高校生達がテーブルを陣取り、他のお客さんの迷惑になっていた。僕は食べ終わると、早々に引き上げることにし、レジの前に立った。

 キズキ・ヨーコという名札をつけた、ボブヘアで童顔の女の子に千円札を二枚渡した。名前がカタカナなのは会社の方針なのだろうが、外国人みたいでおかしな気がする。

 ここは製造業が盛んな人口十万の地方都市だ。僕は、この近くにある会社の寮に住んでいる。食堂も談話室もない寝起きするだけのぼろアパートだ。

 店を出ると、そのまま寮のほうに歩きかけたのだが、後ろから呼び止められた。

「お客さん、おつり忘れてますよ」

 僕はおつりを受け取ったつもりでいた。だから、「え? もらったけど」と言って振り返ったのだが、声の主を見て驚いた。

 間違いなくさきほどのレジ係の女の子だったが、いつの間にか私服のワンピースに着替えていた。


 

 僕は、最初にキズキと会ってから、さんざん彼女に引き回された。彼女がいなくなった後にその体験を文章にまとめた。その冒頭部分だ。誰にも見せておらず、印刷もしていない。運営がハッキングしたか、人間が作った通信など使わずに直接閲覧したか、あるいは僕の記憶からひきだしているのだろう。たしかに僕が作った文章だから、僕自身がここで話しても著作権上何の問題もないが、ここまではっきり覚えてはいない。

 いずれにせよ、運営としては無難な選択だ。

 といってもどうせ聞き手に伝わらないので、何でもいいのだろう。


 宇宙人達が聞いている肝心の内容がどんなものか不明だが、彼らは互いに顔を見合わせたり密談したりしている。

 話が進むに連れ興奮度が高まり、そしてついに、宇宙人達は一斉に立ち上がった。

 僕を取り囲み、大声で怒鳴り散らしてきた。

 見ず知らずの相手から、いきなり全員死んでくれと言われるのだ。どんな生き物でも怒り狂うだろう。


「助けてくれ。おい、運営。どうにかしろ」

 わかりきった反応だが、僕は慌てて助けを求めた。

 近くで見るとここの宇宙人達は人間より二割ほどサイズが大きく、なかでも特に大きい男が二人、両側から僕の腕を押さえ、僕は身動きがとれなくなった。

 一番前の中央にいたリーダーぽい男が刀のようなものをとりだし、僕の近くにかざした。それから上を仰ぎ見て、大声で何かを言った。

 するとサングラスの女が感情的な声で何か言った。これはもしかして……。


 女は、「大変です。人質をとられました」と言った。人質とは明らかに僕のことだ。

 だが僕はあまり心配していない。

「瞬間移動で交通事故を防ぐ運営なら、このくらいは簡単に助けられるだろう?」

「大勢に囲まれると、難しいです」

「宇宙センターも屋内から抜け出した。このUFOの壁だってすり抜けられたんだ。障害物があっても問題ないはずだ」

 宇宙にある全ての物体はデータを映像化したものにすぎない。ワープ現象は、PC作業のカットアンドペーストのように移動先にデータを貼り付けるだけのはずだから、途中に何があろうと関係ないはずだ。

 

 ところが、

「私たち一般の運営レベルでは、他の物体と同時に障害物をすり抜ける場合、著しく距離が制限されています。能力によってばらつきがありますが、平均一メートルといったところです。建物の壁程度なら問題ありませんが、この状況では無理です」

「そう言うけど、今回だって一回10マイルとか移動できただろう?」

「障害物がない場合は、単に対象データの移動速度を上げているにすぎません」

「だったら彼らの心を操れば問題ない。早く終わらせてくれ」

「それもできません」

「どうして?」

「残念ながら私達はもう運営ではないのです」

「何だと?」

「私達三人は、前世紀に宇宙人やUFOを誕生させることを主張しました。アトランティスの運営は宇宙人を快く思いませんでした。さらに平面化した世界では宇宙人はふさわしくないと言われ、私たちは解任されました」

 そのことは聞いている。この三人が宇宙人やUFOを誕生させたとは驚いた。


「だけど、何でクビになったのに、こんな仕事をしてるんだ?」

「運営をやめるのは会社をやめるのと違います。他の宇宙の運営になるか、新たに生物として生まれることになります。現運営の機嫌を損ねたくないのです。特にこの件は、地球の運営だけでなくマルチバースの元運営まで関わっていて、しかも彼ら宇宙人の存在に私達は責任があるのです」

 そういう事情なら仕方ない。だがまだ手はある。

「他の運営メンバー呼んでくれないか。大至急」

「今、他のメンバーは手が離せません」

「地球代表の一大事だぞ。それ以上に大事なことがあるはずがない」

「それが今まさに、平面化の真っ最中なんです。運営メンバーは全能力を捧げ、さらに全人類の応援も借りて、かつてない大作業にとりくんでいるのです」


「そんなことは全然聞いてない。なぜ、そんな大事なときに」

「そ、それは……」女は口ごもった。

「私達のことが信用されてないからです」背の高い男の声だ。「私達三人が邪魔をしないように、負荷のかかる処理を押しつけ、邪魔ができないとわかったので、平面化作業を開始したのです」

 なんとも複雑な事情だ。


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