第8話 アトランティス対宇宙人

 それから一月経ち、秋本番になっても、平面化の兆しすらない。運営から僕に何の連絡もないままだ。キズキと連絡をとろうと、ときどきハミナに話しかけるが、相変わらずギーギー鳴くだけだ。ミラーエッグは大増殖を続け、一昨日には僕の家の庭に一匹転がっていた。


 十一月に入ると大事件が発生した。


 四日未明。十カ国からなるアトランティス連邦の首都アクロポリス上空にUFOの大群が出現したのだ。

 アトランティスが復活する前、ワシントンにもたくさんのUFOが現れたことがある。

人類はもうこの程度のことでは驚かなくなっていたが、世界中が中継画面にくぎづけだ。UFOは大小様々で色や形状も多様だ。その総数およそ千五百機。

 大陸出現以降、特にゼウスが敗北してから、アクロポリスの広場は世界の中心であるがごとく、頻繁に報道などで目にしてきた。それでいて、旧世界に対し、厳しい渡航制限がかかっている。

 UFOの出現場所が、ワシントンからアクロポリスに変わっているのは、時代の流れを感じさせる。


 前回、地球の軍事力では対応できず、ただ事態を見守るしかなかったが、アトランティス軍はいつでも迎撃できるよう付近で待機している。アトランティス語で接触を試みたが、UFOは無反応だ。何が目的かわからず、対峙したまま時間がすぎていく。

 

 そして、その日の正午、突然、UFO群は攻撃を始めた。

 空中に停止しているUFOの下部から、黄色に輝くアメーバーのようにどろどろした物が落下した。物体は地上に落ちても爆発することなく、ガスのような気体を周囲に放つ。 

 アトランティスの報道は独特で、アナウンサーらしき人物の周囲をタレントのような連中が囲んでいる。

 アナウンサーは叫んだ。

「危険です。近寄らないでください。いつ爆発するかわかりませんし、毒ガスかもしれません」

 日本語の通訳はそう訳した。たった半年でアトランティス語を習得した語学の天才と紹介された人物だ。


 アトランティス軍は、もちろん迎え撃った。

 大型ドローンのようなアトランティスの航空部隊は、UFOに向けレーザービームを照射した。するとUFOは爆発し、破片が地上に落下した。

 一時間もしないうちにUFO群はほとんど打ち落とされた。


「勝ったの? 嘘だろ? 宇宙人意外と弱い。違う、我々アトランティスが優秀すぎるんだ」

 日本語の通訳は、周りのタレントのコメントをそう訳した。

「旧世界の軍隊に同じことさせてみろ、すぐに……」

 通訳は途中で訳すのをやめた。


 しかし、勝ち誇るアトランティス軍の前に、上空から巨大宇宙人が降臨してきた。

 ボウリングのピンに手足を生やしたような体型。頭髪を含め体毛はない。金属をグレーに塗装したような体表。

 ムンクの名画「叫び」の顔から鼻をとり、縦に伸ばしたような顔。指は人と同じ五本だが、指全体がかぎ爪のように鋭くとがり、猛獣のようでもある。

 以前一緒に行動したソラスにどことなく似ているが、そんなことを言うとソラスは激怒するはずだ。この状況も既視感が強い。アトランティスを沈めようと、ゼウスが登場したときもこんな感じだった。そういえば場所もすぐ近くだ。


 周囲の建物から推測すると、怪物の背の高さは百メートルを超えていそうだ。こんなにでかいやつが地上を歩くと、地面がぼこぼこになるはずだ。

 アトランティスの道路は石畳だ。遅れているように思えるが、乗り物は空を飛び、地上を走る際も車輪が大きく、衝撃をうまく吸収するので、アスファルトのような舗装は必要ない。

 全長七十メートルの巨大恐竜の足跡は、深さ数メートルに達し、そこに小型恐竜が落ちて、よく死んだというのに、この化け物は地面を普通に歩いているのに、石畳は破壊されていない。

 非常に軽量な身体をしているようだ。


 そいつは口から声を出している。単なるうなり声ではなく、よく聞くと人間の言葉のようだ。

 それはアトランティス語だったようで、

「アトランティス語で我々人類に語りかけています」

 と日本語通訳が言った。

「私の名はヨハル。我々は遠い星から来た。具体的にどこかと聞かれても答えようがないが、かなり遠い星だ。地球を征服に来たのではない。我々は宇宙のどこかで不正義が行われていないか監視し、見つけ次第退治する。正義の味方だ。

 今この星ではアトランティスが旧世界を苦しめている。だから我々はアトランティスを成敗する」

 巨大宇宙生物がそう言ったのだ。


 それに対し、タレント達が口々に叫ぶ。

「何言ってるんだ。この化け物」

「さっさと自分の星に帰れ」

「がんばれ、アトランティス軍」

 日本語通訳が声色を微妙に変えて、各の個性を引き立たせている。


 アトランティス航空部隊は、ヨハルを囲んだ。スズメバチの集団が人間を攻撃しているようだ。それぞれレーザーを照射する。ところがレーザーは相手の身体をすり抜ける。

 レーザー攻撃が無効とわかり、今度はミサイルを見舞った。向こうでは旧式の武器で、装備している機体も少ないと聞いている。

 不思議なことに、ミサイルも相手の身体をすり抜ける。

 これではいくら攻撃しても無駄なのに、航空部隊は攻撃を止めない。

 そのせいで、ヨハネの反対側にいた味方の航空機に当たり、次々と墜落していく。


「おい。味方に当たる。引き返せ」

 中年女性のタレントが叫んだ。女性の言葉としては汚いが、日本語の通訳がそう訳した。

 十分後には、同士討ちにより、航空部隊は全滅し、ヨハルの足下に残骸が転がった。

アトランティスの軍人は、いくら不利な状況でも撤退を恥と教え込まれていると思ったが、

「最後まで戦う馬鹿がいるか」と、若いくせに頭のはげたタレントが言った。


 いずれにせよ、ヨハルの勝利だ。

 性別不明だが、男性ぽいので彼と表現する。彼は勝利宣言を行った。

「え~、皆様方のご尽力のおかげで無事勝利できました。これでもう傲慢なアトランティス人に苦しめられることもなくなるでしょう。この日の為に、十年前から身体と心を鍛え、眠りを削って……」

 彼の勝利を称えるように、東の空が赤く輝いた。

 だが、それは彼の敵が到着した印だった。


「もう一体、巨大な人のようなものが来ました」

 アナウンサーが冷静に言った。

「あれはプトレマイックガールですね。ゲオルグさん?」

「そうだ。我等アトランティスの守護神プトレマイックガールだ」

 禿げのゲオルグは興奮して叫んだ。


 かつてゼウスを倒した巨大ロボット。多様な形態に変化し、人類の応援を得るのが目的で、絶対神相手に戦闘を繰り広げ、見事勝利した。ほとんどの人類はあの光景が目に焼き付いているはずだ。


 人型ロボットは静止したバタフライ選手のような体勢で、自分の登場を見せつけるようにゆっくりと飛んできたが、敵に近づくと空中に浮かんだまま立ち上がった。

 マネキンにアイスホッケーやクリケットのユニフォームを着せたような姿は、前回と同じだ。ただのユニフォームと違い、ピンクをベースに多彩な模様でコーディネートされている。


 カメラは、両乳房と喉の間にある操縦席をとらえる。

 操縦席の様子は、逆三角形の透明な窓を通して見ることができる。中では操縦者がハンドルのようなものを操作している。短い黒髪。歌の下手くそな新人アイドルのような顔と防護服のような衣装。 

 キズキヨーコだ。ひさしぶりに見た。

 だが、何故キズキがこの件に?

 平面化とは別の問題が起きたのだろうか。 


 ロボットは、ゆっくりと巨大宇宙生物が待つ地上に降りてくる。宇宙生物のほうは、まだ相手を敵と認識していないのか、ただ見つめているだけだ。

 ロボットの両手に突然、長い棒が出現すると、生物は警戒するように二三歩後退した。

ロボットはバトントワラーのように、棒を巧みに操るが、攻撃にも防御にも意味があるように見えず、ただの踊りと変わらない。

 今がチャンスと、生物のほうが先に襲いかかった。

 ジャンプした状態から両腕を上から振り下ろし、強靱な爪でロボットの頭部を狙う。

 ロボットは、体操選手が鉄棒にぶらさがったような体勢で相手の攻撃を防いだ。今度は両腕を伸ばしたまま、棒を前に下ろし、相手の胸部に当てた。生物は衝撃で後ろに倒れ、後頭部を地面に強打した。


 生物は気を失ったように仰向けの状態で目を閉じている。ロボットは棒をゴルフクラブのように持ち、相手の頭頂を打った。それで生物は目を覚ました。立ち上がったが、身体がふらふらしている。今がチャンスと、ロボットは大技を放つ。

 剣道の面打ちのように、棒を上に構えた。そのまま前に勢いよく振り下ろす。

 棒は生物の頭を直撃した。だが、まだ倒れない。ロボットはひるんでいる。その隙に今度は生物の反撃だ。片方の腕を水平に上げた。腕の先はロボットの胸部だ。

 人差し指の指爪が、ミサイルのように操縦席に向かって飛んでいく。

 ほんの一瞬の出来事で、ロボットは避けることができず、爪ミサイルは操縦席に突き刺さった。

 ミサイルは爆発することなく、ロボットは右手で抜いて、地面に叩きつけた。

 だが、特殊強化ガラス、あるいは樹脂系の透明な素材でできていると思われる窓には大きな穴が開き、穴の周囲もひび割れがひどい。中の機械類が損傷したようで、白い煙がその穴から吹き出している。

 ロボットは立ったまま動きを止めた。

 中の人は大丈夫だろうか? 視聴者の関心は、操縦者の安否に集中しているはずだ。


 操縦席の煙は白から黒に変わり、煙の量も増えている。カメラは、穴の縁からキズキが身を乗り出している様子をとらえる。どうやらミサイルの直撃は避けたようだが、火災現場のように煙で苦しくて仕方がないので、外の空気を吸おうとしているようだ。

 だが、煙の勢いはどんどん強くなってくる。彼女はさらに身体を外側に押しだし、そのまま下に転落した。


 これでお陀仏に思われたが、腰には命綱が装着されていて、彼女はロボットの臍辺りの位置で、両手両足をだらりとさせ、気を失った(振りをした)。


 完全な敗北だ。


 勝った宇宙生物のほうは、ロボットから受けた打撃がよほど効いているのか、目を閉じ、手で頭を押さえている。

 勝利の余韻に浸る暇もなく、そのまま前に倒れた。

 うつぶせの状態で身動きひとつしない。


 アトランティスの地上部隊と思われる乗り物が、横たわる巨大生物のほうに動いていく。乗り物の上部から、先にセンサーを装着したような棒が伸びていく。 乗り物はゆっくりと生物のほうに動いていき、センサー部分が生物と接触すると停まった。


「ヨハルのほうは生体反応がありません」

 アナウンサーは怪物の死を告げた。


 次は大きなはしご車のような乗り物がロボットに近づく。はしごの先のカゴにはレスキュー隊員が数名乗っている。

 カゴは宙ぶらりんのキズキのすぐ下に来た。隊員が命綱を切断し、彼女は救出された。


 報道フロアに拍手が鳴り響く。拍手と表現したが、旧世界のそれは手のひらを開いた状態でぶつけ合うのに対し、アトランティスのそれは両手を握りしめた状態なので、パチパチではなく、ポカポカという感じの拍手だ。


 すぐにはしご車はどこかへ向かっていった。状況からすると病院だ。彼女が無駄な診察を受けるとは思えないから、途中でいなくなるのだろう。

 生物は死亡したが、ロボットも操作不能になったのだから引き分けだ。


 だが、マルチバースの元運営が、一介の生物に負けるなんてありえず、生物とロボットの戦闘のみならず、UFO出現自体が単なるショーなのだろう。

 何のためにそんなことをしたのかわからない。


 僕も一応国連職員だ。特にキズキが現れたのだから、国連からすぐに連絡があった。

彼女とはあれ以来、会っていない。だから何も知らないと答えた。それでも普段以上に注意して生活するように言われた。

 わかりましたと素直に応じたが、その日も普段通りに散歩に出かけた。大通りの交差点で、青信号の横断歩道を前に渡っていたとき、一台のSUVタイプの自動車が、ものすごい勢いで僕のほうに向かってきた。


 危ないと自覚したとき、何者かが僕の身体を抱え、数メートル先の歩道まで一気に運んだ、というよりワープした。SUVは違法な速度で走り去っていく。

「な、何?」

 そのときは状況が飲み込めず、混乱していた。


「危ないところでした」

 僕と一緒に歩道にいたのは、竹本清美だった。

「アウフヴィダーゼンで待っています」

 そう言い残すと彼女は消えた。


 僕はその場にぽかんと立ちながら、状況を整理しようとした。

 進行方向を上とすると、僕は交差点の右下から右上に進んでいたことになる。日本では車は左側通行なので、横断歩道の最初の半分は右側に車が待機してた。横断歩道を半分以上進んだとき、突然、右側から自動車が左側に向かって勢いよく走ってきて、僕は危うく轢かれるところだった。地球の運営メンバー竹本清美は僕の危機を察し、僕を数メートル先、交差点の右上に移動させた。

 その自動車は進行方向と反対に進んだことになる。右側で信号待ちの自動車が、ずるして先に進もうと、空いている反対車線に出て、交差点を抜けようとした。たまたま僕がその場を通っただけで、僕を狙ったものではなく、偶然なのかもしれない。


 道路を渡っている歩行者が車に轢かれそうになったとき、黒い影のようなものが突然現れ、一瞬のうちに安全な位置まで運んだ防犯カメラの映像を、オカルト番組で見たことがある。一度ではなく、何ケースも見た。

 ポルターガイスト現象などから、幽霊に物体を動かすだけの能力があるのはわかる。たまたまその場にいた幽霊か、守護霊のようにその人を見守っていたのかわからないが、今回、地球の運営が僕を保護観察対象としていることはわかった。


 歩くのが怖くなって、僕はタクシーを呼んで、指定された場所へ向かった。



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