第6話 不思議なペットショップ

 六月三日のニュース。


 考古学者がマヤ遺跡付近で新種の植物を発見。緑色の半透明で鏡のように光を反射。


 グアテマラは中米にある山がちな農業国。そこの熱帯雨林は様々な生き物がいて、固有種も多く見つかっている。候補地として悪くはないが、清治が言ったようにアマゾンではない。結局のところ、どこでもいいのだろう。さらに名前も予定されていたグミモドキではなく、ミラーエッグとなった。

 鏡卵? 

 かなり光を反射するのか?


 少し遅れて六月七日のニュース。


 パプアニューギニアのニューブリテン島で、耳と鼻のない小動物が見つかる。違う場所で見つかったということは、ハナミミナシはミラーエッグを食べていなかったことになる。


 ハナミミナシのほうは発見されたという事以外はニュースにならなかったが、ミラーエッグは世間をにぎわせた。密林から研究用農地に移したところ、驚異的な勢いで増殖し、特に害はなさそうなので、希望者には無料で提供された。


 夏の終わり頃、海浜公園に行くと、喫茶店は改装工事中だった。弟に清美のことを聞くと、外国に留学するというので、一学期の終わりに転校していたという。

「そんな重要な話、どうして黙っていた?」

 僕は責めるように言った。

「重要って何で? 兄さんに関係ないじゃん」

「そ、そうだったな」

 僕はすぐに引き下がった。

 全権大使の近くに拠点を構えていた、地球の運営がいなくなるのは、大きな出来事なのだが、弟はその辺りの事情を知らない。二人の運営はこの街を去ったようだ。今回、僕の出番はほとんどなかった。


 それから半年もすると、六大陸の各地でミラーエッグが自生しているのが見うけられるようになった。繁殖のペースが異常なのは、地球の運営が押し進めているのだから、必然だ。まだ地球の気象に影響を与えるほどではないが、この調子なら近い将来、温暖化はストップするだろう。

 もう安心だ。今回はキズキと遭遇せずにすんだ。僕は完全に日常を取り戻していた。そんな折、たまたま寄ったペットショップで僕はハナミミナシを見つけてしまった。


 生きたままの動物の輸入に関しては、様々な規制があるはずだ。まして生態のよくわからない新種だ。運営が関係者のマインドを操作しているはずだ。だが、特に役割があるわけでなく、放置するわけにはいかないという理由で、地球に持ってきた動物に、何故運営が関与しているのだろう。

 見つめているとなかなかかわいい。その一匹しかおいておらず、店員に聞くと今後入荷できるかどうかわからない。値段も手頃。僕は今回の騒動の記念に、新しくペットを買うことにした。


 家に持ち帰り、リビングで家族に披露すると大騒ぎ。


「何、この変な動物」

 母親は近づこうとしない。世間的には知られていないから、その反応は普通だろう。

「最近発見されたネコ科の動物」

 気味悪がる彼女に僕が答えた。

「国連の関係で手にいれたのか?」

 と父が聞いた。

「そう。特別に僕に送られた動物で、捨てることができない」

「仕方ないな。自分の部屋から出すなよ」


 そう言われたので、そのまま自室に持ち込んだ。幸い、床はフローリングではなく、クッションフロアが敷き詰めてあるので、おしっこをされてもすぐに洗い落とせる。

 ペットなら名前を決めないといけない。鼻耳無しと三つの単語から成るので、それぞれ先頭の一文字をとってハミナにした。なかなかいい名前だ。


 買ったはいいが、飼い方がわからない。ネットで調べても出てこない。その晩はミルクを飲ませ、次の日、ハミナを車に乗せてペットショップに向かった。

 交差点を曲がって、最初にあるコンビニの隣。

 そこにあるはずのペットショップがない。過去にはよくあったパターンなので、さほど衝撃はないが、地球の運営の能力を超えたこのような現象が起きたということは、あの女の仕業という可能性が高いことに気づいた。


 僕はコンビニの駐車場に車を停めた。

「どこにいる?」

 やはりキズキが関わっている。僕は車の中から周りを見回した。

 道路とコンビニ、電柱、空、そのくらいのものしかない。


「ここだよ」

 助手席に乗せてあるカゴの中からハミナがしゃべった。どこかで聞いたことのある女の子の声。やはりキズキヨーコが動物を操っていたようだ。

「ペットショップは一時的な存在か? それともどこかにある本物の店を移動させたのか」

 僕は聞いた。

「もちろん前者です」

「何故、今頃になってのこのこしゃしゃり出てくる?」

「あの美少女と一緒だと、ちょっとその……」

「マルチバースの元運営とあろうものが、ユニバースの運営に、見た目で圧倒的に負けているからな」

 彼女の場合、どんな美人でも化けられるから、あまり関係ないように思えるが、全権大使と決めた相手に対し、また別の姿で接するのはいろいろとまずいのだろう。だけど、

「用事があってきただけの天体の生物の姿で多少見劣りがして劣等感を抱く。マルチバースの運営にそんな感情があるはずがない。他に理由があるはずだ?」

 僕の核心をつく質問に、

「詳しくご説明したいのでもっと話しやすい場所に行きませんか?」と彼女は提案した。

「ああ。動物と話しているのが、誰かに見られたらかなり恥ずかしい」

 僕がそう言うと、突然、目の前のコンビニは改装中の建物に変わった。例の喫茶店だ。


 するとここは海浜公園だ。

「地球の運営と違って、好きなところにいきなり行けるからありがたい」

 僕はそう言ったのに、「カゴを持って、降りてください」

 言われた通りにした。


「建物に近づいてください」

 気が引けたが、前に進んだ。

 建物正面の三メートルほど手前で、

「ストップ。その場にカゴを置いて」

 アスファルトのうえにハミナの入ったカゴを置いた。すると菓子折と缶コーヒーに変わった。


「それを持って建物の中に入ってください」

 時刻は午前十一時。外に足場が組んであるので大がかりなものだが、今は内装屋が数名、中で作業をしているだけのようだ。

「無関係な人間が入るわけにはいかない」

 僕は気が引けた。

「施主の振りをして、お菓子を配るんです」

「なんでそんなことを?」

「理由は後で説明します」

 仕方なく、配るものを持って中に入った。

 二名が壁紙の張り替え作業中で、切断する機械がでんとおいてあった。

 他に電気工事業者が照明を変えていた。

 テーブルと椅子は片方に寄せてあり、店が変わってもそのまま利用するようだ。いろいろな業者が出入りするようで、僕が入ってきても誰も見向きもしない。

 そこで、「どうもご苦労さま。差し入れです」と大声を出した。


「あ、すいません」

 内装屋の年輩の方が、頭を下げた。

 バンダナをつけた若いほうは、「イタリアの人って聞いてたけど、日本人?」と僕に聞いた。

「店長はイタリア人を雇っています」

 適当な嘘を吐いた。

「あ、オーナーさんね。遠慮なく」

 彼は缶コーヒーを開けた。

 梁の下にダウンライトを固定していた電気業者も作業を止め、「おいしそうですね」と言って、菓子箱を開けた。

 

 ワッフルだ。

 僕も食べたくなったが、この場で施主が食べるのは不自然だ。


 で、ここから何をすればいいのだ?

 キズキが言っていたのは、差し入れだけだ。その後どうするか何も聞いていない。

 関係者を装うのも神経を使うので、結局、すぐに外に出て、自動車に乗った。


 運転席で「次にどうする?」と外に漏れない程度の声を出した。

 返事はない。

「おい、何か言えよ」

 返事はない。

 いつまでもその場にいるのもあれなので、自宅に戻った。

 結局、何だったんだ?


 自宅に戻り、部屋で携帯を確認すると、さきほどの内装業者からメールが入っている。キズキのイタズラだとわかっているが、目を通す必要がある。


拝啓 施主様


 ベルギーワッフル ありがとうございました。

 さて、お問い合わせいただいた輸入壁紙の件ですが、当社から直接仕入れることはできません。ですが、施主様のほうでご用意していただいて、当社が施工する施主支給という形なら問題ありません。なお、ご存じの通り、ビニルクロスではなく不織布製なので、耐久性は高いですが、水洗いしにくく、飲食店に向いているかどうかわかりません。

 特に厨房に使用するのは避けたほうがいいと思われます。


 と、真面目ないたずらが続いたが、


 それから、施主様を騙る男性からの謎の差し入れの件ですが、ようやく状況がわかってきました。

 どうやら彼の黒幕が、彼にその体験をさせることで、あることを理解させる狙いがあったようです。

 以前、黒幕はある組織から相談を受け、適切な指示をしました。ですが、その後、組織は愚かな行動をとり、黒幕の指示を台無しにしてしまったのです。彼もまた黒幕の指示通り差し入れをしましたが、その後、判断を誤り、差し入れ自体が無意味になってしまいました。黒幕は彼に、黒幕と関わったその組織が、大変な過ちを犯していることを、伝えたかったのです。


 これはどういうことだ?


 黒幕はもちろんキズキ。組織は地球の運営だろう。キズキの指示で地球とA星の合併を行った運営は、愚かな行動をとったため、合併が台無しになった。

地球温暖化の阻止に失敗したということのようだ。


 僕がそう思うと、

「違うよ」というキズキの声がした。


 モロッコ調クッシュンフロアの床にハミナがいる。

「じゃあ、どういうことだ?」

「温暖化解決については順調に進んでいる」

「それならいいじゃないか」

「他に問題が発生した」

「どうせたいしたことないのだろう」

「温暖化どころの話じゃない」

「温暖化よりひどいことなんかあるわけがない。下手すれば全生物絶滅するんだからな」

 ハミナは動物のくせに、片方の口角を上げ、にやりとした。

「宇宙がフリーズする」


「フリーズ?」

 パソコンはよくフリーズする。画面が表示されたままだが、作動しなくなっている。

「宇宙の能力が、データ処理量に追いつかなくなって、処理がストップする」

「なぜ? 地球のコンピュータでもできそうな簡単な処理をしているだけのA星だぞ。フリーズなんかするわけがない」

「それでは画面をごらんください」


 天井の照明がひとりでに消えた。

 部屋の南側の壁は窓やドアがなく、机やタンスといった調度品も置いていない。十平米以上の白い壁紙が続いていて、スクリーンにはもってこいだ。

 そこにどこかで見たような光景が映し出された。例のミーティング会場だ。四名の参加者が席に着いている場面を上から眺めている。わざわざ映画っぽく見せるために、フィルムの細かい傷まで表現するこだわりよう。というか、完全に映画として編集されている。

 制作東風キネマ、タイトルは「二人の運営と二人の代表」

 竹本兄妹と地球代表、アトランティス旧世界友好協会代表だから、運営と代表が二人ずつなのは合ってるが、そんな名前の映画じゃ客は呼べない。


 オープニングが終わると、いきなり途中の会話から始まった。これでは参加者以外が見ても何のことかわからない。


地球代表「いくら水の最大保有量が多くても、砂漠だとひからびない?」

 ミラーエッグの体は卵の殻のように外側だけで、中は水が詰まっていることに対し、僕はそう指摘した。

 僕が話した内容を忠実に再現しているが、別人の声だ。外国映画のように明らかに声優がアフレコで声を入れている。ご丁寧に字幕まで入れている。

運営甲「問題はその点です。A星には光はありますが、熱という概念がないのです。向こうの液体は蒸発しないので、こちらの水にそのまま置き換えるだけではダメなのです。そこで外部の水分を中に取り込むが、中の水分が外に逃げにくい構造にします。家の壁に張る防水シートで、湿気が一方向しか通らない商品のようなものです」

 兄の清治はそう答えた。兄が運営甲なら妹は乙か。

 ミラーエッグは汗をかかない。熱という概念のないA星ならそれで充分だが、

地球代表「人が汗をかくように、水分を外に出すことで体温調整するんじゃないのか。水が抜けなければ、中の水がお湯になる」

運営甲「そこで、Low-Eガラスのように、ある程度の反射をすることで、できるだけ外部から熱をとりこまないようにします。緑色の曲面なので、鏡ほどではないですが、顔を映すこともできるでしょう」

 ミラーエッグの表面に遮熱機能を持たせて、その問題を解決。


 画面一杯に「終」の文字が表示され、超短編映画は終了した。


「今のは何だ?」

 僕はハミナに質問した。ハミナは子猫がそうするように、適当な遊び相手を見つけてじゃれている。

 返事がない代わりに、また新しい映像がスクリーンに映し出された。


 化粧で使う鏡台の一種で、鏡を正面とその左右に、合計三枚とりつけた三面鏡だ。デザインと壁や絨毯から西洋のアンティークのようだ。

 三面鏡は独りでに左右の鏡が動き、お互いに映し合う合わせ鏡の状態になった。

 床で遊んでいたハミナが壁に向かってジャンプし、そのまま映像の中に入った。

 ハミナは鏡台の上に上がり、映像の視点は左右の鏡の間に移動していく。

視点は左を向いた。ハミナの姿が、左の鏡に映り、その姿がまた右の鏡に映り、それがまた左に映るという現象が繰り返されている。反射率100パーセントの鏡は存在せず、繰り返しの回数は有限である。それでも、見ただけで頭が混乱する。


「それがどうした?」

 僕はスクリーンに向かって聞いた。まだ返事はない。

 また映像が代わり、台の上にたくさんのミラーエッグが綺麗に並べてある。

視点はミラーエッグ同士の隙間に入っていく。

 拡大されたミラーエッグの表面に隣のミラーエッグが映る。視点はさらに拡大され、ミラーエッグに映ったミラーエッグの表面に、またミラーエッグが映っているのがわかる。

 視点は最初のミラーエッグの表面を移動する。各方向にあるミラーエッグが、互いに映し合って、さきほどの合わせ鏡を思い起こさせる。


 次は白人男性が登場した。英語で挨拶をすると、すぐに日本語のアフレコが入った。

「エンジニアにとって、このゲームの開発は大きなチャレンジでした。氷の表面に映り混むかすかな映像まで省略することなく、よりリアルな体験をプレーヤーに提供できたと自負しています。もちろん、最新のGPUを使用した場合の話ですが、二年前のゲーミングコンピュータでも画質を落とせばプレーできます。無理に最高画質でプレーすると、動作がおかしくなったり、フリーズしたりするので注意してください」


 そこまで観ると、ようやくキズキの言いたいことがわかった。


 ミラーエッグの大きな特徴のひとつである、光を反射する体表は、鏡のように周りの情景を映すため、複雑な計算を必要とし、データ処理負荷が大きい。温暖化を止めるほどの繁殖をすれば、古いコンピュータで最新のゲームをプレーするようなリスクを生じ、最悪地球のあるこの宇宙がフリーズしてしまうおそれがある。


 あの差し入れにも意味があった。

 彼女は、僕にリフォーム現場に差し入れをするよう指示したが、すぐに帰るようには言っていない。僕の判断でそうしたまでだ。

 キズキはA星の植物を大量繁殖させるように、地球の運営に指示したが、その表面に光を反射させるようには言っていない。地球の運営の判断でそうしたまでだ。

 彼女は僕に差し入れという体験をさせることで、運営の過失をわからせようとしたのだ。そんな面倒なことしなくても口で言えばわかるのに。

 

 部屋の照明が点いた。


 ハミナが床の上にいる。スクリーンに入ったのは幻だったのかもしれない。そして、キズキの声で、「ほぼ正解です」と言った。

「以前、お話したかもしれませんが、西洋には、深夜に三面鏡を覗くと幽霊が出るという迷信があります。これも計算負荷が増大し、空間処理に異常をきたしたことが原因です。ただ、今回の場合は多重映り込みがなくても、個体数が多いため相当な負荷がかかります。ただでさえ光の反射は計算が複雑です。ガラスの存在さえ、かなりの負担になっているところに、鏡のような生き物が大量発生するのは危険きわまりないのです」

 そんなに恐ろしい問題だとは知らなかった。この一大事をクイズにする相手の気持ちがしれない。

「結局、責任を運営に押しつけるつもりか?」

「そんなつもりは毛頭ございません」

「じゃあ、何が正解だ?」 

「反射機能がなければいいのです」

「それじゃあ夏場はどうする?」

「クマムシみたいに高温に耐えられるように設定すればいいのです」

 水がなくても120年生き、150度の高温に耐える。

「あれは名前は虫だが、特殊な生き物で、すごく小さい」

 体長1ミリ以下で、同類の生き物が存在しない。

「クマムシは生物絶滅に備えて、他の生き物とは関係なく、運営が特別に用意した存在です。もし生物が全滅すれば、参加者がゼロのイベントとみなされ、その宇宙は解散することになります。クマムシ以外が絶滅しても、生き残ったクマムシからまた様々な生き物に分化させ、また地球で生物が活躍できるのです。今回も他の生き物との整合性などとる必要はありません。特殊な生き物で小さくても、光合成ができればいいだけの話です」

 そう言うけど、あまり変な生き物だと生物学者が困るだろう。ミラーエッグの表面反射だって、現在調査中なんだから。

「そんな小さな生き物をウサギくらいの大きさの動物が食べるのか?」

「別々の場所で発見されたのだから、関係ありません」

 そうだった。

「運営はこの問題にもう気づいているか?」

「私の知る限りはまだです」

「彼らの力で対処できるだろうか?」

「正直、無理だと思います」

「君が提案しなければ、こんなことにはならなかった」

「私が提案しなければ、温暖化で大量絶滅か、旧世界が壊滅したでしょう」

 彼女の提案自体は悪いものではない。運営は大きなミスをした。それは普通なら取り返しのつかないミスだ。だが、

「そう言うが、やはり君にも責任の一端はある。いまのうちにミラーエッグの仕様を変更してくれないか?」

 僕は頼んだ。

「お断りします」

 彼女は、僕の頼みをあっさりと断ってくれた。だが、こちらも簡単には引き下がれない。


「ユニバースの運営とマルチバースの運営といえば、大家と店子も同然」

「宇宙はもの凄い数があります。ひとつくらい減っても構いません」

「だけど、君が努力して合併させた、芸術作品みたいなものだろう。無くなるのは惜しくはないのか?」

「私は合併そのものにこだわっているのではなく、宇宙の数が多すぎるので、減らすため、合併を進めているのです。自ら消滅してくれるのは大歓迎です」


 あっさりと言い負かされてしまった。


「地球代表の僕が頼んでも、だめなのか?」

「はい」

「もし、また他の合併を受け入れるとするならどうか? もちろん条件次第だが」

 追いつめられていた僕は、気軽にそんな発言をしてしまった。

「検討してみます」

 そう彼女が言うと、ハミナは消えた。



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