第27話:騒動の後


終章


 リュスカは日差しが燦々と降り注ぐ昼の森を歩いていた。

 ディーノ術のおかげで太陽の下を歩けるようになってから、リュスカはこうしてよく昼の森に散歩に来ている。いつもは一人が多いのだが、今日は久しぶりに城下へと降りてきたレイナルドも一緒だ。


「そっか、アーガトン陛下の意識も戻ったのか」

「おかげさまでね。まだ政務への復帰には時間が必要だけど、もう命の危機はないと医師からのお墨つきも貰えたよ」

「それはよかった。ってことは、残る問題は城の修復だけになるのか?」

「そうだね。今は兄上も自主謹慎中だから、今は私の主導で修復に当たってる。まぁ、いろいろ考えなければいけないことはあるけど、概ね問題はないよ」


 王城襲撃の後、アーガトンはラッセルの処方した薬により意識が回復したそうだ。ジェラールのほうは批難が多数出るかと思ったが、一連の事件が王国法廷よりシードの単独犯行だと結論づけられると、「専属の騎士に裏切られた哀れな皇太子」として批判よりも憐情の声の方が大きくなった。おそらくあの日、王城が襲撃された様子を目の当たりにした者が多かったからだろう。

 もちろん、だからと自分のしてきた行為を許せないジェラールは必死に事実を説明し罰を求めた。しかし皇太子の名に傷をつけてはならないという一部の有力王族の意見が重視され、結局真実は伏せられてしまった。

 そんなことがあったからか、今、ジェラールは自らに謹慎を科し自室の扉をかたく閉ざしているという。


「兄上も、少しお疲れだったから、この機会に休んで貰おうと思ってね」

「それならいいんだけど。でも、あの時はびっくりしたぜ。いきなり王位継承権放棄しようとするわ、シードと一緒に死のうとするわ……さすがアンタの兄ちゃんだって思ったよ」

「ハハハ……母親は違うだけで、私たちは双子の兄弟のようなものだからね」

「それだけ仲がいいってことだよ。……だけどさ、本当に大丈夫なのか?」

「何がだい?」

「ほら、最後にシードが呪いとか何とか言ってたじゃん? あれからかなり落ち込んでたみたいだったけど」


 シードが堕ちる直前に放った言葉を思い出して、リュスカは背筋を震わせる。呪いなんてあるわけないと思うが、あの男ならなんでもできそうな気がして怖い。


「ああ、あの呪いのことね……まぁ、呪いといえば呪いにもなるけど、兄上からしたら重たい枷になるのかな」


 レイナルドが何とも言えない、複雑な顔をする。 


「――――お前は生きて皇太子としての役目を果たせ。そして俺のような悪魔が二度と生まれないよう、最後の最後まで足掻いてみせろ」

「え?」

「シードが兄上に告げた、最後の言葉だよ」


 あの後、茫然自失となったジェラールから聞いたそうだ。


「シードがそんなことを……?」


 ジェラールに対して生きろ、だなんてまるでシードの言葉とは思えない。

 しかし思い出してみればあの時、シードはジェラールを捕まえながらもすぐに殺そうとはしなかった。あれだけジェラールが殺せと促したというのに、最後まで首もとに沿わせた剣を引こうとはしなかった。と考えると、やはりシードに殺意にはなかったのではないかとも思えてしまう。


 ジェラールとシードがどんな関係だったのか、リュスカは知らない。しかしシードのために一緒に死んでもいいと考えるジェラールと同じように、シードの中にもジェラールになんらかの感情があったのではないだろうか。だからシードは最後に、ジェラールに対して呪いをかけたのだ。ジェラールが王位継承権を放棄しないように、そして間違っても自分の後を追おうと考えないように。


 これはあくまでもリュスカの予想であって、すべての真相はシード本人にしか分からないだろうが。


「本当、どこまでも自分勝手なやつだな」

「まぁ、私としては助かったけどね。……私には兄上を止められなかっただろうから」


 レイナルドは安心した顔をしながらも、どこか悔しそうだった。

 きっとレイナルドも、ジェラールとシードの隠された絆に気づいているのだろう。だからこそ兄を取られたような気分になっているのだ。

 レイナルドは結構なお兄ちゃん子。気づいたリュスカは思わず笑ってしまった。


「まぁさ、今は辛いかもしれないけど、アンタがいればいつか元気になると思うぜ」


 こんなにも温かく、そして大切に見守っている家族が傍いるのだから。


「何、リュスカ、嬉しいこと言ってくれるね。ああ、それとも私が兄上のことばかりだから嫉妬した?」

「んなわけあるか! アンタさ、いい加減その常春な頭なんとかしろよ!」

「仕方ないさ。リュスカが隣にいるだけで私は幸せなんだからね」


 そしてお決まりの抱きつき攻撃に、リュスカは辟易とする。しかし以前のような抵抗感はなくなった。どうやら何度も抱擁されているうちに、慣れてしまったらしい。


「―――――と、おや、あそこにいるのはディーノじゃないか?」


 リュスカを抱き締めていたレイナルドが、何かを見つけて声を上げる。抱擁を解いてレイナルドが指差した方を見ると、腰の辺りまで茂った草むらの影に身を潜めるディーノの背中があった。どうやら隠れながら何かを観察しているようだ。


 顔を見合わせたリュスカとレイナルドが、一つ頷いてから忍び足で近づく。


「ディーノ」

「あ、リュスカにレイナルド」

「何見てるんだ?」

「アランとラッセルだよ。何か真剣そうな顔してるから喧嘩してるんじゃないかって……」

 説明を受けてからディーノの視線の先を見ると、アランとラッセルが二人きりで対峙していた。二人とも、ディーノが言うように強張った顔で向かい合っている。

 三人は耳を澄ましながら、二人の様子を見守った。

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