第28話:新たな一歩



「ラッセルが俺を呼び出だすなんて珍しいな。どうした?」


 あの大惨事の後、アランは急遽皇太子の専属の護衛となった騎士団長に代わり、団長代理として騎士団を取り纏めて城の修繕にあたっていた。

 ラッセルのほうは本人の希望で創薬研究所に退任届を出そうとしたらしいが、レイナルドから「王国にはラッセルの力が必要不可欠」と諭されてしまったため、今もまだ正体を隠したまま研究所に残っている。


「ちょっと確かめたいことがあったから……」

「確かめたいこと?」

「コゼットのこと。アランは許すって言ったけど、あれって皆がいたからでしょ。違う?」


 真剣な顔のラッセルに、要件を察したアランが何と返そうか考え込む。

 どうやらラッセルは、アランがまだ本心では自分を許していないのだと思っているらしい。だがそれも仕方ないのかもしれない。

 暫しの沈黙の後、アランが静かに口を開く。


「――――目の色」

「え?」

「今はディーノに変えて貰っているのか?」

「ああ、うん。本当は薬もあるんだけど、今まで使ってたものは副作用が強いから今後は服用禁止だってレイナルド様に言われてね。新しい薬が完成するまでディーノに頼ることになったんだ」

「副作用があったのか?」


 初めて聞く話に、アランは驚かされる。


「強い薬草を使ってるから内臓への負担が大きいんだ。あと貧血を起こしやすくなるから、何度か倒れたこともあったかな……」

 さも当たり前のようにラッセルは説明したが、アランからして見れば強すぎる副作用だ。


「そんな危険な薬を、ずっと飲んでたのか?」

「背に腹は替えられなかったからね」

「悪かったな、気づいてやれなくて」

「な、何言ってるの。そんなのアランが謝ることじゃないでしょ。それよりも最初の……」

「いつか」


 アランがラッセルの言葉を遮って話し出す。


「ラッセルやリュスカ、それに他の混血たちが本当の目の色を隠さなくてもいい日が来るよう、俺も全力を尽くす」

「ア……ラン?」

「それまでは辛いかもしれないが、我慢しれくれ。あと……今度から俺たちの前では目の色を隠さなくてもいいぞ」


 ラッセルの瞳が、アランの目の前で子供のように大きく開いた。


「どうせ俺がラッセルの目の色を見るのを嫌がってるとでも思ったんだろ?」


 言ってやると、ラッセルが苦い顔をした。

 ラッセルは自由奔放で常に自分が一番だと気取ってはいるが、実は誰よりも気遣いができる男だ。それは長い付き合いのアランが一番よく知っている。リュスカに薬が染みると言われれば文句を言いながらも配合に変えているし、ディーノが一人で留守番している時はなんらかんら理由をつけて部屋に行ってやったりしている。それと同じで、目の色ことも気にしているのだろう。


「別に俺に気を遣わなくてもいい。それに本当にもう怒ってはいない。俺たちは仲間だろう? それに、ラッセルの目の色は綺麗だから、俺としては隠すのは逆にもったいないって思ってる」

「なっ……」


 はっきりと言ってやると、ラッセルはプイッと顔を横に逸らした。心なしか、その頬が赤くなってる。


「まったく……アランも皆も、どうしてそんなお人好しなの」

「それは皆がラッセルを好きだから。そうだよな、皆?」


 背を翻して、アランが草むらに隠れている三人に声をかける。すると後ろの草むらから、リュスカ、ディーノ、レイナルドが順番に顔を出した。


「もっちろん!」

「大好きだよ! ラッセル!」

「私も同じ思いだよ」


 突然現れた三人に、ラッセルが心底驚いた顔で瞬きを繰り返す。どうやら話に集中していて気づかなかったらしい。


「いつからそこにいたの?」

「最初から」

「嘘、信じられない」


 ラッセルが嫌そうに眉間に皺を寄せるが、その顔から嬉しさは消えていなかった。

 そんな様子を穏やかな顔で見ていたアランが、二人の元にやってきたレイナルドの前で突然片膝をつき、そして両手で持ち上げた自らの剣をレイナルドに捧げる。


「アラン? 急にどうしたんだい?」

「レイナルド様。今回の一件で私はずっと探していたコゼットの死の真相に辿り着くことができました。それもすべてレイナルド様と漆黒の蝶のおかげです。そのことを深く感謝するとともに、私は貴方様に生涯の忠誠を誓うことを約束します」


 それは騎士が自分の主を決めた時に行う儀式であり、騎士にとっては重たい決断だ。


「アラン……しかし、そんな重大なことを簡単に決めては……」

「いいえ、簡単に決めたのではありません。きちんと考えての決意です」


 戸惑うレイナルドをアランは真摯な表情で見つめる。


「五年前、コゼットを娶ると決めた時、私は父上に反対されたら家を捨てる覚悟でいました。ですが最後の最後で踏み切れず、ずるずると無駄な時間ばかり過ごしてしまった。そんな中途半端な覚悟がコゼットを失う原因になったのでしょう……。だから、私はもう二度とそんな間違いを犯さないために、決断に至ったらすぐさま一歩を踏みだそうと決めたのです――――ですからどうか私の剣をお受け取りください」


 アランがレイナルドの返答を待っていると、ふと隣に人の気配を感じた。姿勢を崩さず視線だけで気配に目をやるとそこには同じように膝を着き、胸飾りに手を当てるラッセルの姿があった。


「僕も騎士ではありませんが、今回の一件で心を覆っていた闇を払拭することができました。そのことを心から感謝するとともに、貴方様への忠誠を誓わせて頂きます」

「アラン、それにラッセルも。……本当にいいのかい?」

「はい」

「もちろんです」


 二人が迷いなく頷くと、レイナルドは「そうか」と嬉しそうな笑みを浮かべ、ゆっくりとした動作でアランから剣を受け取った。そしてその剣先をアランとラッセルの間に置く。そして一呼吸置いた後、表情を引き締めたレイナルドは高らかに宣言した。


「アラン=コラロル、及びラッセル=フラン。私は今この時、其方等の忠誠を受け取り、主従の契りを結ぶことを宣言する」


 剣の腹を二人の肩に軽く当て、最後に自分の目前に持ってきて額を当てる。こうすることで三人の魂は繋がり、主と最期の時まで生死をともにするという契約が成立するのだと、レイストリックでは太古から伝わっている。


「――――ありがとうアラン、ラッセル。君たちの力に恥じない主となるよう、日々邁進するよ」


 儀式を終えたレイナルドが、アランに剣を渡す。

 その様子を見ていたリュスカとディーノが、目を輝かせながら三人に駆け寄った。


「すげぇ! なんか騎士とか忠誠とか、格好いいな! 俺らもちょっくらやってみるか?」

「うんうん! それいいかも!」

「いや……リュスカは未成年だから無理だし、ディーノも親御さんに許可を貰わないと……」


 何やらちょっとばかり忠誠の意味をはき違えている二人に、レイナルドは困惑しながら説明する。その三人を後目に、アランはふと空を見上げた。


 青い空の下、人間と混血と魔族が手を取り合い笑っている。きっとこれがコゼットの望んだものなのだろう。まだまだここは小さな場所だが、いつかはもっともっと大きなものにして、その中でもっと多くの友人たちと暮らしていきたい。

 アランは首にかかった二つのペンダントをギュッと握り締める。


 ――見守っててくれ、コゼット。


 空から柔らかく降りてきた風は、まるで彼女からの返事のようだった。

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