第25話:開戦の真実


「兄上!」


 時計塔の最上階。長い螺旋階段を上った先にある小部屋に、ジェラールはいた。


 そこは埃の積もった簡素な部屋だった。本来時計塔の最上階は他国からの急な進軍がないかを観察する場所として使われているため、皇太子のような高貴な人間が訪れるような場所ではない。そんな場所にいるということは、何か思惑でもあるのではないだろうか。そんな風にリュスカは考えながらレイナルドの後ろに控える。


「おや、こんな時間に誰かと思えば」


 外を一望できる窓の前に立ったジェラールが、穏やかな表情でレイナルドを迎えた。


「兄上、夜分遅くの訪問失礼いたします……とは言っても、私達がくるのが分かっていたご様子ですね」


 リュスカたちの唐突の訪問にもまったく驚かないジェラールを見て、レイナルドが苦笑する。


「そうかい? これでも驚いている方だよ」

「御謙遜を。それでは時計塔の外に警備兵が一切いなかった理由がつきません」


 レイナルドの言うとおり、ラッセルの部屋からここに着くまで一人の警備兵とも出会さなかった。ゆえにここに入るまで、シードの情報が狂言ではないかと疑ったほどだ。


「まぁ、そんなことはいいじゃないか。さて……――分かってはいても圧巻だね。王族に貴族に混血、それに魔族が一緒に行動しているなんて。こんなのこの国始まって以来のことじゃないかい?」


 ジェラールが五人をぐるりと見遣って、また笑う。


「皆、私の大切な仲間です。心を通わせるのに地位や種族なんて関係ないと私は思っているので」

「フフ……お前は変わらないね。昔からいくら大人に怒られても、地位の低い街の子供と遊ぶのを辞めなかった」

「ええ。そしてそんな私を、いつも影から庇って下さっていたのは兄上でしたね」


 昔を語り合う兄弟の姿は、どこからどう見ても温和そのものに見える。本当にこの二人は対極に立っている者同士なのだろうか。思わず不安を覚えるリュスカの疑問に答えを出すかのように、レイナルドが話の核心に触れた。


「しかし、私はここへ昔話をしにきたのではありません。――兄上が陛下の暗殺未遂及び、貴族三名の殺害を企てた真犯人だということを確認しにきたのです」


 証拠は揃っていると突きつけ、ジェラールの反応を待つ。当然、五人の予想は否定を突きつけてくるだと思っていたが。


「そうだよ。私が全て計画し、シードに実行させた」


 穏やかな表情のまま一瞬も躊躇うことなく罪を認めたジェラールに、レイナルドがあからさまな動揺を浮かべる。


「……ッ、それだけではありません。陛下暗殺未遂の罪を無実である魔族の青年に被せ、ライウェン王国との開戦を促せた」

「それも否定しないよ。ただ、今それを私に突きつけたところで、私が王国法廷に立ち罪を認めない限り戦争は止められないよ。開戦の宣布は明日。そこで宣言をしてしまえば、もう誰であっても止められない」


 一度開戦で動き出してしまえば、ジェラール本人が後で撤回を告げたところで容易に止まれなくなる。強引に止めれば国民から大きな反感を買い、国家が揺るぐ事態になるからだ。

 ジェラールはそこまで考えているから、ここまでの余裕があるのだろうか。


「なぜそれほどまでに戦争を望むのです? 兄上は魔族を武力で隷属させるような無慈悲な方ではなかったはずです」

「……人間、年を取れば考えなんてあっさり変わるものだよ」


 どれだけ強く訴えても、レイナルドの言葉はジェラールに届かない。まるで流れ落ちる砂を強引に掴もうとしているみたいだ。 

 そんな遣り取りを眺める最中、ふとリュスカは気づく。


「なぁ、アンタ……なんか人形みたいだな」


 レイナルドに微笑みかけるジェラールから、まったく感情が感じ取れない。そんな違和感に気持ち悪くなってしまい、つい王族同士の話に口を出してはいけないと分かっていながらも、口から溢してしまった。


「私が人形? ハハッ……君は面白いことを言うね」

「だってさ、普通明日から戦争始めようって奴はもっと闘士が満ち溢れるもんだろ。絶対相手に勝つぞ、って感じに。それなのにアンタはもうすべてが終わったって顔してる」


 たとえば明日から本格的な戦争が始まったとしても、ジェラールは剣を取らずただ父親に代わって玉座に座るだけだろう。誰が敵を倒そうが、誰が敵に倒されようが、ただ微笑みながら見ているだけで何もしない。そんな光景がリュスカの頭には浮かんだ。


「なぜそう思うんだい?」

「理由は……分からない。ただ、そういう風に見えたから。……ごめん、レイナルド。変なこと言って話の邪魔した」

「――っ! いや、リュスカの言葉は間違っていない」


 直感だけで詳細を説明ができないリュスカが引き下がろうとした時、レイナルドが何かに気づいた素振りを見せ、「なるほど、そういうことだったのか」と一つ頷いた。


「ようやく分かりました兄上、貴方の考えが。兄上は戦争を開き……わざと負けるおつもりですね?」


 レイナルドが導きした答えに、ジェラール以外のその場の全員が驚愕した。


「私は兄上が戦争を口にした時から、ずっと疑問に思っていたことがあります。それはライウェン王国と戦った場合、レイストリックはどうやって魔族に勝つのかということです」

「おや、お前は我が国の武力を信じていないのかい?」

「確かにこの国は昔、ライウェン王国に負けてから様々な技術を磨いてきました。軍事技術も医療技術も、そして兵の数も敗戦当時とは雲泥の差でしょう。しかしそれでも私が思うに、我が国が勝つ可能性は二割以下だ」


 たとえ百戦錬磨の狂戦士がいても、腕利きの副団長がいても、ライウェンの隙をついて奇襲をかけても勝率は変わらないとレイナルドは無情に言い切る。


「魔族は種族を守ることに徹している国です。おそらく国を守るためなら、容赦ない攻撃を繰り出してくるでしょう。私は実際にディーノの力を目の当たりにしています。それらから考えて、あちらが本気になればこちらは国の存続危機に陥るほどの損害を受けることになることは明白です」


 確かにディーノが使う術は、攻撃術が苦手だと言いながらも強力だ。これで戦争になり、前線へ攻撃術に長けた魔族が現れたら、剣と盾しか持たない人間なんてひとたまりもないだろう。


「ただ、こんな私がすぐに気づくようなことを、兄上が気づかれないはずがない。そこから辿り着く答えは一つだけ。――それは、この国を壊すこと」


 そうレイナルドは断言する。


「兄上はこの国を崩壊させたい。そのために戦争を計画しただけでなく、シードに貴族まで殺させた。……っ、まさか…………」

 

 一連の事件とジェラールの計画を頭の中で結びつける中で何かに気づいたレイナルドが、驚愕に両目を見開く。


「今回の計画の根底にあるのは……裏舞踏会?」


 レイナルドが信じ難いといった様子で呟いた言葉に、ジェラールが初めて驚いた素振りを見せた。

 

「ハハッ……さすがは我が弟だ。それだけの情報で真の真相に辿り着くとは。たった二日生まれるのが遅かっただけで皇太子の座を手に入れられなかったことが、口惜しくなるほどの才覚だよ。お前自身も、さぞかし生まれを悔やんだことだろう」

「いえ……私は生まれを恨んだことはございません」

「そのせいで母君から手酷い仕打ちを受けたというのに?」

「そのことに関して辛くなかった……と言えば嘘になります。ですが、その代わりかけがえのない友人たちと出会うことができました」

「かけがえのない友人、か。羨ましいね。私にもお前の仲間のような者たちがいれば、少しは違う未来を……いや、それは無理か」


 レイナルドを始めとした漆黒の蝶のメンバーを羨ましそうに見回したジェラールだったが、すぐに否定するように首を横に振った。


「なぜそう思われるのです?」

「私はもう、人を信じることができなくなってしまったからね」


 五人から視線を外し、窓の方へと足を進めたジェラールがゆっくりと夜空に浮かぶ月を眺める。


「……五年前のあの日も、今夜のような明るい月が出ていた」


 今日は満月に近いからか、夜を照らす光が一段と明るい。月光の下に立ったジェラールの表情が、はっきりと確認できるぐらいだ。


「私は五年前のある夜、ある貴族に誘われてとても残酷な宴の場に連れて行かれた。それは今でも思い出すだけで腹の中の物をすべて吐いてしまいたくなるほどのものだったよ」

「っ……」


 残酷な宴。すぐに裏舞踏会だと悟った五人の顔が一瞬で険しくなる。その中でも一際顔色を青くしたリュスカに気づいたジェラールの瞳がかすかに揺らいだ。


「そこにいる混血の君も、あのおぞましい宴の被害者なんだね」

「リュスカだけではありません。アランと将来を誓った婚約者も犠牲になりましたし、ラッセルもまた心に深い傷を負っています」

「そうか……」


 ジェラールから「悲しい」という感情が流れてくる。さっきのような人形を見ているような違和感は抱かないから、多分これがジェラールの真の姿なのだろう。


「こんな多くの悲しみを生んだ、あの裏舞踏会は当時の貴族が一時の悦楽を得るためだけに開いたものだった。そして恥ずかしい話、その中には王族もいた」

「なっ……!」

「さすがのお前でも、そこまでは気づかなかったようだね。まぁ、その者たちは私がすぐに別の罪を突きつけて遠国に追いやったから、気づかなくても無理はない」


 自分ととくに近しい人間たちが裏舞踏会にかかわっていたことが相当衝撃的だったのだろう、今まで努めて冷静にしていたレイナルドの拳が強く握られたまま震えていた。ただ、心の底からの怒りを表していたのはレイナルドだけではない。ジェラールもまた唇を噛んで、悔しさと怒りを露わにしていた。


「あの悪宴の場から帰った後、私は心底思ったよ。こんな腐った人間たちが治めている国なんて、一度すべて壊れてしまえばいい。無にかえった方がマシだ、とね」

「三人の貴族を殺害したのも同じ気持ちで、ですか?」

「ああ、そうだ。あの者たちは裏舞踏会の件で本来、極刑で罰せられるはずだった。それなのに私がまだ若いことと、彼らの地位が高いという理由だけで罪にも問われなかった。それだけでも許されないというのに、今になってまた裏舞踏会を再開させようとした……だから死んで当然だよ」


 過去の宴はジェラールが裏で手を尽くし根絶させた。しかしファレーたちは水面下で裏舞踏会の再開を計画していたらしく、マーグにおいてはすでに動き出し、小さいながらも宴を開いていたという。

 その話を聞いた時にリュスカたちが思い出したのは、マーグの侍女殺しだった。彼女はおそらく新しく作られた裏舞踏会の最初の犠牲者だったのだろう。ジェラールは新たな犠牲者を生まないために、戦争よりも先にマーグたちを密かに葬った。

 リュスカたちの中で、すべてが繋がる。


「今でも……夢に出てくるんだ。あの悪宴で虐げられていた被害者たちが……出てきて私に『助けてくれ。もう止めてくれ』と訴えてくる」


 初めてジェラールの声が震えた。 


「その者たちのためにも、私はこの国の中枢を壊す。そしてもう二度とあんな醜い宴は開かせない」


 ジェラールの主張は、耳に届く分には罷りとおっているように聞こえる。だがリュスカにはどうしてもそれが正しいとは思えなかった。


「……俺らみたいな被害者を作らないためにこの国を壊すなんて、間違ってる。そんなの俺らは望んじゃいない! 俺はただ存在を認めて欲しいだけなんだ!」

「だが君も知るとおり、この国には君たち混血を認める人間はいないよ」

「いいや、いる! 少なくともレイナルドやアランは認めてくれた! そういう奴らがまだ残ってるのに、どうして早々と諦めようとするんだよ!」


 リュスカには難しいことが上手く伝えられない。ただ、それでもジェラールに皆の優しさを理解して欲しくて、強く訴えた。するとリュスカの隣でアランに身体をさせられていたラッセルが続けて訴えた。 


「そうです、ジェラール様。僕は混血を隠したうえ、彼らを裏切ったというのに、それでももう一度僕に手を差し伸べてくれた。たしかに彼らのような人間はこの国に少ないですが、国民の中に同じ考えを持った者もいるはずです!」

「だが、その良心を信じたところで次に待つのは過去の汚い歴史だけだ。美しい混血を求めて人間同士が争う最悪な、ね」


 戦争をやめれば悪宴が蘇り、混血を認めれば醜い歴史が蘇る。なんて救いようのない国なのだろうかと、ジェラールは嘲笑った。


「いいえ、兄上。私はそうは思いません。国民と我々王族は言うなれば鏡。我々が欲に負ければ国民も負けますが、我々が己を厳しく律し、道を踏み間違えなければ国民も踏み間違えることはありません」

「ジェラール様、私もレイナルド様と同意見です。それはレイナルド様の背に続いている我々を見ていただければ分かるかと」


 レイナルド、アランと続き、さらにディーノも身を乗り出した。


「僕も同じ意見だよ! レイナルドたちは勝手にこの国に飛び込んで来た魔族の僕でも嫌がらず受け入れてくれて、マリクを助け出す協力もしてくれた。皆は絶対に将来この国の希望になれる。それに魔族にだって、きっといつか人間や半分の子と手を取り合おうって考える日が来ると思う!」


 漆黒の蝶は小さな組織だが、そこではすべての種族が手を取り合っている。この組織があるかぎり必ず開けた未来は訪れる。四人はそう訴える。


「どうか彼らを見てください、兄上。我が国の未来には小さいですがまだ可能性が残っているのです。その芽を育てる前に踏みつぶしてしまうおつもりですか?」

「レイナルド……」

「それに、一度戦争を起こしてしまえば兄上の希望どおり国は滅びますが巻き込まれた国民や魔族、そして混血に必要のない悲しみが降りかかります」


 レイナルドが辛そうに顔を顰める。


「命を奪ったり、傷つけ合ったりたりするだけではなく、中には戦火に紛れてマーグたちのような愚行に及ぶ者も出るかもしれない。兄上がしようとしていることは、そんな悲しみの種を蒔くことにもなるのですよ」

「私が……あの汚れた貴族たちと同じことを……?」


 ジェラールの瞳が大きく震える。自分が一番憎んできた者たちと同じ道を歩もうとしていることを悟って、酷く動揺しているようだった。

 これで気づいてくれれば、とリュスカは願った。ジェラールはレイナルドと同じで才覚もあるし、王たる器も持っている。そして何より心が優しい。今回のことだって優しすぎるゆえに起こしたことだ。きっとジェラールとレイナルドが手を取り合えば、懸念するような未来は訪れないだろう。けれど――――。


「確かにそうだな……ただ……」


 ジェラールは苦しそうに、そして悲しそうに顔を歪めた。


「それでも……やはり、私はこの国を許すことができないんだ」


 最善の道があると頭では分かっていても、ジェラールの心がこの国を許せない。きっとそれほどまでに裏舞踏会の記憶がジェラールを心を蝕んでしまったのだろう。


「兄上……分かっては……貰えないのですね」


 レイナルドの瞳がこれ以上ないほどに揺れた。悲しみに声も震えている。そんなレイナルドが次に取った行動は、ゆっくりと震える手で自らの剣を抜くことだった。


「レイナルドっ?」


 レイナルドが選んだ選択に驚いたリュスカが、声を上げる。


「私を斬るのか?」

「兄上のお気持ちは痛いほどに分かります。でも……それでも、私は私の大切な民を守りたい。そのために……兄上をこのまま進ませるわけにはいきません」


 レイナルドが抜いた剣をジェラールに向ける。ただ、その剣先は誰が見ても分かるほど震えていた。きっと今、レイナルドはその全身で己の感情と戦っているのだろう。無意味な戦争を止めるがために、民と同じぐらいに大切に思う兄を、自分の手で斬らなければならいないことに。

 五年前に心ない貴族たちが開いた裏舞踏会が、今でもこんなに多くの人間を翻弄しているなんて。兄弟の悲しい対峙を見つめていたリュスカは、心から裏舞踏会が憎いと思った。しかし思っているだけでは誰一人として裏舞踏会の呪縛からは解き放たれない。そう考えたリュスカは無言のまま歩き出し、レイナルドの剣の前に立った。


「リュ……スカ? 何をしてるんだ?」


 ジェラールを庇うようにして立ったリュスカに、レイナルドが瞠目する。


「レイナルドにジェラールは斬らせない。今ここで斬ったら、アンタは一生後悔して生きてかなきゃならないからな」

「それでも、国民を守るためには兄上を斬らなければならない。リュスカにだって分かるだろう? 戦争が始まってしまえば、ディーノだって危ないことを」

「分かってる。でも退かない。……俺、まだジェラールに言いたいことがあるから」


 引き下がるつもりはないと強く目で訴え、リュスカはそのままレイナルドに背を向ける。そしてジェラールと視線を絡ませた。


「私に言いたいこと、とは?」

「俺、五年前にあの悪宴の場にいた。奴隷として酷い扱いを受けてたんだ」


 リュスカが語る五年前の話に、ジェラールの身体が強張る。


「あの時は毎日が恐怖だったよ。今日は何をされるのか、どんな痛い目に遭うのかって毎日怯えてた」


 目撃者であるジェラールですら、当時の話に動揺するほどだ。被害者本人からすれば、口にすることすら辛い。だがどうしてもジェラールに伝えたいことがあったリュスカは、何とか恐怖を抑えて話を続けた。


「俺は俺たちに酷いことをする奴らが心の底から憎いと思った。できることならアンタと同じように、あの貴族たちを殺してやりたかった。でもさ……俺、アンタの話を聞いてちょっと救われたんだぜ。アンタは闇に葬り去られた被害者の苦しみを、今日まで覚えててくれてた。それがすげー嬉しかった」


 言いながらリュスカがジェラールの手を取る。そのまま両手で包んでやると、ジェラールの手が大きく震えた。

 初めて触れたジェラールの手は、初めてレイナルドが救いを差し伸べてくれた時と同じ温かさをしていた。


「ありがとな、俺たちのこと考えててくれて」

「き……みは……」

「だからさ、もうこれ以上苦しまなくてもいいぜ。アンタの優しい気持ちは受け取ったから。……きっとあの場にいた仲間たちも皆、同じことを言うと思うぜ。一国の皇太子にこんなに思って貰えてて嬉しいって」


 嘘偽りない感謝の気持ちをリュスカが皆に代わって伝えた瞬間、見開いていたジェラールの瞳から一粒の涙が零れた。それから堰が切れたかのようにどんどん涙が溢れてくる。


「私を……許すのか? 誰一人助けられなかった私を……」

「アンタは誰一人救えなかったわけじゃない。少なくとも俺の心は救ってくれたぜ」


 そう言って笑いかけると、ジェラールはとうとう涙に顔を落とし、その場に崩れた。


「兄上!」


 慌てて剣を収めたレイナルドが、ジェラールの下に駆け寄る。


「レイナルド……どうやら私は、道を間違えてしまったようだな」

「いいえ、大丈夫。今なら引き返せます。ですからどうか開戦を思い留め、魔族の青年を解放してください。これからのことは私も一緒に考えます。もちろん彼らも手伝ってくれることでしょう」

 

 そう言ってレイナルドがこちらを見つめると、四人は迷うことなく頷いた。


 そっと顔を上げたジェラールが夜空に浮かぶ月を見遣る。そうして今夜の月を瞳に焼きつけるかのようにじっと見つめると、何かを決意した顔で「分かった」と告げた。 





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