第17話:ファレー殺しの犯人


 レイストリックの王国騎士団は、五万を超える兵が所属する大所帯の組織だ。主な仕事は王族貴族の警護や王城の警備、王国の治安維持だが、有事では最前線に出て敵と戦わなければならない。


 従来、騎士というのは幼い頃から訓練を受けて見習いとなり、さらに厳しい訓練を積んだ後に叙任式を経て騎士の称号を手に入れる。だがライウェンとの開戦を目前に騎士の補充が必要ということで兵を公募したところ、予想以上の国民が集まり、所属兵が従来の二倍以上になったそうだ。数が増えると今度は管理が大変らしく、副団長のアランは引切りなしに動いている。


 その中、リュスカは新兵になれば城内に簡単に潜入できるということで、ディーノに頼んで術で目の色を変えて貰い、訓練所などで情報を収集していた。


「熊みたいな大男? さぁ、俺等一般兵の中じゃ、見たことねぇな」


 王城の敷地内に設けられた円形状の訓練所で他の新兵から大男の情報をきいてまわっているが、なかなか有力な情報と出会えない。


「そっか。ありがと、訓練中に悪かったな」


 石造りの訓練場は時に闘技大会なども行われることもあって、大人数の人間を収容することができる。客席で訓練の待機をしている人間も含めれば、ざっと二千人はこの場にいるだろう。しかし見回した限り、目を引くほどの大男の姿は見たらない。

 アランも上位騎士の立場から同じように探しているらしいが、騎士団内に該当する者はいなさそうだという。

 そうなると、あの夜見た大男は貴族が雇った私兵なのだろうか。


「それよりさ、お前もアレ目当てか?」

「ん? アレって?」


 周囲を探っている中、突然隣にいた新兵の仲間に話を振られたリュスカは模擬剣を振る練習をしながら耳を傾ける。


「ほら、今度の戦争で魔族を一人殺したらそれだけで特別報酬だって話。しかもかなりの額らしいぜ。その報酬を狙って、かなりの人間が兵士に志願したらしいな」


 魔族を一人殺すごとに特別報酬。初めて知った話にリュスカは怒りと震えを覚えた。今回の国王襲撃に魔族は一切関与していないのに、何もしらない人間は金のためにディーノやその家族の命を狙うようになる。

 なんて非道なのだろうか。

 これはやはり一刻も早く暗殺未遂の犯人を見つけて、開戦を止めなくては。


「でもなぁ、うちの国には戦場の狂戦士で名高いシード様がいるだろ? せっかく戦地に行っても、シード様が全部片づけちゃうって専らの噂だぜ」


 シードは確かラッセルと一緒にマリクに会いに行った時に会った男だ。不遜な男だったが、剣の腕は確かだった。

 あの男が戦場に立ったら、おそらく多くの魔族が犠牲になるだろう。想像しただけでも震えが止まらなくなる。


「お、噂をすれば。狂戦士様のご登場だ」


 不意に訓練場がざわついた。一同の視線が向かう先を見ると、そこには剣を手に持ったシードの姿があって。


「フン、ウジ虫共が。何千人集まろうが、どうせ役にも立たないだろう」


 来て早々、大勢の兵士に向かって悪態を吐く。しかし兵士の中には己の力量に自信を持つ者もいるだろうに、誰一人としてシードに反論する者はいなかった。つまり、それだけシードの力は恐れられているということだ。


「だが、ウジ虫でも暇つぶしぐらいにはなるだろう。おい、誰でもいいから俺の相手をしろ」


 シードが模擬戦の対戦相手を求め声を上げるが、場内は静まりかえってしまい、誰一人として志願する者は現れない。


「ハッ、よくもまぁこんな腐った根性しかない奴らばかり集まったもんだ」


 訓練場にシードの大きな笑い声が響く。


「まぁいい。それなら、俺から指名してやろう」

 

 剣を片手に歩き出したシードが、一人ずつ兵士の顔を確認する。顔を覗き込まれた者たちは即座に視線を逸らし、自分が相手に選ばれないことを祈り始めた。

 訓練場全体が異様な緊張感に包まれる。その中、不意にシードの足がリュスカの方に向いた。


 ——やばいな……。


 まだ正式に顔を合わせたことはないが、シードの直感力は侮れない。もしかしたら気づかれるかも、とリュスカは不安を覚える。


 ——いざという時は無様になってもいいから地に手ついて謝るか、それでもダメなら逃げるしかないか。


 もしもを考えながらリュスカはシードの動きを見つめる。

 その中、シードに声をかける者が現れた。


「シード殿、そのくらいにして下さい。ここにいる多くの者は新兵です。まだこれからの者たちなので、シード殿の相手は無理です」


 現れたのは騎士と新兵合同との剣術訓練のため、場内に降りてきていたアランだった。


「アラン=コラロル……若き副団長か。ああ、確かお前は団長と肩を並べるほどの腕を持っているそうだな。よし、だったらお前が俺の相手をしろ。そうすればコイツらに手を出さないでいてやる」


 俺を黙らせたければ、お前の血で俺の乾きを潤せ。

 シードがアランに向かって剣を向ける。そのまま逃げることは許さないとでも言うかのように、一歩ずつアランに近づいた。


「……畏まりました」


 シードからの挑戦を断れないと読んだアランが、溜息を吐きながら剣を抜く。


 それからすぐに二人の模擬戦は開始された。

 狂戦士と副団長。国内でも三本の指に入ると言われている猛者の戦いを近くで見ようと集まった者たちが作った輪の中、両者の剣がぶつかる音が高く響く。

 

 ——すごいな。


 シードの剣術は想像以上だった。しかも人一人を簡単になぎ倒せそうな大剣を、目で追うことができないぐらい早く振り回している。高い技術を持つ者の剣術は見る者を魅了するというが、シードのそれには魅力よりも畏怖という言葉がよく似合っていた。

 そんなシードにアランは渡り合っている。さすがあの若さで副団長まで昇り詰めた男だ、と友人として誇りに思っていたその時。


 ——あれ……?


 二人の戦いを見ていたリュスカの脳裏に、既視感が走る。


 ——シードの剣術、どこかで見たことがある。


 初めて見るはずなのに、自分はあの剣の動きを知っていた。どこで見たのか記憶の糸を懸命に手繰っていくと―――、リュスカの頭の中でとんでもない光景が浮かび上がる。

 夜の森、鋭い剣の閃光、そして大男。


 ——そうだ、ファレーの事件の時に戦った大男の剣筋と同じだ!


 思いも寄らず気づいてしまったリュスカが、驚愕に声を上げそうになった時。

 アランの剣が、大きく弧を描いて空に飛んだ。

 まさかアランが剣で負けたのかと見てみると、どうやらシードはアランの剣を自らの剣ではなく、体術を使って飛ばしたらしく。


「戦いは勝つことに意義がある。たとえそれが卑怯な手でもな」


 剣の戦いを挑みながら体術を使ったシードが、悪ぶれもなく語る。そして勝ち誇った笑みとともに大剣を振り上げた、次の瞬間。


「――――そこまでだよ、シード」


 穏やかな声が、シードを制止した。


「……チッ」


 狂戦士を一声で止めたのはレイナルドの優しい眼差しと同じ色を持つ、皇太子のジェラールだった。

 

「剣を降ろしなさい。訓練中に許可なく模擬戦を行うのは、禁止されているはず。それなのに皇太子専属騎士と副団長が揃って規律を犯すなんて……」


 ジェラールに咎められたシードは面白くなさそうに顔を顰めながら剣を鞘に戻すと、そのまま観衆に背を向け、訓練場から出て行ってしまった。


「申し訳ございません、ジェラール様」


 一人残ったアランも剣を収め、ジェラールに頭を下げる。


「いや、こちらこそ私の騎士が申し訳ない。どうせ、シードからけしかけたんだろう?」


 騎士相手に躊躇いなく頭を下げるジェラールは、まさに聖人君子と称されるに相応しい人間に映った。やはり兄弟なのだろう。優しい雰囲気がレイナルドとそっくりだ。

 ジェラールを見つめる新兵たちも、尊敬の眼差しを浮かべている。


「いえ、それは……」

「いいんだよ、分かっているから。シードには、私からきつく言っておこう。だから君には申し訳ないが、この場の混乱を収める役を任せていいかな?」

「もちろんです。畏まりました」


 ジェラールに柔らかな口調で頼まれたアランは、迷うことなく了承を渡した。

 そんな二人のやりとりを遠目で見ながら、リュスカは難しい顔で立ち尽くす。

 ファレー殺しの犯人はシードだ。この事実を早くレイナルドたちに伝えなければ。

 漆黒の蝶のメンバーに鳩を飛ばすため、周囲の喧騒に紛れながらゆっくりと訓練場の出口へと向かうリュスカだったが、なぜかその胸のうちには妙な胸騒ぎが走った。

 気持ちが逸る理由はわからない。けれど、何か今から大きなことが起こりそうな、そんな予感がするのだ。

 この直感がどうか当たらなければいいのだが。そう願いながらリュスカは訓練場から出る門を静かに潜るのであった。

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