第11話:囚われのマリク
何十段とある階段を降りた先は、日の光が一切入らないせいか空気が湿しすぎていて重苦しい空気が漂っていた。
まだ昼過ぎだというのに蝋燭がなければ真っ暗になってしまうこんなところでは、時間なんて分からなくなってしまうだろう。
そんなことを考えるリュスカは、たった一人で重厚な鉄の扉の前にいた。
手に持った銀の角盆には、食事と薬が乗っている。しかし薬を処方したラッセルは、ここにいない。なぜなら先程特別牢に入る際、女に飢えた厄介な牢番にリュスカが絡まれ、一悶着起きそうになったところをラッセルによって助けて貰ったからだ。今頃牢番は、ラッセルの巧妙な話術に翻弄されていることだろう。
いつ、予想外なことが起きても動じずに対処できるラッセルの度胸には、頭があがらない。感心しながら牢番から受け取った鍵で扉を開けると、中は通路以上の湿気に覆われていて、寒気すら覚えた。
本当にここは人を捕まえておく牢なのか。
リュスカが蝋燭の炎に照らされた人影に近づく。と、そこには両足と両手を鎖で繋がれた青年が冷たい石の床に横たわっていた。
ところどころ汚れてはいる着衣は、レイストリックでは見たことのない作りのもの。髪の毛の色も、ディーノから聞いたものと相違がない。十中八九マリクで間違いないだろう。
「おいマリク、大丈夫かっ」
リュスカがマリクの名を呼ぶと、横たわっていた身体が少しだけ反応を示した。
「……誰……だ」
少し遅れて、擦れた言葉が返ってくる。
「俺……あ、こんな格好してるけど男でリュスカって言うんだ。ディーノの頼みでここにきた」
「ディー……ノ……?」
マリクが窶れた顔を上げた。そしてリュスカをギッと睨む。
キリッとした顔つきは埃で汚れていなければもっと端正だろう。ディーノよりも若干明るい紫の瞳も、彼の容姿によく合っている。年はディーノと同じ十八だと言っていたが、食事を取っていないせいで随分痩せてしまい、若々しさが感じられない。
「証……拠は?」
「証拠? ディーノと知り合いだっていう?」
「そうだ……」
そんなことを言われても、提示できる証拠などリュスカは持ち合わせていない。ここにディーノがいれば一番なのだが、連れてくることなんてできない。
――どうしよう。
信じて貰えなければ万事休すだ。なす術なくリュスカが悩んでいると、ふとマリクが何かに気づいた様子で声を上げた。
「それ……」
「え?」
驚いてマリクを見ると、彼の視線はリュスカの腰にある道具袋に向けられている。
「もしかしてこのぬいぐるみか? そう、これディーノから貰ったんだ。なんだっけ、パソ、パン……パンダってやつのぬいぐるみ!」
リュスカは道具袋のぬいぐるみを取って、マリクの目の前に持っていく。
「確かに、これは彼の……ッ!」
食い入るようにぬいぐるみを見つめるマリクの顔が、顔が嬉しそうに、そして懐かしそう綻ぶ。
「これで、信じてくれるか?」
「ああ……分かった。信じよう」
「良かった。じゃあ話をしながら、とりあえず怪我の治療しようぜ」
マリクの信用を得たリュスカは、ラッセルに教えられた通りの処置を施していく。その間にディーノのこと、漆黒の蝶のこと、そして国の現状を語った。
「そうか……彼は今この国にいるのか」
「ああ、行方不明になったマリクを探して、この王国まで来ちまったらしい。で、メチャクチャ心配してる。……なぁ、マリクが国王を暗殺しようとしたなんて嘘だよな?」
「勿論だ! そんなことをする理由がない!」
「でも、じゃあなんで捕まったんだ?」
「……分からない。国境近くで突然襲われて、気づいたら血のついた剣を握らされた状態で、倒れたレイストリック国王の前に立っていた」
「ってことは、やっぱり催眠状態にあったのかもしれないな。まぁ、とは言っても、これは俺の専門外だから詳しくは分からないけど」
レイナルドも催眠の可能性を示唆していたと告げると、マリクは豆鉄砲を食らった鳩のごとく目を丸めた。
「お前たち……人間なのに、私の話を信じてくれるのか?」
「ん? ああ信じるぜ。だってマリクはディーノの親友だろ。あと、他の仲間は皆人間だけど、俺は人間じゃなくて混血だ。確かライウェンじゃ半分の子って言うんだっけ」
ディーノの友達ならいいか、とリュスカは躊躇いもなく自分の素性を明かす。と、さらにマリクの目が大きくなった。
「人間と混血が一緒にいるのか?」
「ディーノもいるから魔族も、だな」
「魔族と人間と混血……」
「おかしいか?」
「いや、彼がいる場所らしいと思っただけだ」
そう言って、マリクは少し笑った。初めて見るマリクの笑った顔に、リュスカも少し嬉しくなる。
「今、仲間やディーノが血眼になって国王暗殺未遂の真犯人探してるんだ。絶対に見つけ出して、マリクを助ける。だからマリクは、ちゃんとメシ食って寝て、こっから出られるようになるまで生き延びろ。いいな?」
「……変わった奴なんだな。お前たちは」
「一番変わってるのは、ディーノだと思うぞ。あと、俺の名前はリュスカだ。ちなみにもう一度言うけど男だからな」
絶対に間違えるな、そして俺に対して可愛いと口が裂けても言うな、と釘を刺すとマリクは声を押し殺しながら笑い、「こちらもできる限り足掻いてみる」と礼を告げたのだった。
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