第5話:罪深き子

「とりあえず、これで涙と鼻水拭けよ」


 腰のポシェットから小さな布を取り出して、男に渡す。男は布を受け取ると涙を拭き、お約束のごとく鼻を盛大にかんだ。

 あとで洗濯しないとな。


「ちょっとは落ち着いたか?」


 リュスカが呆れた顔で聞くと、男はまだ少し鼻を啜りながらも「うん」と頷いた。


「で、お前の名前は?」

「僕? 僕は……ディーノ」

「俺はリュスカ。あ、ここは俺の部屋だから、さっきの奴らはこない。だから安心していいぜ」


 さっきの警備兵もまさか街の人間が魔族を匿っているとは思わないだろう。


「ありがと、リュスカ」


 やっと状況を理解して安心したのか、ディーノは柔らかく微笑んだ。穢れのない純真無垢な子供のような笑顔だ。そんな顔を見ていると、警備兵たちが怖がるような存在には到底思えない。

 ただ、それでも人間が扱わないような術を使えることに変わりはないから、警戒は解けないけれども。


「でさ、さっきの奴らが言ってたけどディーノって魔族……なんだよな?」

「うん、そうだよ。リュスカは――――」


 そこで「あれ?」と首を傾げながら言葉を止めたディーノが、リュスカの顔をじっと見つめてきた。

もしやと思ってわざと視線を外すと、ディーノがおもむろに尋ねてくる。


「リュスカは、『半分の子』?」

「……何だ、半分の子って」 

「人間と魔族の間に、生まれた子のことだよ」


 やはりそうか。リュスカは苦々しい顔を浮かべた。

 どうやらディーノが暮らすライウェン王国では、人間と魔族の間に生まれた混血のことを半分の子と呼ぶらしい。

 

「……ああ、そうだよ。俺は魔族と人間の混血だ」


 リュスカは人間の母親と、魔族の父親から生まれた。といっても記憶にあるのは八歳の時に病気で亡くなった母だけで、父が誰なのかは知らない。そんなリュスカであるが、混血だからとディーノのように精霊の力を借りて発動する魔術を使えるわけではない。だったら人間と同じかと言われても、それもまた違う。

 混血の大きな特徴は身体能力の高さだ。身体は身軽でひとたび跳躍すれば、家の屋根なんて簡単に登れてしまうし、木の間をいくつも飛び移ることだって可能だ。また一介の警備兵ほどであれば剣を向けられても簡単に躱すことができる。


 そしてもう一つ、人間や魔族と決定的に違う点として挙げられるの瞳の色だ。

 混血は瞳が必ずオッドアイになる。

片方は人間の親の色に、もう片方――厳密に言えば、左目が必ず魔族の親の色である紫になるのだ。ゆえにリュスカの瞳もその特徴どおり左目が紫紺、右目が水浅葱に染まっている。


 レイストリックでは混血は魔族同様、禁忌だ。婚姻することも許されないし、親がこの国の人間であっても入国できない決まりになっている。

 だからいつもリュスカは人のいない夜にしか、自由に外に出ることができない。



「そっか、半分の子かぁ」

「だからなんだって言うんだよ」


 正体を見破られ重たい空気に囚われるリュスカに対し、ディーノは驚くことも怖がることもせず、ただただニコニコと笑顔を浮かべながらこちらを見続けている。


「気持ち悪いって言いたいのか?」

「まさか! 僕の国には半分の子がいないから、オッドアイを見るのが初めてなんだ。リュスカの目は綺麗だね。晴れた日の空のように澄んだ蒼と、静かな夜のような穏やかな紫。まるで朝と夜を同時に見ているみたいだ」

「それ、本気で言ってるのか?」


 リュスカは反射的に、苛立ちを剥き出しにした。

 混血の瞳を見て綺麗だなんて言う者はいない。レイナルドたち漆黒の蝶のメンバーが特別なだけだ。普通の人間ならリュスカを見た瞬間に眉を顰め距離を取るだろうし、素行の悪い人間なら石を投げてきてもおかしくないだろう。


 混血は異端であり、迫害する対象なのだ。



「本気だよ。凄く綺麗で羨ましい」

「羨ましいって、俺は混血―――罪深き子なんだぞ!」


 その昔、混血は時の権力者たちの間で重宝される存在だった。それは彼、彼女らが千人に一人生まれるか否かと言われている希少種であり、また世が羨むほどの美麗な容姿の持ち主が多かったからだ。

 しかし、数少ない者たちを多くの権力者が手中に収めようとすればどうなるか。

 簡単な話だ。戦争になった。そして大勢の国民が死んだ。

 そんな経緯から混血は「国を滅ぼす厄災」と危険視されるようになり、生まれてくる子はすべて罪深き子と呼ばれ、迫害されるようになった。


 混血には生きる場所がないのだ。人間の世界にも、魔族の世界にも。

 一生身を隠しながら生きていかなければならない。



「罪深き子? リュスカは何か悪いことをしたの?」

「いや、俺が何かしたってじゃないけど……」

「じゃあ、リュスカは罪深い子なんかじゃないよ」


 サラリと言われ、リュスカは喫驚する。いつもの自分ならここで「嘘を吐くな!」と怒鳴っているところだが、ディーノの清らかすぎる笑顔を見ているとどうも毒気を抜かれてしまう。

 


「なんか調子が狂うなぁ……」


 右手で頭の後ろを掻きながら、ぼそっと吐き出す。

 やたらと耳が熱いように感じたが、気がつかないことにしておく。



「ま、いいや。それで、ディーノはなんでレイストリックに来たんだよ」

「あ、僕……親友を探しに来たんだ」

「親友? そいつも魔族か?」

「うん。マリクっていうんだけど、レイストリックの国境近くで行方が分からなくなったって聞いて、もしかしたらこの王国にいるんじゃないかと思って……」


 話しているうちに ディーノの美麗な顔がどんどん悲しげな色に染まっていく


「僕のマリク……どこに行っちゃったんだろう……うっ……うう……」

「おわっ、な、泣くなって! 分かった、俺の仲間に一度聞いてやるから! だから子どもみたいに大泣きするのだけは止めてくれ」


 さっきの夜道の時みたいに大泣きされたら、誰かに気づかれてしまう。それはまずいと慌てたリュスカは、眦に透明の雫をみるみると溜めていくディーノを懸命に宥め慰める。その甲斐あってなんとか大惨事は免れたが、リュスカには新たに大きな問題ができてしまった。

 

 仲間に頼ってみると約束したはいいが、さてこの状況をレイナルドたちにどう説明したらいいものか。

 とりあえず言い訳を先に考えようと、リュスカは頭を抱えながら仲間を呼ぶための準備に取りかかるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る