二:意志で殴んなきゃ

「――再スキャンかけましたが、やはり機器はどれも正常ですね」

 停止した機内で、律儀にもセンは再確認してくれたようだ。「あたしら、友軍にハブられてるんでしょうか」

「友軍?」

 わざと尋ね返すのは、少しの嫌味のつもり。

「……あ、すみません、“統合総軍に”です。つい癖で」

 センが友軍と呼んでしまうのも理解はしている。ほんの去年まで、センは統合総軍の戦術機動機甲乗りT.M.Aオペレーターだったからだ。でも、わたしはそれには共感しない。

 確かにわたしたちは統合総軍との委託契約のもとで軍事関連サービスを提供しているけれど、所詮は金欠軍隊の面倒を肩代わりするジェーン・ドゥ名無しの権兵衛。現場での扱いだってそんなところで、受発注の結びつきは必ずしもフレンドリーであることを意味しない。


「沈黙してるってことは、アーヴィクス基地お客さんはもうくたばっちまったんじゃ?」

 わたしは含み笑いで不謹慎な冗談を言った。

「呼びつけておいて先にくたばるなんて、無礼な奴らですね」

 センも楽しそうに肩を揺すってから、冷静に付け加えた。「……ま、それはないでしょう。あそこの208機団の練度と装備は州最強です。最新鋭の第9世代 戦術機動機甲T.M.Aだけでも12機は配備されている。ちょっとやそっとじゃびくともしませんよ」

「詳しいのね。さすが」

「何しろ勝手知ったる連中なので――って、これも前職の話ですね、すみません」

 わたしの言葉に何かを感じ取ったようにセンは謝った。でも、詳しくて当然だ。転職してくる前のセンは、まさにその208機団に属していたのだから。





コクーン”を一時停止させたことで、わたしはある異変に気がついた。

「――セン、外の音が聞こえる?」

 コクピット後背区画の動力部が発する「ぶーん」というノイズのカーテンを突き抜けて、装甲越しにけたたましい発砲音、爆発音が聞こえている。

「ええ、聞こえます。レーダーでも捉えていますよ」

 センもわずかに気にしているようだ。「アーヴィクス基地の方向ですが、戦闘でしょうか。統合総軍作戦行動情報連携基盤マザー・シーからはまだ何の通知もありませんが……」

「戦闘が発生しているのなら通知があるはずだけど」

「――ですよね。どうします、駆けつけますか?」

「待って。本当に戦闘だったら巻き込まれる。戦う備えはできていない」

 今回受託したのはあくまで戦闘業務で、今の兵装でまともに殴り合える火力はない。それに――。

「戦闘になってもご心配には及びませんよ。いざとなれば、この“コクーン”とわたしが付いています」

 けろりと口にした彼女に、「やめて」と即答した。

「交戦は認めない、絶対に回避する。今まで通りね。これだけはわたしの命令よ」

「……あたしの腕を、信じて頂けないのですか?」

 冗談めかしてではあったが、残念そうな口ぶりだった。「この機体で闘ってよろしければ、いくらでも殺してやるのに」


 それはまるで、センの皮を被った何かが発したような言葉だった。

 もちろん、センを信じていないわけじゃない。

 間違いなくセンは強い。その操縦技能が並外れたものであることは改めて証明してもらうまでもなく、訓練の動きだけで充分わかっている。

 だからこそ、この機体で闘わせるわけにはいかないのだ。

 センの身を案じる気持ちもある。だけどそれ以上に、ひとつの決定的な――わたしの望まない答えが、明らかになってしまうことが怖かった。



 進むにしろ退くにしろ、もう少し情報が必要だ、という結論に達した時、わたしはふと思い出した。

 先ほどから通信不良が生じている事実と、その推察される理由と、それによる影響を。

「……セン、統合総軍作戦行動情報連携基盤マザー・シーに近辺の濃度記録、交戦記録、アーヴィクス基地周辺の現状について照会できる?」

「了解」

 ふーっと軽くため息をついて、センはコンソールに向き合ったが、やがて戸惑いの声を発した。「……ん? んんっ?」

「どうかした」と嫌な予感と共に尋ねると、彼女は手元のモニターを凝視しながら答えた。

統合総軍作戦行動情報連携基盤マザー・シーへの認証が弾かれます」

 よりによってこのタイミングで。

 奥歯を噛んだ。

 蒼く光るモニターには、目を白黒させるセンの表情が反射しているのが見える。

「作戦室から鍵変更の連絡ってありましたか?」

「いや……知らない」

「おかしいな、昨日振り出されたばかりの識別符号なのに」

 そう呟いて、センは即座に指先をモニターに伸ばした。「本社作戦室に問い合わせて、最悪そちらから情報をもらいます。統合総軍作戦行動情報連携基盤マザー・シーに入れないんじゃ、目隠しで奴らの餌場をうろつくようなもんです」

 

 だが、その行為は叶わない。

 重要なテクストデータの受信を知らせる「ぷぷーっ」という通知音がコクピットに響いたからだ。センは伸ばしかけた手をはたと止めた。

 受信データは2通あった。

 1通目のテクストは、ゼネラル・ギア社親会社から全部門・全グループ会社の構成員へ発せられた緊急通達だった。内容は、『極めて重大なコンプライアンス違反』により、ある社員に懲戒処分が下されたというもの。

 その職員の名はダン=イツキ。ゼネラル・ギア社の肩書きに加え、その子会社であるG.G.ストライク社の技術部門統括も兼務し、わたしたちの愛機 “コクーン”の管理・整備を担当していた熟練技術者だった。

「は……? ダンじいが……懲戒解雇?」

 センは呆然と呟いて、わたしの方を振り返った。

 何度も死線をくぐってきたはずのセンが、これほど動揺するのを見たのは初めてのことだ。


 続いて2通目のテクストを開封すると、こちらはわたしたちの直接の指揮者にあたるG.G.ストライク社 作戦室の担当オペレーターからで、作戦行動の緊急停止を指示するものだった。

 曰く、本件は既に統合総軍を初めとする関係各所へ報告済みであり、ダン=イツキが関わった戦術機動機甲T.M.Aはゼネラル・ギア社の特務チームによる調査が行われる。それが完了するまで、統合総軍が所管するあらゆる業務への関与と、情報インフラとの接続が拒絶される。

「困ったな……」

 煙のように虚空に消えていくセンの呟きを、わたしは後部座席からただ無言で眺めるのだった。





『……カルハ・セラン担当主任? こちら、本社作戦室のデイヴィスです……』

 おもむろに通信が入り、若くて抑揚のない男の声がコクピットに響いた。『……今しがたテクストでお知らせしましたが、作戦の緊急停止を指示します。貴機だけではありませんが、10分前の時点で警戒圏内に位置、もしくは進入が予測された機体については既に個別誘導を実施し、安全圏内の機体については一時的にスタンドアローンの状態に移行させました……』

「そうですか」

 わたしはマイクの向こうに聞こえるようにため息をついた。「こちらは先ほどから急な通信不調になって驚きましたよ」

『……申し訳ない、何しろ唐突な指令で、作戦室もバタバタでしてね。しかしもちろん、機体状況と安全を確認した上での措置です……』

統合総軍作戦行動情報連携基盤マザー・シーに入れないのもそういうことですね。わたしたちはこの後どうすれば?」

『……撤収の手配を順次行いますので、目立たない場所で待機願います。止むを得ず退避や戦闘を要する状況になれば適宜誘導します。安心してください、そこで死ね、とは言いませんので……』

 全く笑いのない声だったが、最後の一言は彼なりのおちゃらけだろう。

 お堅く見えるけど、デイビス担当官は作戦室の面々の中でも意外と冗談の通じる人で、わたしは好印象を持っていた。

「了解しました。ところで、作戦を一斉停止する理由は何ですか?」と訊ねた。

 察しはついているが、センにも状況を把握させるためだ。

『……ダン=イツキによる、統合データベースへの機体登録、および認証プロセスにおける極めて悪質な改ざんの形跡が認められたのです。彼はまだ、一切を黙秘していますがね。彼が関与した戦術機動機甲T.M.Aには、現行の統合総軍の運用規定では許可されない実機体が紛れている可能性が極めて高い……』

「規定に許可されていない実機体、とは?」

『……具体的には、第6世代以前の戦術機動機甲T.M.Aです……』

 ビンゴ、だ。

 わたしは小さくため息をつく。センは石のように硬直している。

『……これは極めて重大な事態です。ご存知、第6世代以前の戦術機動機甲T.M.Aは搭乗者との神経系接続機構を有し、文字通り駆動させられる高機動性が強みだった。しかし現在では“深刻な問題”の発覚により、統合総軍のあらゆる作戦局面への投入、そして作戦運用システムへの接続が固く禁じられています。にも関わらず、ダン=イツキによるデータ改ざんの形跡は少なくとも1年前から確認されました。ゼネラル・ギア社として、G.Gストライク社当社として、対応が遅きに失したとの批判は免れ得ないでしょうね……』


 そもそも「統合総軍」は、“クラウド”の出現を受けての人類存立危機事態宣言後、軍事分野を中心に推進された協調緊密化の国際潮流の中で生まれた組織だ。

 現在では、軍も民もなく、“クラウド”に関わる誰もが統合情報プラットフォーム『統合総軍作戦行動情報連携基盤マザー・シー』にアクセスする。権限によりアクセス可能領域は振り分けられているものの、そこでのやり取りや情報を使って対“クラウド”行動に関わるほとんど全ての作戦と業務が遂行されている。

 そのシステム体系から締め出しを食らうということは、事実上、現実の戦場そのものから締め出されたも同然だ。


 そんな経緯があって、統合総軍のとあるガレージで静かにリプレースを待っていたであろうこの第6世代機“コクーン”を、何を思ったかセンは盗み出した。G.G.ストライク社に持ち込んだ先で、ダン爺との間で何らかの利害の一致があり、彼は隠ぺい工作の片棒を担いだのだ。

 わたしはセンの口から直接それを聞いた。バディを組んで3ヶ月ほど経った時のことだ。全幅の信頼を置きかけていた優秀な部下からの、晴天の霹靂のような違法行為の告白。わたしは咥えていた煙草をぽろりと落とすぐらい動揺した。

 あまりに危険で、あまりに非常識。セン、どうしてそんな莫迦げたことを。どうしてそれを、わたしに打ち明けた。


 ともかく、彼女は何かにつけてこう言うのだ。

「最新世代が必ず強いかって言えばね、全然そんなことはないんです」

「“クラウド”は知恵の化け物です。意志で殴んなきゃ、勝てないんですよ。絶対に」


 内心敬愛していた彼女の、理解しがたい暴挙と、思わせぶりな口癖の裏に、いったい何があるというのか。

 わたしには何もわかっていないし、わかりそうにもない。その時も、今この瞬間も。



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