第30話 異国の夜

 各々が散歩という名の情報収集に出掛けて行く。

 俺もそっと庭に出た。

 と、早速ひそひそ話す官吏3人を見付けたので、気配を殺して寄って行く。

「どうなるんだろうな、全く」

「国王陛下は、戦いに持って行く口実があれば何でもいいし、王妃殿下は、あまりにも言う事が突飛だ。納得できる人間がいればお目にかかりたいよ」

「でも、陛下の方針に逆らったら即死刑だぞ」

「こんな事を大真面目に他国の外交官に言う俺の身になれよ。わかるから」

「とはいえ、普通の考えの人が国王にならない限りこのままだし、多分そういう人は、ロウガン的な考えの人より弱いだろう」

「はあ。いっそ、亡命してしまおうか」

 彼らは暗い顔で溜め息をついて、歩いて行った。

 力こそ全てが国是だと言っても、それを変えなければいけないと思う人もいるようだ。

 とはいえ、トップにいるのは力こそが全てと言ってのし上がった者ばかりだから、なかなか変える事ができないのだろう。

 考え方を変えるのは、かなり時間を要する事だ。今回は間に合わない。


 皆が帰って来て、報告会となる。

「いやあ、参りやしたぜ」

 ゼルが、大きな溜め息をついた。

「下っ端のやつらに混じって行ったんですがね、酒場も賭場も、ガラが悪いったらねえ。少々のもめごとも、殴り合いで片付けちまう。腕っぷしが強く無ければ文句も言えねえんですぜ、あからさまなイカサマをされたって」

 それに、ほかの皆も追随した。

「強い奴が町の代表になって、好き放題しても止められる人間がいないようです。その彼らも、一番の大将であるイリシャ王には逆らえないので、まあ、イリシャの許す範囲で好き勝手しているという感じなようですね」

 ガイが言うと、ルイスが頷く。

「イリシャも、あまりにも滅茶苦茶は許さないみたいだけど、税金は高いし、代金とかも、踏み倒すのは流石にイリシャが禁止してるらしいけど、代わりに、値引きを強要されたりはあるらしいしな」

「よくこれで、逃げ出さないな」

 不思議に思って言うと、ロタが首を振って言った。

「昔から逃げだそうとする人はいるようですわ。ゼルのおじい様みたいに。

 でも、国境で捕まったら、一族郎党死ぬまで奴隷のような身分になるとかで、なかなか踏み切れないという事情があるそうですわよ」

「ワシの爺さんは運が良かったんだな!流石は、伝説のギャンブラーだぜ」

 伝説のギャンブラーだというゼルのお爺さんにちょっと興味がわいたが、今度聞こう。

「偉いやつに目を付けられないように、ビクビクして生きているのが、この国の国民でしょうか」

 マリアが、怒りをたたえた目で言った。

「役人も、ぼやいてたよ。国際社会には通用しないとわかっていても、言わなきゃいけないんだからねえ」

「それもストレスたまりそうですね」

 補佐役の官僚も、何とも言えない顔付きで溜め息をついた。

 その時、何か外がザワザワするのに気付いた。

「何だ?火事か?」

 外に出てみたが、慌てて右往左往する女官や役人がいるだけで、よくわからない。

 だが、原因は塀の外にあるようだった。

「行ってみようぜ」

 塀にかじりついて眺めている役人や女官のいる辺りに行き、並んでヒョイと外を見た。

 一般人と、ガラのよく無い武装した人間達6人を連れた強そうな男が睨み合っていた。そして、一般人達の方は怒りに燃える目をしており、強そうな方は、それをせせら笑う追うな余裕があった。

「この子にぶつかって来たのはそっちだ。なのに、言いがかりをつけてこの子を連れて行くなんて」

 よく見ると、彼らは背後に、10代後半くらいの女の子3人をかばっていた。

「逆らうのか?いいぞ。ロウガンらしく、血の判定を受けてやるぞ」

 強そうな男がニヤニヤしながら言う。

 それに怯みながらも、一般人達は泣きそうな女の子達をかばって、叫んだ。

「血の判定!馬鹿らしい!そんな悪習が通用する野蛮人はお前らくらいだ!もうたくさんだ!」

「それで戦争なんて真っ平だよ!」

「あのクラレスが来てから、王は戦争する事しか考えてない!あの女は疫病神だ!」

 それに、一般人達は腰が引けた様子ながら、そうだそうだと叫んだ。俺も賛成したい。

「おいおい。ロウガンの法をないがしろにする気か?」

「法?都合のいい時は法律か!」

 強そうな方はせせら笑い合い、

「文句があるなら、まずは俺達を倒してから主張しな」

と、わざとらしく武器の槍や剣を素振りし出す。

 それに一般人達は、青い顔をますます白く強張らせた。

 騒ぎに気付いたほかの通行人達も、集まって来て強そうな奴らを睨んでいたが、中の1人が、不意にこちらを指さした。

「ああっ!クラレスに虐げられている弟!」

 一斉に全ての視線が塀によじ登って見ていた俺に集中し、俺は危うく、塀から転げ落ちるところだった。

「あんたならわかるだろ!?」

「へ!?」

 声が裏返りそうになった。

「パールメント家に養子に入ったってだけで全部押し付けられて!」

「パールメント家に入ったって事がそんなに悪いのか?腕力が無いって事がそんなに悪いのか?」

 同志!と言いそうになる。

「それでもあなたは、抗っている!」

「あんたは俺達のリーダーだ!」

 それで、ギョッとした。

「え、いや、それとこれとは――ダメだ、誰も聞いてない」

 皆口々に騒ぎ立て、叫んでいる。

「フィ、フィー?まずいんじゃないか?」

「まずいよ。どう見てもまずいよ!」

「そうっとフェードアウトしたら――」

 言いかけるガイの言葉にかぶさるように、笑い声が響いた。

「ゲッ、イリシャ――!」

 ふんぞり返って笑ったイリシャに全員が黙り込んで注目するなか、イリシャは楽しそうな笑顔を浮かべて俺を見た。

 嫌な予感しかしない。

「弟よ!血の判定を申し込む!!」

「やっぱりかあ!!」

 俺は白目を剥きそうになった。


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