第29話 交渉ですらない交渉

 バカ高そうな椅子に座り、これまた高そうなカップで味は今一つな紅茶を振る舞われながら、話に入る。

 にこやかに時候の挨拶とかをするとも思わなかったが、いきなり本題とも思わなかった。

「領地へはいつ入ろうか」

 ニヤニヤとしている所を見ると、イリシャは無茶を言っているという自覚を持って、滅茶苦茶な事を言っているらしい。

「それよりどういう所なの、ノースエッジって。あんまり知らないわ。どのくらい税が取れそうなの」

 クラレスは本心から言っているのがわかる。

「ド貧乏ですよ。泥棒が避けて通るくらいに」

「なによそれ!?」

「あなたが怒る筋合いじゃないでしょう。俺の領地であって、あなたに関係はない」

 澄ました顔で紅茶を啜る。ああ。何か紅茶が美味しいぞ。

「それは困ったな。クラレスが楽しみにしていたのに。実家だろ。クラレスのものでいいじゃないか」

「無理を言いますね」

「じゃあ、我が国の流儀にのっとって、力で奪うしかないな」

「易々と奪われるわけにはいきませんよ。そうとなれば、全力で阻止します」

「まず中央から倒して国ごと貰うという方が早いか」

「それは成功しないし、そうしたらロウガンの王がすげ変わっているでしょうねえ」

「弟殿は冗談が好きだなあ。わはははは!」

「冗談じゃないんですけどね。わはははは!」

 中身の無い会話だ。

 ロウガンはただ、戦争したいだけ。怒ってカップを投げつければ戦争にしかねない。

「聞きなさいよ!あんたのものは私のものなの!だからそんな貧乏領地は冗談じゃないわ!もっとパールメント家に相応しい領地を寄こしなさいよ!」

 ダンダンと床を踏み鳴らすクラレスに、今は誰も見向きもしない。

「交渉決裂という事かな」

「何でそんなに戦争がしたいんです?」

 イリシャは笑って、背もたれにゆったりともたれた。

「退屈だからだよ!」

 マリアのカップを掴む手に力が入って、ミシリ、と音がした。

「それで何人死のうと構わない?」

「嫌なら、わたしを王座から引きずり下ろせばいい!」

「あなたが死ぬかもしれないのに?」

「退屈で死ぬよりずっといい!」

 この男はおかしい。

 それでも、この男と交渉しなければいけないのか。

「今日は疲れただろう。休むといい。また明日気が変わったなら、ここへ来い」

 イリシャはニヤリと笑い、

「俺を失望させないでくれよ、弟よ」

と言い、スタスタと歩いて行った。

「何て……!」

 怒りにマリアが震え、

「暗殺しますか、フィー隊長」

と真剣な顔で訊いて来る。

「しない!ダメ!」

「落ち着けマリア、な」

 皆で立ち上がって追って行こうとするマリアを必死で止めた。

「とにかく、まともな方法じゃ解決しない。一旦は部屋に行きましょう」

 俺達は案内に従い、客室があるという離宮へ向かった。


 離宮は、神話の神殿風だった。

 そこに入ると、すぐに作戦会議をする。

「まずは情報収集だな。この国の全員がそういう考えなのか、国力はどのくらいか」

「全員バレるなよ」

 各々、部屋を出て行った。

「大丈夫でしょうか」

 官僚は浮かない顔をしている。

「とにかく、クラレスとか侍女とかこちらの役人が来た時、頼みますよ」

「はい」

 俺と彼は、頷き合った。





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