第27話 恐るべきモンスター

 自治会長に留守を頼むというのは流石にダメだと言われ、国から派遣された官僚が、俺が留守の間は代官としてやってくれる事になった。

 これで心配はない。

 そう思って軍務に戻る準備をしていた俺達の耳に、その知らせが飛び込んで来た。

「大変だ!クラレスがこのノースエッジを自分の領地だと言い出しました!」

 なけなしの食糧で作った朝ごはんのふかし芋が喉に詰まりかけた。

「水!隊長、水!」

 ガイに慌てて水を飲まされ、どうにか窒息を回避した俺は、その知らせを持って飛び込んで来た補佐官に訊いた。

「どういう事だ?何でクラレスが――いや、わかった。わかりたくないけどわかった。あれだ。お前の物は俺の物、俺の物は俺の物理論だろ」

「はい。弟の領地だから自分の領地だと」

 補佐官は、眉をハの字にして答えた。

 そして小隊の皆は、天井を見上げたり、溜め息をついて遠い所を眺めたりしていた。

「あんのクラレスめぇ。いつまで、どこまで俺に苦労をかけるんだよ。もう借金は俺が背負う。だからせめて、これ以上何か苦労を増やすのだけはやめてくれないかな」

 俺は力なく俯いて笑った。

「ええっと、それで国は勿論否定しただろうけど?」

 ルイスが代わりに訊く。

「あ、はい。ロスウェルもクラレスも引かず、平行線だと。場合によっては、戦争に発展する恐れもあるとの事です」

 俺はテーブルに突っ伏した。

 

 ミシェルから戻って来いと言われ、俺達は首都へ急いだ。

 クラレスの非常識な話はどこからか広まっており、途中の街でも首都でも持ちきりだった。

 ただクラレスが、「バカな事を言い出した」と言われるだけならいい。それで戦争をちらつかせて来ており、領土問題で引くわけに行かない以上、戦争の可能性があるとなれば、それだけでは済まない。「また戦争か」から、「物価が上がる」「徴兵される」「けがしたらどうしてくれる」「パールメントはロクな事しない」となって、主に俺が憎しみを受ける羽目になるのだ。

 俺だって被害者なのに。

 でも、国民のその気持ちはよくわかる。

「ああ、フィー」

 疲れた顔で、ミシェルが待っていた。

「進展はありましたか?」

 ミシェルは苦笑を浮かべ、首を振った。

「向こうの外交官はよくやるよ。無茶苦茶を言ってるのは承知していながら、王の意志を遂げるためにそう主張するんだからね」

「褒めてどうするんだよお」

 お互いに力なく笑いながら、ハリスの入れてくれた紅茶を飲む。

 ああ。今日も素晴らしいな。

「軍部からも、評判は悪いぞ」

 ローゼンが苦虫をかみ潰したような顔で言った。

「俺のせいじゃないのに」

「当然、文官からも最悪だね」

「クラレスに言えよ!」

「このままでは向こうから宣戦布告してくるだけだ。

 と言う事で、フィー。何とかしてきて」

「俺に味方はいないのか!?」

 そっと、ローゼンが高いティーカップを遠ざけた。

「表の交渉ではダメなんだよ。だから、フィーに頼むしかないんだよ」

「どうしろと!?無理だ!」

 俺は抵抗した。が、

「決定事項だ。諦めろ」

 ローゼンが言って、俺は呆然とした。




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