第17話 反乱軍、決起

 胃が痛い。黄金の絨毯が小さくなるのを見る度に、不眠になり、頭痛がし、食欲がなくなる。それに比べて、集まった傭兵達の意気はますます高くなり、奇妙な熱に領内が浮かされて行く。

 近隣の領主への根回しは、概ね上手くいっていた。

 それでも、決起は避けられないし、周囲の領主も、積極的に説得や反乱の鎮圧に兵を出してくれるというわけでも無かった。

「決起したら早い段階で鎮圧するしか、ないらしいな」

 その鎮圧の方法も、困ったものだ。

「領民はどう考えているんだろう」

 それに、ロタが答える。

「暮らしが楽になれば、上が誰だって関係ないですわよ、庶民は」

「身も蓋も無いな」

 ロタは肩を竦め、

「貴族である隊長や副隊長には申し訳ないけど、反乱だって、勝手にやっててくれっていうのが本音でしょうしね。領主の命令で、嫌々じゃないかしら。領主への忠誠心よりも、家族との生活ですもの」

と言う。

 俺は頷いた。

「まあ、その通りだろうな」

 それを、不忠義だとか何だとか言う気はない。

 刻々と時間が過ぎていく。

「ああ、胃が痛い……」


 決起は、良く晴れた日の朝に行われた。

 前日の傭兵や領民の様子を見ていれば一目瞭然だったので、驚きはない。

「息子を神輿に担ぎ上げるのは諦めて、自分で乗ったか」

「まあ、妙なたてまえとかをやめて、自分の欲望そのままって事だな」

 俺の言葉にルイスがあっさりと言う。

「さあて。この先ですが?」

 ガイが訊くので、頷いて言った。

「予定通りで」

 それで、全員が頷いた。

 エリンザ公の軍は、街道を首都へ向けて進軍していた。今はまだ糧食もたっぷりあるし、隣の領地だ。お行儀よく歩いている。

 今はまだ、ピクニック気分という所だろうか。

 予測通り、谷合の道へ差し掛かる。ここを通らないと、首都へ行くのに回り道をしなければならず、この練度と規模の隊列ならば、1ヶ月ほどは余計にかかるのだ。

 長くかかると、鎮圧のための時間を与える事になるし、領民の不満も増し、それだけ糧食がたくさんいるという事になるので、ここを通ると見たのだ。

 隊列が進んだところで、合図の狼煙を上げる。

 どこからか、ゴゴゴ、と音と地響きがし、パラパラと何かが降って来る。

 嫌々歩いていた領民たちは、俯いていた顔を上げ、キョロキョロした。

「何だ?」

「これは、崖崩れか!?」

 傭兵達は、

「敵の襲撃かも知れん!気を抜くな!」

と警戒している。

 と、前方にチラリと国軍の制服を着た人物の姿が見えた。

「斥候か!?」

「行け!」

 傭兵達は、わあっと声を上げて前方に走って行く。

 傭兵は、敵を屠ってなんぼだ。ここで待つという考えはない。

 エリンザ公と公爵の騎士が取り残されてそこで騎士たちはエリンザ公を守るように警戒した。

 領民たちは、不安を抱えてそこで立ち止まっていた。

「とうとう戦いになるのか?」

「嫌だなあ。できないよ」

 言っていると、誰かがそれを見付けて声を上げた。

「岩が!!」

 見上げると、崖の上から岩がゴロゴロと落ちて来る。

「ひゃああ!!」

 領民たちは逃げ出した。

 誰かが、

「こっちだ!急げ!」

と言うので、そちらへ一斉に走り出す。

「あ、こら!お前達!」

 騎士は慌てるが、岩が落ちて来るので、追いかけるわけにもいかない。エリンザ公を連れて、慌てて落石場所から離れて行く。

 前方へ。

 

 そこから逃げ出し、岩に間を塞がれた領民たちは、心配半分安堵半分で、息を整えた。

「大丈夫かな」

「罰せられたりしないかな」

 そこで、俺が声をかける。

「大丈夫ですよ。俺はロスウェル軍独立小隊隊長、サフィール・レ・パールメントです。反乱軍に加担しないのであれば今ならとがめだてしないと、ミシェル殿下が仰いました。

 領地に戻って、残った夫人やその騎士に何か言われても、岩が落ちて来たので仕方がなかったんです。進めないんだから。そう言う事です」

 それに、彼らは福音を聞いたかのように飛びついた。

「そうだよな。脱走じゃないよな」

「戦争に行かずに済んだのか、俺達?」

「帰るぞ!」

 彼らは帰る名目ができて、ウキウキとしながら帰って行った。

「よし。嫌嫌来た領民はこれで帰ったな」

 俺は、先へと急いだ。


 ゼルは、チラリとその姿を見せて傭兵達を釣って走っていた。

 そしてそのまま曲がった道を曲がり、脇にそれる。

 追いかけて来た傭兵達は、曲がり角に飛び込んで来た者から、弓を射られて倒れて行く。その曲がり角は坂道の頂点になっているので、倒れれば、ゴロゴロと下の谷底に落ちて行く。

 だが、後から後から傭兵はやって来て、弓の餌食になっては谷に転がり落ちる。

 弓を次々に射かけているルイスとロタは、

「面白いように引っかかるわねえ」

「いい弓の訓練になるなあ」

と言い合っていた。

 岩を落として、峰伝いにここへ来たガイとマリアは、それを抜けて来たりする傭兵に備えながらも、

「フィー隊長、大丈夫かな」

と心配する。

 ゼルは息を整えながら、ヘヘヘと笑う。

「いやあ、6人でどうするのかと思ったけどよ。なかなかやるねえ、あのフィー隊長」

「そろそろだぞ」

 ガイが言い、

「じゃあ、引くか」

と、皆はサッとそこから姿を消した。

 こうしてまずは、兵の数を減らす事に成功した。


 




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