第15話 各々の熱い夜
その夜は、個人活動だった。
「4の竜!」
「へへへ、悪いね」
賽子の目で一喜一憂している男達の中に、ゼルもいた。
単純なゲームで、賽子を茶碗のような形の壺に入れて伏せ、目を予想し、賭ける。偶数だったら竜、奇数だったら虎なのは、有名な昔の絵に2匹の竜と3匹の虎の絵があるのが原因だと言われている。
単純なルールだが、だからこそ誰でもすぐに参加できる。
珍しく調子のいいゼルは、ちょっと休憩と、休憩してタバコや飲食をしている男達の中に混ざった。
「景気いいねえ」
「へへへ。今日は運があるらしい」
ゼルは笑って、ビールを3つ注文した。
「お、すまねえな。景気が良くて羨ましいねえ」
「どうもこの土地の女神にはそっぽを向かれていないらしい。しばらくここで遊ぶかな。キヒヒ」
「ここだけの話だけど、適当なところで切り上げた方がいいぜ」
ビールを奢られた礼のつもりなのか、1人が声を潜めて言った。
「へえ?何で?」
もう1人が言い、3人で頭を寄せた。
「もうすぐここ、戦場になるぜ」
ゼルはやっと、任務を思い出した。
「どういうこった?」
「俺はここの領主からの注文で、鎧と剣をいやって程運んで来たんだ。塩もな」
もう1人が真剣な顔をした。
「成程。保存食と武器防具か」
ゼルは内心で、
(えらいこったぜ)
と思っていた。
ガイは、傭兵と飲んでいた。
「へえ。兵員募集ね」
「ああ。ここの領主が募集してるんだ。てっきりお前さんも、それで来たクチかと思ってたのにな」
「偶然だ。しかし、そうか。期間とか募集人数はどのくらいかわかってるのか?」
男はソーゼージを口に放り込み、ビールを喉を鳴らして飲むと、お代わりを頼んでから言った。
「取り敢えず1ヶ月。それ以降は状況によって延長だってよ。人数は知らねえ」
「ほお、そうか」
ガイは水割り――というかいつの間にか水のロックだ――にチビチビと口をつけながら、グラスの陰で目を光らせた。
ロタはお母さん達とおやつをつまんでいた。果物のシロップ漬けだ。
「んん、美味しいわあ」
「ありがとよ。もっとおあがり」
ロタは宿の食堂で女性にちょっかいをかける鼻つまみ者を返り討ちにし、女将と従業員の女の子に気に入られ、営業後、こうしておやつをご馳走になっているのだ。
「活気のあるいい街ですわね。この店も繁盛してるし」
「ふふふ。でもねえ。このところは特になのよ。よそから人が急に来るから」
「あら。どうして?」
「戦争らしいわ。そういう人が増えたもの」
女将はそこで、心配そうにロタを見た。
「若い女は危ないし、戦争になったら、ここから自由に出てもいけない。旅の途中なんだろ?麦の刈り取り前に、出た方がいいよ」
「麦の刈り取り前」
「ああ。農民にはそういう触れがでてるのさ」
女の子が頷く。
「あたしの姉が農家に嫁いでるんだけど、刈り取りが終わったら、男は全員招集だって。今も交代で訓練してるのよ」
「まあ。それは心配ね」
ロタは眉を曇らせた。
ルイスは好みの女の子とベッドでゴロゴロしながらしゃべっていた。
「きれいな色だねえ。それ、流行の新色だろ?よく手に入ったね」
唇を指でなぞりながら、口紅の色を褒める。
「んふふ。お客さんのプレゼントよ」
「へえ。もしかしてそのサンダルも?ずいぶん高いよね」
女の子はちょっと得意そうに笑ってから、甘えた。
「最近、景気のいいお客さんが多いの。商人とか、傭兵とか、よそから来る人。
ねえ。プレゼントはいらないから、もう1回」
「ううん。かわいいなあ、もう」
ルイスは女の子の胸に顔を埋めた。
マリアは領兵達と飲んでいた。領兵が多く入門している道場へ行き、手合わせを繰り返しているうちに、こうなっていたのだ。
「姐さん強えなあ」
「うちの団長とやったらどっちが勝つかな」
「む。強いのか、その団長殿は」
「勿論!」
「いやあ、でも、わかんねえぞ」
わいわいと騒がしい。
「姐さんが入団してくれたら頼もしいのになあ」
「ん?何か懸念があるのか?戦争とか山賊狩りとか」
「……ここだけの話だけど」
声を潜めて、領兵が言う。
ここだけの話と言って大事な話が広がるのは、古今東西よくある話だ。
「公爵がご子息様を王位につけようと、な」
マリアはようやくここで、思い出した。手合わせが楽しくて、目的をすっかり見失っていたのだ。
「できるのか?」
「まあ、パールメントの責任にかこつけてな。公爵は今の国王の弟君だ。前回負けたと言っても、支持者がゼロなわけじゃないしな。
それに、最近リアン王国のやつがこそこそ来るんだ」
「リアン。敵ではないが味方でもない油断のならない国だぞ」
「ああ。向こうは食糧で困ってるから、麦で釣ったのかもな」
「それが本当なら大問題だぞ」
「確実な話じゃないけどさ」
マリアは、
(この事を忘れずにフィー隊長にご報告せねば!)
と思い、心を熱くした。
俺とハンスは、夕食後、ハンスの部屋で喋っていた。
「父も母も、未だに王位に執着してるんだ。もう、決着はついたのにねえ。
少なくとも僕をだしにするのはやめてもらいたいよ」
ハンスは口を尖らせた。
「興味ないの?」
「ないね。僕は農業に人生を捧げるって決めてるんだ。農業はいいよね。自然は過酷だったり優しかったりするけど、平等だよ。詰まらない事も言わないし。
僕が今興味があるのは、フィーが言ってた発明さ!広大な畑に効率よく水をまくものがあればずっと楽になるよね」
「そうだよなあ。ここは何て言ったって広いからな。うちの実家でも苦労するのに、大変だよな」
「やっぱりフィーはわかってくれるよね!」
「紙に描こうか。仕掛けはこうだ」
俺とハンスは、効率のいい農作業について、熱く語った。
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