第14話 黄金の絨毯

 馬車を降り、腰を伸ばし、背伸びをする。

「うわあ、広いなあ」

 一面が麦畑だった。まるで黄金色の大きな絨毯だ。

 畑ひとつひとつが大きい。うちの実家の方は、もっとちまちまとしたパッチワークだ。

「俺の実家とは大違いだぜ」

 ルイスが言う。

「うちもルイスのところも、辺境の土地のあまり肥えてない所だからな」

 俺は実家を思い出してしんみりした。寂しいとかではない。家族の冷たい仕打ちを思い出して、そこから借金の事を思い出しただけだ。

「そういや、隊長も副隊長も、辺境の子爵家でしたね。隊長は元ですが」

 ガイが思い出したように言う。

「でも、実際には畑仕事なんてしないんでしょう?」

 ロタが言うのに、俺もルイスも苦笑しかない。

「辺境の子爵や男爵なんて、都会の商人よりも貧乏なんだぜ」

「田舎じゃ、貴族と平民の違いなんて、名前にレやルが入っているかいないかだけだしな」

「そうそう。なのに、義務だけは平等に科せられるんだからな。参るよな、フィー」

「学校へ行くのはためになったし良かったけど、親は、学費の捻出に四苦八苦したと思うよ。実際、子供の多い辺境貧乏貴族は、子供が生まれても届けない事もあるとかないとか聞くしな」

 それで、表向きは平民として育てるのだ。

「貴族様も苦労はあるんですねえ」

 しみじみとマリアが言った。

「ま、それはともかく。反乱の準備を進めているのか、民意はどうなのか。その辺も調べないとな」

「情報収集なら行ってきやすぜ」

 ゼルの事だ。酒場と賭場だろうが、これが情報収集には有効なのも事実だ。

「渡した必要経費以外は出さないからな。頼むぞ」

「へへっ。3倍にして来やすぜ」

 負けるフラグにしか聞こえない。

「オレも酒場で聞き込んで来ます」

 ガイが言う。

「私は市場をぶらついて、食堂に入ってみますわ」

「では、自分は本人に直接あたりましょう!」

 マリアが鼻息も荒く言うのを、全員で止めた。

「だめだって!言っただろ?マリアも食堂で!仕事を探してる傭兵希望者みたいな感じで!」

「わかりました。隊長がそうおっしゃるなら」

 皆、安堵の息をついた。

 それで、各々散った。

 俺とルイスはそれを見送った。

「さて、オレも行くか」

「ルイスはどうする?」

「情報が集まるのは他にももう一カ所あるんだぜ?」

 はて?

「井戸端会議?教会?」

「チッチッチッ。フィーには早かったかあ?」

「んん?あ!?」

 娼館か!

「まあ、初心者のフィーが行っても緊張するだけで情報収集は無理だろ」

「ググッ」

「では、行って参ります!」

 ルイスはニヤニヤしながら、スキップするような足取りで離れて行った。

 どうせ、勉強しかしなかったよ。女の子と付き合った事無いよ。変な発明好きなOBにしかモテなかったよ!ああ、くそ!

 どこまでもついてない人生だ。こんなに借金があったら、おそらく俺は結婚は無理だろうなあ。一生清いまま?

 独身で清いまま死んだら、妖精になるとかいう。なってやろうじゃねえか。大妖精になってやる!

 俺は都市伝説にすがり、フラフラと畑の方に歩き出した。

 風に揺れて涼やかな音を立てる麦の穂を眺めて歩いていると、心が落ち着いて来る。

「ああ。悩みも全部忘れそうだ」

 言って、大きく深呼吸をした。

 その時、声がかかった。

「あはは。わかりますよ。自然って偉大ですからね!」

 そちらを見ると、若くてヒョロッとした青年がいた。農夫という感じではないが、商人でもない。

 そう考えていると、彼がにこにこしながらこちらを向いた。

「ご旅行ですか。学生さん?」

「はい」

 乗った。

「僕はハンス。あなたは?」

「フィーです」

「よろしく、フィー君。

 自然は大きい。悩みもちっぽけに感じて来る。そうでしょう?」

 さわさわと風が渡る。

「そうですね。ああ。心が洗われるようだ。

 ここらの麦は、連作障害や病気に強い品種ですか?品種改良に成功したと聞きましたが」

「ええ、そうなんですよ!これで少しは、楽になります。

 でも、まだ十分ではない。肥料の改良もしたいし、痩せた土地でもどうにかしたい」

 ハンスは熱く語った。

「おお!それはご立派です!うちの実家とかも、土地が痩せていて、四苦八苦していますよ。ここまででなくとも、もう少し何とかなればどれだけ助かるか」

 俺とハンスはしばらく熱く語り合った。

 気が付くと、大分時間が経っていた。

「うちに来ませんか?部屋も余っていますし、是非」

 集合は明日だ。よし。

「ご迷惑でなければ」

「構いませんよ!是非、フィーがさっき言っていた自動水やり機や畑を耕す機械について、聞かせて下さい!」

「喜んで!」

 俺達はすっかり仲良くなって、ハンスの家目指して歩いていた。

 と、大きな建物の前に来た。

 嫌な予感がする。

「ここ?」

「ああ、フルネームを言ってませんでしたね。ボクはハンス・レ・エリンザ。フィーは?」

 どうしよう?ええい、ままよ!

「サフィール・レ・パールメント、です」

「よろしく!遠慮しないで入って!」

 いいのか、と思いながら、俺は笑った。

「お邪魔します」




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