第9話 交渉と策略

 両国の交渉担当の係員は、橋の上に簡易椅子を置いて交渉していた。

 ロウガンの係官は、頭が痛かった。昔からロウガンの国民性は、力が全てというものだ。国内問題ならそれでもいい。だが、国際的にはそれは通用しない。

 しかしそう言うと、「軟弱者」と笑われる。それに、王の方針に従わないと、粛清されるだけだ。

 従うと、他国から笑われる。まあ、死ぬよりましだが。

 今回は、どう考えてもロウガンの言い分はおかしい。それは王もわかっているらしい。そしてその上で彼に命令したのは、「交渉を決裂させて怒らせろ。そしてその後、武力を使わせろ」というものだ。

 難しい。怒るより呆れるだろう。

 しかし、やりとげなければならない。

 彼は、ふう、と嘆息した。


 ロスウェルの交渉係は、ロウガンの交渉係が半ば気の毒にさえ思った。どう考えても、ロウガンの意見に同意する国はないだろう。そしてそれを、他国と話をする仕事をする彼はわかっているはずで、それでも国の方針に沿った交渉をしなければならないのだ。

 しかし、同情はするが、手を緩めるわけにはいかない。

 彼はそっと溜め息を漏らした。


 交渉は決裂した。

 まあ、決裂しない方がおかしいと、誰もがそう思った。

「進捗状況は?」

 コソッと、交渉係は警備隊長に訊いた。

「は、順調です」

「そうか。このまま上手く行く事を願おう」

 交渉係は、暮れ始めた空を見上げた。


 その頃俺達は、別の作戦を進めていた。大脱出だ。

 頭上の床板をそっと持ち上げてみると、そこにいたのは、やはり劇団員達だった。

 訊くと、兵が中に入って来るのは食事を差し入れる時だけらしい。そして、例え逃げ出しても、河は水流が急すぎて渡れず、橋を通るにも見張りがいると言ったそうだ。

 そこで俺達は、彼らの脱出を開始させたのだった。


 その頃、ここへ馬車が近付いていた。乗っているのは、イリシャとクラレスだ。

「楽しそうね」

 クラレスが、機嫌のいいイリシャにしなだれかかりながら言った。

 地方の山の上の教会へ送られたクラレスは、身に着ける物も食事も、何もかもが質素で、掃除や洗濯などという仕事をさせられる事にも、神に感謝の祈りを捧げる事にも、2日目にして、ほとほと嫌気がさしていた。

 どうしてこの状況で感謝しろというのかと、憤慨していた。

 なので、何とかなるだろうと、鉱山の気球を奪って逃げ出したのだ。

 積まれていた宝石の原石に喜んだのもつかの間、気球は墜落したが、やはり強運の主。ロウガンの王イリシャと意気投合し、王妃となった。

 ロスウェルの皇太子妃にはなれなかったが、こちらの方が、好き勝手できそうでいい。元から、家族達がどうなったのかにも興味はなかったので、万々歳だ。

 イリシャは、戦いになりそうなこの状況に、ワクワクしていた。

 クラレスが転がり込んで来た時、これでロスウェルとの戦争に使えるかも、と狂喜した。そして今、そういう状況になっている。

 これが笑わずにいられようか。

「ああ、楽しいさ。戦争だ!」

「ふうん。まあ、あなたは強いから大丈夫でしょうけど、どうしてそんなに戦いが楽しいのかしら」

「生きている実感があるだろう?強者は弱者を踏みにじり、より高みに立つ。そこから見る景色は最高だろう。

 第一、俺よりも上に誰かが立つのは面白くない」

 それならクラレスもわかる。同感だ。

「確かにそうね」

 2人はにっこりと笑い合った。




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