第10話 カワモグラに注意

 日が落ちるとすぐに薄ら寒くなるこの地方なので、真っ暗になった今、巡回の兵士がヒョイと窓から物置小屋を覗くと、皆が毛布を被って寝ころんでいた。灯りすらなく、確かに起きていても仕方がないだろう。

 そう思って、

「異常無し」

と相棒に告げると、2人はそこを離れて行った。

 それを、鼻の下まで毛布にくるまって、俺は見送った。

 そして、同じようにじっとしている劇団員に頷き、今まで下にしていた床板を外す。

 そこにはぽっかりと穴が開いていた。

「気を付けて」

「はい」

 小声でやりとりをして、その劇団員は、身軽にその穴の中へ身を躍らせた。

 俺はそれを見届けると、床板を元通りに被せ、彼の被っていた毛布を、他と同じように人が丸まって寝ているように偽装する。

 これで、最後だ。

 閉所恐怖症や暗所恐怖症がいなくて良かったと心から思いながら、仕上げの準備を進める。ここは元々物置小屋だったのを、劇団員を監禁するために慌てて荷物を運び出したらしい。なので、こぼれた肥料などもまだ残っていた。置いておいても、それで何かする事もないだろうと思ったのだろう。

 だが、身近なものが何かの拍子に爆発したり発火したりする事故は、誰もが耳にした事はある筈だ。

 俺はここに残っていた物を、ありがたく利用させてもらう事にした。肥料と他の物とを使い、あるものを作る。

 やがて、窓の向こうに見える教会の尖塔に、灯りが見えた。合図だ。

 俺は自分の被っていた毛布を丸めて偽装すると、床板を外して下に降り、元通りに床板をセットして、穴に入った。

 そして四つん這いでロスウェルへと向かいながら、その生成物を撒いていく。

 そうして無事に棺の底の穴から納骨堂へ辿り着くと、待っていた連絡要員の警備隊員が、それを報告するために走って行く。

「さあ、次だな」

 ロスウェル側の壁は、ガイ達が粘土や土で強化し終わっており、僅かに拳一つ分の穴だけを残している。

 そして、やや離れた所に置いて来た頭陀袋に向かって火をつけた小枝を投げ込む。

「点いたぞ!」

 言って、急いで穴を塞ぎ、壁を強化する。そして、地上を目指して走る。

 今頃頭陀袋は端から燃えているだろう。そして、俺が作ったもの――火薬に近付いているはずだ。最初の爆発が起これば、次々と誘爆して行く仕掛けだ。

 地上に上がり、息を整える間もなく、何食わぬ様子を装いながら、河岸の警備隊に加わった。

 上手く行かなかったのかな、と心配になった頃、それが起こった。次々と大音響が続き、地面が揺れる。そして、河の水が吹き上がったかと思うと、物置小屋も粉々に吹き飛ぶ。次いで、ロウガン側の岸辺にひびが走り、崩落した。

 ロウガン側も見ていたロスウェル側も、唖然としているだけだった。

「何だ、何だ!?」

 飛び出して来たロウガンの兵達も、崩れた河岸と跡形もなく吹き飛び、流れて行く物置小屋の残骸に、何もできずにただ突っ立って見ているだけだった。

「カワモグラだあ!」

 叫んでおく。

 それで彼らは、カワモグラの巣穴があったのだと認識した。

「カワモグラだと!?」

「まさか、チェックしてなかったのか!?」

「い、いえ!あ、はい!定期的には、していたつもりであります!」

 青い顔で、下っ端らしき兵が答えている。

「小屋の下に作っていたのかも!」

 ルイスの声を聞いたわけではないが、誰もがそう思っただろう。

「成程、小屋の下か……」

 上司らしき兵が、今度は難しい顔で唸った。

 もう大丈夫そうだと、俺とルイスはそうっと撤退しようとした、その時だった。

「何の騒ぎだ!」

 堂々とした声と共に、新たな集団が現れた。

「ロウガンのイリシャ王とクラレスだと!?」

 交渉係が言い、俺は対岸を見た。

 堂々とした体躯で、威厳と自信に満ち溢れている男が、クラレスを伴って見廻していた。



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