第5話:偽りの第二王女

俺がマリノネア王国を訪れた日は、マリノネアの民によれば、この王国でも1年に1度あるか、ないかの暑い日だったそうだ。


2年前自国が主催したパーティーにて、銀髪の麗しの姫君を見初めた俺は、姫の気持ちを俺に繋ぎ止めておくために、事ある度に姫の下に通いご機嫌伺いを行っていた。


(全く、らしくもねぇことをすると、疲れるな。)別にこんな小国の姫君のご機嫌なんか取らなくても、俺に言い寄ってくる女なんてたくさんいた。


でも、昔読んだ小説に登場する姫君と結婚することを夢見ている俺は、少しでも彼女に似ている人を探していた。それで比較的雰囲気が似ているのが、アイリスだった。


日中と変わらず夜も暑かったので、水でも飲みに行くか、と客間に置いてあった水差し(やけに小さかった)を飲み終えた俺は、部下に取りにいかせるわけでもなく、水飲みついでに夜風にでもあたろうと、中庭に出た。


そこは辺り一面に色とりどりの南国の華が咲き乱れ、甘く香しい匂いが辺りに充満していた。


左手には勇猛な獅子とそれを取り巻く砂漠の植物の装飾が施された噴水。右手にはひんやりとした無機質な石造りのベンチ。


少し腰かけようとベンチへと向かおうとした時、噴水の影にゆらりと動く人影が見えた。足音を忍ばせて様子を伺ってみると、こんな声が聞こえてきた。


「何回言えばわかるの? お父様の部屋に部外者の貴方が勝手に入っていいわけないでしょ。」聞きなれたこの声はどうやら、アイリスだと俺はこの時思った。


「だって、お父様が勝手に入っていいって。本棚の本を読んでもいいっておっしゃったんだから。」鈴を鳴らすような美しい少女の声が聞こえる。


(うん?現王は一人娘のアイリスしかいないはず。でもあの発言からするともう一人娘がいるのか? だって、お父様、だもんな。)俺はここにきて、しばし考える。


「お父様なんて呼んじゃって。私は貴女がお父様の本当の娘だなんて思ってないから。」アイリスはぴしゃりとそう言うと宮殿の方に駆けて言った。


俺は間一髪のところで、植物の影に身を隠した。


その位置からはちょうど、取り残された少女が見えたのだが、月明りに照らされた少女は、アイリスに負けず劣らず、それはそれは美しい、サファイア色の瞳をした少女だった。


帰国する間際に、宰相の息子にひそかにこの国の王女は一人だけか、と尋ねると、彼は辺りを見渡した後、ここだけの話ですが、と次のようなことを教えてくれた。


現王には、正妃との間の子ども、アイリスの他にもう一人、侍女に産ませたリリーという娘がいる、ということ。


アイリスはリリーの存在を疎ましく思っているようで、彼女が表にでることを嫌い、事あるごとに彼女に難癖をつけている、ということ。


俺はその言葉を聞きながら昨日の少女の姿をもう一度思い浮かべたのだった。


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婚約破棄されたけれど、すべて私が仕組んだことですby某国の王女 みるくれもねーと @lagata

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