第6話 僕にネコカインが支給されないわけ-5

 僕は、ジーナと自分の家に帰った。その時にはジーナは少し元気になって、ミイミイ鳴き始めていたよ。

 自動タクシーにその音を録音されないかひやひやしていたから、家までの道はひどく長く感じた。

 家にたどり着くと、今度はジーナのための買い物に大急ぎで出た。

 医者の指示通り、ペットショップでイタチ用のご飯を仕入れ、小さめの衣類かごを買った。それに「シリカゲル」というのを入れれば、ジーナのトイレになるんだそうだ。

 僕はそのイタチのごはんをお湯でふやかすと、医者からもらった栄養剤のカプセルを少し混ぜた。

 それを皿に少し入れてジーナの前に持って行ったけれど、ジーナは少し舐めただけで興味を失ってしまった。

 後から知ったんだけど、子猫は鼻が利かないとごはんを食べないんだそうだね。

 ジーナは目はパッチリしていたけど、鼻はまだ良くなかったんだろう。結局、その日はまったく食欲がないようだった。

 翌日、僕は会社を休んだ。だって、ごはんも食べないジーナをほっておけないじゃないか。僕はまたあの占い師を頼った。僕が顔を見せると、とたんに占い師は表情を曇らせた。

 僕はまた厄介ごとを持ち込んで申し訳なく思ったけれど、そういうことじゃなかった。『シャデルナ』の女主人は、ジーナのことを心配していたんだ。僕が現れて、ジーナに何かあったんじゃないかと思ったらしい。


 僕がジーナがごはんを食べないことを伝えると、女主人は僕の家の住所を聞いて、今日の夜まで待つように言った。

 今回も彼女が受け取ったのはたったの3マーズだった。

 ……その夜、何が家に届いたと思う?

 それはもうぼろぼろの紙の本さ。


 表紙には『かわいいこねこの育て方』って書かれていた。500年も前にすたれた紙の本を、どうやって彼女が手に入れたのかは想像もできなかった。

 だけど、それが長いあいだ使われてきたというのは、そのボロボロさからわかった。

 僕はその本に書かれていたとおり、ふやかしたご飯を温めて、少しミルクを混ぜてスプーンでジーナの鼻先に持って行った。ジーナはそれでも食べようとしなかったので、少しだけ鼻の上にのせてやった。

 ジーナは嫌がるように顔をしかめると、小さな舌で鼻をぺろりと舐めた。

 それで、ジーナはそれがご飯だとようやくわかったんだ。

 ジーナはちょっとスプーンに興味を持って、その日は二さじぐらい食べたかな。

 そして、翌日はお皿の中に顔を突っ込んっでいたよ。顔じゅう、ご飯だらけにしてね。

 そしてその翌日、僕は『子猫』を『ジーナ』と名付けた。

 なぜジーナかって?


 あらためて説明すると恥ずかしいな……。3020年には、みんな知っている童話があるんだよ。

 「こねこのジーナ」って話がね。人間のことばを初めて話すようになった猫の話さ。

 まあ、とりあえず、それが僕とジーナが家族になったいきさつさ。

 そして、僕は予想もできないことに巻き込まれていった。

 いま、僕はセンターから逃げ回っている。それが僕がネコカインを支給されないわけさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る