第5話 僕にネコカインが支給されないわけ-4
『子猫』を拾うってことはどういうことか。
それは僕にとってまったく想像を超えたことだった。だって、そもそもセンターに選ばれるような人間ではなかったし、拾うこととセンターから割り当てられることの意味も全く違う。
それに、『子猫』がどういうものか、僕はまだ何も知らなかった。
医者に覚悟を聞かれたって、僕は正直に何も答えられなかった。ただ、ジーナになんとか元気になってほしい、それだけは理解していた。
そんな僕を見かねて、医者は僕の肩をとんとんと慰(なぐさ)めるように叩いた。
僕は『シャデルナ』の女主人に、
「助けてくれてありがとう」
と言った。『シャデルナ』の女主人は、僕を黒いコートのままハグした。
僕は胸が詰まって、もういちどこう言った。
「ありがとうございます、ただの通りがかりの人間なのに……」
『シャデルナ』の女主人は僕の肩に手を置いたまま、しばらくじっと僕を見ていた。そしていちど何かを言いかけて、その言葉をのみ込むと、そのままポンポンと肩を叩いて言った。
「なんの、占いにくるやつらっていうのは、みんなそれなりの事情を抱えているのさ。この灰色の街で、誰にも気づかれもしない、それぞれの悩みだ。どんな悩みだろうと、それに耳を傾けるのが占い師の誇りだからね」
「お礼は……」
『シャデルナ』の女主人は笑って言った。
「一回の占いは3マーズだよ。……ありがとう、それで十分さ。ついでに未来を占うかい?」
そういいながら、女主人は医者に青い小瓶を差し出した。医者は無言で受け取るとそれを戸棚の中にしまった。
僕が自分の未来に恐れおののいていると、それを見透かしたように女主人はこういった。
「易をするまでもないさ。これからは隠さなくちゃいけないことも増える。苦労はするだろうさ。でもみておくれ……この『子猫』! ちっちゃいねえ……! わたしも本物をみるのは何年ぶりだろう。どこから来たのかもわからない、危ないにおいもする。けれど、運命ってのはなるようになるもんさ」
それまでの僕はといえば、まったく平凡なサラリーマンだった。
まいにち起きて、会社へ行き、帰ってきて寝る。
けれど、それがある日とつぜんに変わってしまったんだ。
ジーナが僕のところにやってきた時から。
それで、ジーナが元気になったかって?
なったよ。点滴を受けて30分もすると、ジーナはパッチリと目を開けた。
まだ毛並みはベタベタだったけど、その瞳はとても大きくてきれいだった。
火星では、青い瞳は「地球のよう」、黒い瞳は「宇宙のよう」、茶色い瞳は「枯葉のよう」、というんだけど(ちなみに、火星では植物は貴重なものだから、枯葉はとても美しいイメージなんだ)、ジーナの瞳は金色だった。
いつまでたっても火星が手に入れられないものといえば、真ん丸な金色の月だよね。
火星の衛星のフォボスもデイモスも、地球の月にくらべればジャガイモさ。
凸凹でこぼこでいびつで、そして小さい。
僕を見上げるジーナの瞳は、真ん丸で、とてつもなく金色だった。
これが月か、と思ったよね。そのときから僕はジーナに夢中なのさ。
あれからよく食べて遊んで甘えて、すっかりデブ猫になったけど、僕の中ではいつまでジーナはあのときのイメージのままなのさ。
それで……そうだ、ごめんよ、僕はこれを書きながら、いますっかり情けないほど泣いてしまった。
ジーナは僕のところに今いないんだ。
だから、君に世界を救ってほしいとお願いしている。
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