第四話 お嬢様とギャップ

「よし、これで終わりっと」

エリーナ先生に課せられたダンボール箱運びを全部終えた俺はエリーナ先生からお礼の言葉を告げられる。

「ありがと〜、シノン君。おかげで助かったわ〜」

「いえ、これくらい何ともありません」

「さすがは男の子ね〜」

「あはは。ありがとうございます」

「でも流石にダンボール箱を片手に持ってきたのは驚いたな〜。私達は一箱で大変だったのに。シノン君は一度に二箱を……しかも涼しげな顔をしてたんだもの」

「あれは私もびびったわ……」

俺は効率も測って、片手に一箱ずつ乗せ、計二個を一度で運んで来た。

なので、六往復する所を三往復で済ませる事が出来たのだ。

二階職員室から一階奥の倉庫室までの距離は然程遠いわけではないけれど、往復するとなると少々面倒くさいと感じてしまう程。

そんな状況の中、女性が運ぶよりも男の俺が運んで行った方が当然速い為、更に時間は短縮された。

もし女性二人があのままダンボール運びをしていたら少なくとも三十分は掛かったであろう。

気になる俺のタイムは十分程であった。

差はたかが二十分だが、されど二十分。

業務が効率化され、時間が短縮されるに越した事はない。

「……まぁ、他の男子でも出来る人はいると思いますよ?」

それなりに日頃鍛錬をしていれば、だけど。

「へ〜、やっぱ男子は違うわねー。私達みたいな可弱い女の子には無理な芸当よ」

……う〜ん、ちょっと違う気がするぞー?

エリーナ先生は確かに可弱そうだが、君はゴーリキーみたいなとこあるじゃん? 本気出せば君一人でジムリーダー倒せそうじゃん?

俺が冗談めいた事を言うとすーぐ暴力を奮ってくる野蛮な人が可弱いわけないじゃん?

勿論、こんな事を本人に暴露してしまえば俺は一生モンスターボール生活になってしまうので言わない。

「……まぁ、女子には厳しいだろうな」

敢えて可弱いフレーズには触れないでおいた。

「逆に女子が片手にダンボールを平気な顔で持ってこられても困るけどな」

「あーそれ分かるかも。やっぱ女の子は弱そうな感じが可愛く見えるよね!」

君は最強だけどね。

「うんまあ、そうだな。強いよりかは弱い方が庇護欲を唆られるというか……。でも、普段強気な女の子が時折見せる弱い部分を曝け出した時も俺は結構好きだな」

「あ、ギャップ萌えってやつだね?」

一人でうんうんと納得の素振りを見せているシノンに対し、アリスは嘲笑うかのように手を口に当て、ニシシとにやけ顔を向けてくる。

その顔は俺の意外な嗜好に『意外〜』と言いたげそうだ。

「……悪いですかよ」

「ぜーんぜん! 人のタイプに文句を言うわけないでしょ」

「はあー、そうですか」

「うわー、何その微妙な反応」

年頃の女の子である為、色々と質疑をされるかと思いきや全くそのような事がない為呆気を取られてしまった。

別に聞いて欲しかったわけでもないし、教えるような事でもないので俺の件はここまでにして、対象をアリスに変える事に。

「アリスは、どういう男子がタイプなんだ?」

そう問うと、アリスの頬はヤカンが熱で湧き上がるかのようにどんどん赤くなっていく。

心なしか、頭からボスンッと湯気が立ったように見えた。

「えっ、わ、わたし!? 私は……ええっと、……優しい人、かな……?」

目の焦点が合わずにいるアリスに対し、俺は呆れた眼差しを向ける。

「うっわ、でた! 優しい人が好きって言う女子! あれマジで信用出来ねぇし、それ言っておけば言いと思っているでしょ?」

「えっ! そ、そんな事は––––––」

「あれなに? 優しいってなんなの? どこまでが優しいなの? 優しいって何?(哲学思考)」

「わ、私に聞くそれ!?」

「……アリスにとって、優しいってどういう人の事を指すんです?」

シノンは面白半分で問いているわけではなく真剣そのものだった。

キリッとした目つきを向けられ、アリスはつい気圧されそうになる。

だからアリスも、中途半端で曖昧な返答をするのが拒まれた。

「……これは、私の考えだけど……」

『優しい』の線引きは人それぞれである為、あくまでも個人の意見である事を念押ししてきた。


「––––––損得考えず、困っている人に手を差し伸べる事が出来る人、かな」


言い終えると意味も無く天井を見上げるアリス。

まだ昼前である為か、そこにはライトが灯されていない電灯が設置されているだけ。

「……なるほど。それがアリスにとっての優しい人、というわけですね」

確認するように同じ事を言うと、アリスはまだ火照りが収まっていないまま俺の方へと視線を向き始める。

「……悪いですか?」

そう問われると、俺はフッと鼻息を漏らし、ちょっと意地悪そうな口調と眼差しを向け答える。

「ぜーんぜん! 人のタイプに文句を言うわけないでしょ」

仕返しのつもりで言った言葉であったのだが、冷静になって振り返ってみたら『文句は言っていたな』と内心思う所があった事に気付き、少しだけ気恥ずかしい思いをしてしまう。

普段はちょっと前の記憶を忘れる事などあり得ない筈なのだが、この時の俺は『優しい』の定義を初めて女子から聞けた事に、自分の想定外な定義に、表面は平然と装っているものの、内心は動揺してしまっていたのかもしれない。

「ひゃあんっ」

突如、身を縮ませながら高い悲鳴をあげるアリス。

……え、何? 急にどうしたの? エロ!! という不審感が込み上がってきそうであったが、その謎の発声の理由は直ぐに分かった。

「な〜に? 二人で恋話でもしていたの〜?」

からかうような顔で話に乱入してきたのはエリーナ先生だった。

手にはそれぞれ缶コーヒーを持っている。

学校内に設置されている自販機で買ってきたのだろう。

突如現れたエリーナ先生に俺とアリスは不意を突かれたように驚きの顔をしてしまう。

「そんなんじゃないですぅ!」

俺の代わりに声を荒げながら否定してくれたアリス。

エリーナ先生はそれを微笑えましく見つめた後、手に持っていた缶コーヒーを渡してきた。

「はい。これ」

「「え?」」

缶コーヒーを手渡され、俺とアリスは声がハモる。

「手伝ってくれたほんのお礼よ〜。二人の好みが分からなくてコーヒーを選んでしまったのだけれど……。好きかしら?」

「はい、好きです」

「えッッ!?」

エリーナ先生に面と向かって返事をした姿にアリスは目を大きくして驚いている。

「……急にどうした?」

「あ、いや……。なんでもない」

「それ、なんでもあるやつなんだが……」

「ないったらない!」

「もうその口調がありありなんだけど」

「うっさい! しつこい男子は嫌われるよ?」

「わー、じゃあ俺、アリスに嫌われた?」

「っ! ……別に、嫌いになってなんか……ないし」

語尾に連れて徐々に声量が下がっていくので後半部分が聞き取れなかった。

「え? なんて?」

「んもぉ! このドS!!」

「えぇ……」

なんで、そうなるのぉ! と心の中でシャウトしてしまう。

「……ドS……」

俺とアリスのやり取りを側に、一人ボソッと呟くエリーナ先生。

喋ったのか判断がつかない程小さな声は誰にも届く事はない。

ブルブルと小刻みに震える体を保護するかのように手で包み込んでいる。

「……じゃあ、私はまだやる事が残っているから、ここで失礼するねっ、またね!」

何処か落ち着きのない素振りを見せながら職員室内へと姿を消していくエリーナ先生。

カツンカツンとヒール音を廊下に響きかせながら早足で戻って行った事からやるべき事がたくさんあるのだろう。

教師は大変だな、と他人事のように呟いた後、二人取り残されている事に気付いた俺はアリスに振り向き言葉を告げる。

「じゃあ、俺達も帰りますか」

「……あ、ちょっと!」

「ん?」

「……ちょっと、どっか寄ってかない?」

「寄りません」

「なんで!?」

「今日は色々と疲れましたので、早く家に帰って休みたいんですよ」

「……そうね。今日はシノン頑張ったもんね」

「んー、まぁ、頑張ったのか分りませんが……」

「ううん、シノンは頑張ったよ」

そんな確信した顔で言われてしまうと、俺も考えずにはいられない。

(なんか頑張ったっけか?)

しかし考えてみても、自分の中で頑張ったと思えるような事に心当たりは無かった。

「例えば?」

だから俺は聞いた。

「……教えて欲しい?」

「……まぁ」

「教えな〜い」

「うっわ。どっちがドSだよ」

なんだよ、このからかい上手のアリスさんは……。思わず胸がドキッとしてしまったじゃねぇか。

「まぁ、強いて言うなら……」

アリスは足元に目を向け、告げる言葉が決まると俺の方に振り向く。


「––––––シノンのおかげで、誰かが救われたってこと」


温かい笑みで告げられたその言葉を聞いて、俺の心臓は跳ね上がる。

その感覚は異性に惚れたというよりも、バレてしまったという驚きの感覚に近い。

『頑張ったつもり』はなかったが、『頑張ろうとした』のは事実だ。

入学式早々、見知らぬ人達にあんな恥ずかしい真似をする程メンタルが強いわけでもないし、どちらかというと教室の隅で一人楽しくスマホゲーム、または本を読んで生活していきたいタイプ。

俗にいう陰キャラってやつだ。

今思うと、とても恥ずかしく惨めな姿を曝け出してしまったな〜とつくづく反省をしてしまう。

もっと他に良い方法があったのではないだろうかと。

––––––だが、もう終わった事だ。

やってしまった事実は変わらないし、タイムマシンがあるわけでもない。

俺の準備不足が招いてしまった不祥事だ……。

それに、不思議と後悔は無い。

むしろ気分は良い方である。

形はどうであれ、俺の行動が誰かを救えているのなら、それで十分だ。

アリスには俺の奇妙な行動に勘付いているところがあるかもしれないが、それでも俺は素直に暴露する事が気恥ずかしくて、込み上がってくる羞恥心を抑え込むように気付いてないフリをして誤魔化す。

「……ああ、エリーナ先生の荷物運びとかか。女性には大変だったもんなぁ」

そんな誤魔化しも、根本的に意味は無い事は知っている。

「シノン」

学校内の広々としたホールに差し掛かった時、アリスは俺の前方に立ち、名前を呼びながら振り返る。

振り返った勢いで、僅かにスカートがフワッと舞い上がる。

タンッと上履きの音が微かに響き、そして、ホール天井から差し掛かる淡い光がアリスを照らし出す。

「ありがとう」

たった一言。たった一言のお礼なのに、その絵は凄まじく破壊力があり、なんだか様になっていて神々しかった。

まるで地上に舞い降りた天使のよう。

普段はポンコツで、子供みたいで、頼りないお嬢様であるのにも関わらず、この時のアリスは……お嬢様は……。


––––––そんなギャップに、俺は見惚れてしまっていた。


「……褒めてもなにも出ませんよ」

語尾に連れて徐々に声量が下がっていくので後半部分が聞き取れなかったアリス。

「え? なんて?」

「……んもぉ! このドS!!」

「ちょ! 私の真似しないで!」

「イッッッ」

パシンと背中を叩かれ高い音がホールに響く。俺はその痛みに耐えるように顔を歪める。理不尽だ……。

思わず、なんで、そうなるのぉ! と心の中でシャウトしてしまった。

そんな悲痛な顔を見てアリスは子供のように面白がっている。

そんな無邪気な笑顔を見せられたらつい許してしまいたくなっちゃうだろうに。

それだよそれ。なんだそのチート級の武器は。そんな武器を出されたら誰も太刀打ちできねぇよ。ズルすぎんだろ……。


––––––。


……う〜ん。やっぱり、思った通りだ。


––––––お嬢様は、最強だ。

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