第4話

 半ば医者に追い返されるみたいな感覚で


 とりあえず仕事は丸々5日間休暇をもらった。


「母が怪我をして」

「どこを」

「腰です」

「どうしたの」

「圧迫骨折だそうです」

「あー。ウチの親も自転車に乗ってて事故に遭ってさ。車にひっかけられたの。で、転んで圧迫骨折だったよ」

「すみません」


 ふう。


「じゃあ悪逆総研さんの担当、黒田くんに変えとくね」

「えっ」

「しょうがないじゃない。できないんだから。顧客第一だから」

「はい。すみません」


 すみません。


 誰が誰に言う言葉だろうかね、それって。


「ちんしもっこう」


 呟いてそれでどうにかなるもんじゃないけど整理してみた。


 ①母親は怪我をしている。

 ②父親は慰安旅行に出かけた

 ③わたしは仕事を休んだ

 ④馬鹿野郎


 だめだ。思考が短絡してしまう。

 やっぱり小説にしないとまとまらないか。


 タイトル『拒絶病院』

 作者『わたし』


 医師はわたしに告げた。


「余命40年です」

「ええと・・・それって」

「日本人の現時点での女性の直近の平均寿命を参考にわたしが診断しました」

「そんなに生きるんですか!」

「新聞の死亡欄とか見ませんか」

「あの・・・・今は東京勤務で地方新聞を見ないので」

「ふ。道楽者が」

「え。わ、わたしのどこが」

「死ぬってことはわかってるでしょうが」

「え、ええ。人間ですからいずれ」

「それがわかっててなんで東京に?」

「あ、兄がいますので」

「お兄さんは世を救う仕事をしておられます。地元に戻れないことをあなたが察するべきでしょうが」


語尾に『が』をつけるな、『が』を!


「で、ですけれどもわたしだって働いてます。社会人です」

「それって公共の仕事ですか」

「この世に公共に関わらない仕事なんてあるんですか?」

「ああ言えばこう言う。お兄さんの仕事は癌治療の研究ですよ?この世の最優先事項でしょう」

「で、でも」

「でももへったくれもない!」


 うわ。

 へったくれ、って言葉を現実世界で使う人を初めて見たよ。


「じゃ、じゃあわたしはどうすればいいんですか」

「そうですね。会社を休みなさい」


 Fin



 って、これじゃあさっきの判断のところで終わっちゃってるよ!


 とりあえず兄に連絡しようか。


「あ、兄さん?今話してて大丈夫?」

「ちょっと待って。今教授と打ち合わせ中なんだ。後で電話する」

「あ、ごめんね。じゃあ後で」


 ごめんね、ってなんだ。

 それって誰が誰に言う言葉なんだ。

 しょうがない。

 とりあえず母親にごはん作らなきゃ。


「お母さん、何食べたい?」

「ちょっと起き上がれそうにないからいいよ」

「いいよ、って、そんな訳にいかないじゃない。寝たまま食べられるって・・・おかゆしかないかな」

「それでいいよ」


 怪我人であって病人ではないんだからおかゆなんてね、って思ったって物理的にそうするしかないんだからしょうがないかな、って思いながらいつ炊いたのかわかんないけど炊飯器に保温のまま入ってたごはんを鍋に移して作った。


 ああ、土鍋なんか使わないよ。普通の鍋だよ。


 ごはん茶碗によそって梅干しの梅肉の部分を少しと紫蘇を乗っけて、スプーンを母親の唇の縁から差し込むようにして食べさせた。


「こんなんでお腹ふくれる?」

「余計に空いたような気がする」


 そんなもんだよね。


 兄から連絡が来たのは夜になってからだった。

 長い打ち合わせだ。


「いや、悪かったね。打ち合わせからそのまま実験に流れちゃったから」

「ううん、いいよ。でね。お母さん圧迫骨折だって」

「そうか。コルセットは?」

「つけてるよ。でも起き上がるのも大変みたいで。戻って来るの、無理かな」

「無理だな。医者は?いつもの病院か?」

「うん。β病院」


 市民病院でもなく強いて言うなら町民病院みたいなレベルの総合病院。


「医者はなんて?」

「コルセットつけて様子を見てくださいって」

「ふうん。まあそういう見立てならしょうがないな」

「でも、起き上がれないぐらいなんだよ?」

「ぐらい、だろ?先生がそう判断してるならしょうがないだろ」

「じゃあ、どうすればいいの?お父さんは自治会長の仕事だって懇親旅行に行っちゃったし」

「会長ならその責任があるんだろ」


 わたしの仕事の責任は。


「じゃあどうすれば」

「しばらくお前が面倒みてくれないか」

「会社は」

「悪いけど休んでくれないか」

「・・・・・・・・・・・・・」

「黙るなよ。思考しろ。行動しろ」

「お兄ちゃんが考えて。こっち来て」

「できないんだよ。わかるだろ?国の研究なんだ」

「それってお兄ちゃんじゃないとだめなの」

「ああ。余人を以って代えがたい、ってやつだ」

「わたしは」

「仕事のフォローしてもらえるんだろ?」


 切った。


 あれ?

 なんか言ってる?


「お母さん、大丈夫?」

「ちょっと痛い・・・かな」

「どうしよう」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないじゃない」


 ほんとうに大丈夫なら『痛い』なんて言うなよ。


 わたしが小学校でいじめに遭ってて、学校の帰り道に蹴られたりしてたのを見て全部知ってて。


『どうできる?』


 って父親と一緒になって言ったよね、あなた。


 そんでやってた子の家にわたしを無理やり連れてって


「なにしてくれてんの」


 って、自分の怒りだけぶちまけてたよね、あんた。


 その帰り道にさ、


「あんな喘息持ちのモンにいじめられて情けない!あっちの母親が『うちの子は喘息を持っててそれで色々と大変なんでやったんだと思います、すみません』って言って残念でならんかったわ!」


 ごめんなさい。


 誰が誰にごめんなさい?


「兄ちゃんはそんなこと無かったのにね!」


 ごめんなさい。


 ごめん。


 悪い。


 ・・・・・・・・・・


『はい、消防ですか?救急ですか?』

「救急です」


 救急車を呼んだ。


 父親のメンツなんか知ったことか。


 バカが。


 翌日の午前中、父親が慰安旅行から帰って来た。


「お母さんは?」

「入院したよ。今から着替えなんか持っていくところ」

「入院?いつ?」

「昨日の夜」

「β病院か?」

「ううん。隣の市の市民病院」

「なにがあったんだ」


 救急車を呼んで、β病院じゃ話にならないから別の病院を指定した、って伝えたら怒鳴り始めた。


「β病院の先生方に父さんはお世話になってるんだぞ!」

「え。それがなに」

「先生方の顔に泥を塗るみたいなことしたら申し訳ないだろうが!それに救急車を呼んだだと!?」

「そうでもしないと入院させて貰えそうになかったから」

「近所に恥ずかしいだろうが!」


 えっ。

 まあ、分かるけど。


 救急車呼んだら町内の人みんな面白がって噂するけど。


 特にわたしをいじめてた奴の家の母親とか喜んで噂しそうだとは思うけど。


「じゃあどうすんの。お父さんが面倒看ればよかったんじゃない」

「大事な仕事だったからな。無理だってわかってるだろう!」

「宴会が仕事?」

「大事な人間関係だ」


 ホンキで言ってるからどうにもなんねえ。


 誰もどうにもできないし、しようとしないからなんだけどな。


「買い物行って来る」


 わめいて玄関までついてきてそれでもまだ父親はわめいてたけどコンビニまで自転車で行った。


 ついたら店の前に鉄製の古いタイプのベビーカーを押してるばあちゃんが居た。


「まだかい」

「まだだ。あと45分」


 わたしとそう歳が違わないような男の店員とやりとりしてる。


 何がまだなのかわからなかったけど店に入らずにしばらく見てたら店員が廃棄物の一時保管用に使ってるプレハブ物置の鉄製のゴミの籠を準備してた。


 それが終わると店員はステンレス製のぶっとい腰掛け用のパイプに座って鉄棒の上で支えるみたいに両手を後ろ向きに棒に乗っけて、それでタバコを吸った。


 わたしはいじめに遭っていた頃の名残で人と話すのは今でも嫌で、仕事はお給料を貰わないといけないから顧客や取引先や職場の人間と話さざるを得ないけどそれ以外のやりとりはなかなかできなかった。


 でも小説を書き始めてからそれは変わった。


 ネタのためだ。


 そう思ったら絶対に社交の対象とはならない人間ともかかわった。


「なにがまだなんですか」


 わたしが訊くと店員は口を開けて、でもわたしが客になりうるかもしれないと思ったんだろう、少し笑顔になって答えた。


「賞味期限切れの惣菜待ちですよ」

「値引きですか」

「いえ。賞味期限切れですから販売できません。廃棄です」

「あのおばあさんはショッピングバッグレディですよね」

「なんですか、それは」

「ホームレスに近い意味です」

「ああ・・・・毎日来ますからね。きっとそうでしょう」

「廃棄する惣菜をどうするんですか」

「・・・・・・・・どうもしませんよ」

「あげるんですか」

「すみません、作業がありますので」


 捨てるものを手渡して万が一ばあちゃんが食中毒でも起こしたら店の責任になるだろう。


 仮にゴミ箱から勝手に取っていったとしても廃棄物の管理を怠ったってことでやっぱり店の責任になるだろう。


 店の責任、てことはチェーンの大元の上場企業が世間から叩かれるんだろう。法的罰則もあるんだろう。


 じゃあ、怪我した自分の妻をそのまま放置した夫は?


 怪我した自分の母親をそのまま放置した息子は?


 怪我した自分の母親をそのまま放置した娘は?


 はっきりしてほしいな。


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