第3話 王の威光

「みんな無事か。」


「はい、シンコクオウ様の方もご無事で何よりです。」


ワームが謎の光で跡形もなく消滅させられた後、私たちはシンコクオウ達との奇跡的再会を果たした。


普通なら一介の公務員である私たちが一国、いや一大陸の王であるシンコクオウと面識があるわけもないが、以前の事件でたまたま一緒になったことがあるのだ。


「他の方々は。」


本当ならば今頃シンコクオウは世界中のトップたちが集まる会談、世界サミットに参加しているはずだった。そこで歴史的採択がなされ、今日という日に世界が歓喜しより良い未来へ世界が新たな一歩を踏み出すはずだったのだが・・・・・・・。


春樹の問いにシンコクオウは答えずただ首を横に、振った。


「そう、ですか」


国の王がこんな危険地帯を側近二人だけ連れて出歩いている時点でおおよその見当はついていた。今さら偉そうなオヤジにしゃしゃりでてこられても現場が混乱するだけではあるのだが、まさか


全世界のトップがみんな殺されてしまうなんて。


私たちはまだ外の世界がどんな状態なのか知らない。この大厄災を逃れた地域でこの大厄災がどのように報じられているのか私たちは知らない。


それでも一つだけ、分かっていることがある。世界最高の日となるはずだった今日が世界最厄の日となったことだ。


シンコクオウと合流した後、私たちはシンコクオウを安全な場所へ連れて行くため、緊急捜査本部、と言っても私たちと後二人しかいないけど、そこへ向かいながらお互い情報交換することとなった。


「シンコクオウはこの事態について何か心当たりはありませんか。琥珀さんからは世界サミットの途中で暴れはじめたバイスの対応に追われていたら突然町が破壊されたと・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・」


シンコクオウは一瞬、探るような視線を春樹に向けた後、考えをまとめるかのように顎に手を置いた。そこへ普段元気な優の恐縮した声がシンコクオウの思考に割って入ってきた。


「あ、あの、王様、わたしのダーリン、じゃなくて黒髪で少し目つきの悪い二十代前半ぐらいの男の人を見ませんでしたか」


「ちょ、優」


いくら知り合いと言っても、相手は一国の王、私たちのような一公務員が軽々しく話していい相手ではない。状況が状況だけにある程度は許容の範囲かもしれないけど、それでも。


「それが何か、その男性とこの事態に何か関係があるんですか」


優の飛び入りにシンコクオウの側近、オーディンが口を開いた。


「そ、そういうことは・・・・・・」


今私たちがすべきことは生き残ったシンコクオウを無事安全な場所まで届け出ること、そして町をこんなに破壊した原因の究明。


もちろん一般市民を救助しないわけじゃない、こんな状況でも生き残っている人がいるなら私たちは助ける。でも、生きている可能性の低い人を優先して探すことはしない。


優の気持ちは分かるけど、私たちは自分の気持ちを優先することはできない。


「・・・いや、見てないな。僕達もこの事態については良くわかってないんだ。」


重くなった空気を和ますためか、シンコクオウは努めて明るい調子で答えてくれた。


この辺りは、やっぱり人の上に立つ王様ってことかしらね。


「そ、そう、ですか」


優もシンコクオウの配慮は理解しているのだろうシンコクオウほど自然ではないがそれでも周りを心配させないように、自分を元気づけるように、笑って見せた。


そんな優の姿に一瞬シンコクオウではなく一人の、シンの顔をしたように見えた。


「ただ・・・・・・・」


シンコクオウが何か言いだそうとしたとき今度は秋が口を挟んできた。


「あの、井坂、井坂主相も・・・・・・その」


秋が会話に割って入るなんて。


秋はあまり会話がうまくない。コミュ障ってわけではないんだけど何でもかんでも単刀直入に簡潔明瞭にしゃべってしまうため会話が続かない。だから相手から情報を聞き出すときは基本彼女の相棒である春樹がやってるんだけど、何か気になることがあるのかしら。井坂と言えば、日本の首脳だけど。


私だけではなく優も、相棒である春樹でさえ驚いた表情を隠さず秋の方を見ていた。


「本人を直接見たわけじゃない、でもあの状況ではきっと・・・・・・」


予想はしていたのだろう、それでもいざ現実を突き付けられた秋は自分の中で芽生えた感情にどう向き合えばいいのかわからないといった様子で視線を下げた。


「君たちの方はどうだい、何かこの状況について気づいたことはないかな」


リバウンドしてしまった空気をシェイプアップさせるためシンコクオウは再び軽い調子で話題を変えた。


一国の王様も大変ね、わたしも昔リーダーやってたことあるけど、力で無理やり言うこと聞かせてたしね。


「いえ、こちらもなにも。ただ・・・・・・」


「ただ」

「今回の町の破壊といい、その直前に起こったバイスの同時多発出現と言い、何か裏があるのではないかと我々は考えています。」


春樹の言葉にシンコクオウだけでなく、側近の二人までもが振り返った。確か金髪の王子様みたいな美男子がオーディンさんで白髪のちょい悪長老みたいなおじいさんがフオッグさんだったかしら、彼らも春樹の発言が信じられないみたいな顔をしている。


「まさかバイスが集団で何かを企んでるって言うのか」


「でもバイスってのはあんまり理知的じゃない生き物だったんじゃなかったかね」


沈黙を貫いているオーディンさんも訝しんだ顔で春樹を見ている。


まあ無理もない話だけどね。


バイス、今から五年前に突如として世界中に現れ、世界を破壊と混乱の渦に叩き落とした謎の生物、と世間では報道されている。その正体は何の変哲もない普通の人間である。原因こそわからないが普通の会社員や主婦がある日突然バイスとなり超能力を得た異形の怪物になるのだ。バイスを直す方法は今のところない。そしてバイスは理性を失っているため会話もできない。故に私たちは町にはびこるバイスを殺して回っている、今も昔も。


バイスに理性がないのは私たちの世界では常識。昔起こった世界同時多発バイス襲撃事件も結局はたまたま起こった偶然の産物ということで片が付いた。


理性の蒸発した怪物に徒党は組めない。その結論は正しい、その前提条件が間違っていなければ。


「そうですが、もし何かしらの方法、例えばバイスを操れるオラクル所持者がいたりすればそれも可能かと」


春樹は混乱を招かないよう私たちが掴んでいる情報を出さず、共有できている情報だけで何とかシンコクオウ達を納得させようとしている。


「確かに、可能性としてはなくはない話であるけど、これだけの大事件を一人で起こしているとは考えにくい。裏にはなか大きな組織が着いているはずだ。何か心当たりはあるのかい。」


春樹の言うことは理屈としてはありえる。けれど現実味が薄い。話を親身に聞いてくれたシンコクオウも半信半疑、いやニ信八疑といった具合である。側近二人の目からも疑念の色は消えていない。的外れな説明をしているような感覚、しかし春樹はこの説明に具体性を持たせる。存在自体が証明されていない、幻影の組織の名前を使って。


「あります」


「それは」


「コレクションです」


コレクション、五年前のバイス事件で混乱に落ちいったのは表だけではない。むしろ裏の方が地獄だった。日本はそれほどではなかったが外の国ではありとあらゆるヤクザ、マフィア、テロリストが自分たちを守るため、そして弱っている相手を仕留めるため昼でも構わず抗争が行われ毎日多くの組員が命を落としていった。阿鼻叫喚の地獄絵図の中で裏を支配したと噂されているのがコレクションという都市伝説まがいの組織だ。


この組織がいる証拠はまだ見つかっていない。それでも具体的な組織名を出したことで春樹の説にある程度の、少なくとも一考に値する説得力を持たせられる。


そう、私たちはこの事件に裏があると思っている、いや確信している。なぜなら、


「そんなのは都市伝説・・・・・・」


「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON」


文字で起こしてみればただのオオカミの遠吠え、だけど私たちの鼓膜を震わせる声はオオカミのそれよりもはるかに低い。地の底から響いていると錯覚するほど重厚な叫びが地面までをも震わせている。


「あれは・・・・・・・」


私たちから十メートル離れた瓦礫の上にそれはいた。三メートルを超えるほどの黒い巨体。一見すると大男にも見えなくもないが、その黒い巨体は人間にあるはずのない尻尾が生えており、顔はオオカミそのもの、違う点と言えば頭に突起が四本生えて王冠のようになっていることだろうか。体にまとわりつく瘴気のような黒い煙も相まって、地獄より現れた怪物のように見えた。


「キングフール、あいつが世界サミットを破壊した張本人だ」


いつも優しく慈愛溢れるシンコクオウの声に触れるものをすべて焦がしてしまいそうなほどの熱がこもる。


「あれを相手取るならこちらも覚悟した方がいいぞ」


この距離では戦闘を回避することはできない。私たちの中で最も戦闘慣れしている秋が先陣を切ろうと一歩前に出る。すると、


「GRUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAA」


秋の行動を敵対行動とみなしたのか、それとも最初から問答無用で襲い掛かってくる気だったのかわからないが、黒き破壊の獣がこちらへ猛スピードで襲い掛かってきた。


「戦闘準備」


春樹の声に私たちも戦闘態勢に入る。


「みなさんは早く琥珀さんの所・・・・・・・へ」


迫りくる黒の破壊者、それを迎え撃とうとする私たち、その間に突然白い背中が。何かと思って視線を視界を覆った白い背中の主へ向けるとシンコクオウが私たちをかばう格好でキングフールの前に立っていた。


「シン」


シンコクオウの行動に私たちが言葉を失うと後ろから老人の声が聞こえた。その声は当然シンコクオウにも聞こえているはずだが振り返ることなく、迫りくるキングフールへ歩を進めると、体を白い光で包まれ始めた。


見覚えのある光に包まれるシンコクオウ、しかしキングフールはその足を止めることなく、実際のオオカミよりはるかに大きい鉤爪がシンコクオウを捉えようとしたその時


「GYAO」


キングフールの顔面に鱗で覆われた拳が撃ち込まれた。


「彼には悪いがここで眠ってもらおう。」


光に包まれ現れたシンコクオウの体は私や優のように衣服で覆われていることなく、その手には黒き漆黒の剣も炎湧き出る双剣も持っていなかった。もっと言えば彼は人ではなかった。


彼は竜になっていた。


全身を白きうろこでおおわれた、美しき白竜。

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