第2話 二番目の襲撃者

「さてと、下手に動いて行き違いになっても癪だし、ここで秋たちが来るまで待機ってことになるけど、どれくらいかかるかしらね」


「あきあきだけなら、ビューンって来れるから十分もかかんないと思うけど」


「問題は春樹ね、何で秋と同じような能力なのにあそこまで性能が違うのかしらね」


「はるはるのオラクルもすごいよ」


「あからさまな困り顔で言われてもね」


あはは、とお世辞にも上手と言えない作り笑いをする優に思わず私も目を細くしてしまった。


もちろん私も心の底から春樹を役立たずとか女の尻にひかれて情けない男とか思ってるわけじゃないんだけど・・・・・・・少しは思ったこともあるけど、それ以上にねえ。


「秋が出来る女すぎるのよねえ。」


「あー」


優もこれに同意を示すように唸り声を上げた。


昔からずっと春樹は秋とコンビを組んでたらしいけど、あの才色兼備を体現したような秋とずっと一緒に仕事してたらねえ。比べられることもいっぱいあったでしょうに。


「相棒が出来ると大変よねえ。私はそういう経験ないけど。」


「なんか言った」


「いいえ何も」


勘は鋭いのよねえ。男を見る目はなさそうだけど。


「それにしても、秋たち遅いわね、かれこれ十分は経ってそうだけど。」


「あきあきたちが向かったのってここから結構離れてなかった。あそこからだと三十分ぐらいはかかると思うけど。」


「それはそうだけど、秋の口ぶりから結構近くまで来てる感じだっ、た・・・・・ん」


話の途中で私の足元に小さい小石のようなものがコロコロと転がってきた。一つくらいならたまたまだと思うけど、それが続けて三個もとなるとさすがにおかしい。転がってきた方を見やるとひときわ大きい瓦礫の山が。たしかタワーマンションがあったとこだっけ、金持ちしか入れない超高級の。


破壊される前の面影を完全に失い道端の汚山の大将と化した高級タワーマンションのなれの果てを見上げていると、突然ローキックを受けたような衝撃が。


「え、なに、地震」


当然優が私にローキックするわけない・・・・・こともなそうだけど、こんな時にそんなことする子じゃない・・・・・・・と思いたい。突然降りかかった想定外の出来事に脳がショートしてしまい事態を把握できないでいると不意に優の叫び声が聞こえた。


「さいさい、横にジャンプ」


長年の相棒の声を私も聞き逃すわけがなく渾身の力を込めて地面を蹴り横っ飛びジャンプ。すると私がさっきまでいたところから巨大な筒状のものが地面を突き破って地上に這い出てきた。


「なにこれ」


突然地面から現れ私を見下ろす褐色の筒はかつて成功の象徴としてこの辺りにそびえ立っていた高級タワーマンションをはるかに超える大きさで、外側に紫のニキビのような斑点があり、大の大人でもすっぽり覆ってしまいそうなほど大きい中央の空洞からはのこぎりのような細かな歯が三百六十度ぎっしり詰まっていた。


「これあきあきたちが追ってたワームのバイスじゃない」


「ええ、何でこっちに来んのよ」


バイス:ワームはどんなものでもかみ砕いてミンチにしてくれるわと言わんばかりにおぞましい口を徐々に私の方へと近づけてきた。ちょうど私の体が完全にワームの陰で隠された瞬間、私は優とアイコンタクトをとった。そしてすぐさっき解除したオラクルを再び発動、全身を光の繭で包み込む。一泊遅れて慌てたようにワームが私を捕食しようと繭ごとのみ込みにかかるが、光の繭がワームを吹き飛ばす。


数瞬後には繭がほどけ私の神衣、赤の深層(ディープレッド)と神器、豪炎双(ごうえんそう)が顕現する。


私の双剣、豪炎双は刀身に鋼鉄すら切断できるほどの熱を持たせて攻撃する攻撃特化型の神器。通常、神衣も神器も神契した神様の影響を大きく受けるのだがそれと同時に契約者の影響も色濃く受ける特徴がある。


ワームは光の繭から受けた反動でノックバック状態、このチャンスを見逃すはずがなく、私と優は一斉にワームへとびかかった。


何でこっちは私好みなのに、服はこんなアイドルみたいなふりふり衣装なのかしらっ。


「っ」


無言の気合と共に二つの剣でワームバイスを攻撃。斬撃を交差させるX(クロス)切りに、二つの剣を寝かせて平行に構え切り裂くファングスラッシュ。


「gruuuuaaaaaaa」


息もつかぬ連続攻撃にワームバイスは痛哭する。


別に私は特殊能力を身に着けられて浮かれているわけでも中二病という病に犯されているわけでもない。ただ自分の攻撃に名前を付けていたりすると実際その攻撃をするときにイメージがしやすいのだ。契約で手に入れた力といっても所詮は借り物の力、うまく扱うにはイメージが重要になってくる。その際名前と自分の動きを関連付けしてると扱いが容易になるのだ。まあ、アニメや漫画とかの必殺技みたいなもんね。もちろん人前でこんな技名を大々的に言うのは恥ずかしいから心の中でしか言わないけど。


ワームの体、外表面にある吹き出物のようなもの、どうやら正体は酸のようなものらしく、私たちの斬撃で水疱が破けるたび辺りの瓦礫を溶かしていっている。こんなものをまともに浴びれば当然人の体なんてひとたまりもないでしょうけど、こっちが纏っているのは神衣、人智を超えた衣服である。露出している顔なんかにかからないようにすればそれほど怖いものではない。


休みなく叩き込まれる斬撃にワームバイスは悲鳴を上げることしかできず馬鹿でかい図体にはすで無数の火傷跡をついている。圧倒的に私たちが押している。ワームバイスは耳を劈くほどの悲鳴を上げ続ける、けれどもその巨体を地面に横たえることはなかった。


こいつどんだけ耐久力あるのよ。防御特化型ってことないでしょうね。


単発の強撃を得意にしている優は既に肩で息をしており、攻撃の手が止まっている。そして私も。


「く、X切り」


渾身の力を込めた一撃もワームバイスを倒すには至らなかった。そして私の攻撃もついに止まった。


「Guoooooooooooooooooooooooooo」


斬撃が止まったことを確認すると、次は自分の番だと言わんばかりの殺意に満ちた怒号を上げ、私の頭上へ最初から決めていたようにおぞましい口元を私へと近づけてきた。


「さいさい、うわ」


「ゆう」


私を助けようと優は愛剣を振りかざしたが、いち早くワームに察知され尻尾で優を強打。横殴りに飛ばされた優は近くの瓦礫に頭から突っ込んでしまった。神衣を着ているので命に別状はないと思うけど、このままじゃ私も優もこの気色悪いミミズの餌にされる。


邪魔者がいなくなったのを確認すると、ワームは無数のギロチンを生やした口を大きく開いた。さしわたし三メートルはあろうかという大口が私を丸みミンチにしようと近づいてくる。全力の斬撃を十分以上連続で出し続けた私に目の前に迫る緩慢かつ無慈悲な暴虐に抗う体力が残っているわけもなく。ついに私の全身がワームの中へ納まろうとした瞬間。


「Gyaoo」


ワームは勢いよくのけ反らされた。


「これは風」


コの字に腰を折るワームを見上げながら、私は自分の周りを取り巻く風が高速で回転しているのを肌で感じた。こんな局地的に台風が自然発生するわけなく、ワームを見上げる視界を猛烈なスピードで横切るポニーテール巨乳を見つけた。


「あきあき」


「ここは私に任せて優と彩夏は下がれ。春樹は風の防護壁を彩夏たちに頼む。」


「わかった」


そう言うと白馬の王子様風の神衣を纏った秋は一つに束ねた緑白色の髪を振り乱しながら空を縦横無尽に駆け抜け、ノックバックから立ち直ったワームをかく乱、シミひとつない白銀の剣でワームの体を引き裂いていく。


この隙に私は瓦礫に埋まる優を掘り出し、体勢を立て直すため瓦礫の陰からこちらを援護してくれる春樹の元へ走る。


「せりゃあ」


「Gyaooooooooo」


宙を自由自在に舞う秋を撃ち落とそうと必死に尻尾を振り回すが、空を高速で動くハエを人間が捕らえられないとの同じように、ワームバイスの尻尾も空を切るのみだった。頼みの綱である酸たっぷりニキビも秋が体にまとわせている風の鎧、エアブレスに阻まれ秋の柔肌に届くことなく霧散。キラキラ光る薄紫色の霧が秋の周りを覆いまるで舞台の演出のように見えた。


「とりゃあ」


ぶしゅう


「おわあ」


「ちょ」


「止まるな、ウィンド・ホール」


秋がつぶした酸疱の一つが春樹の元へ向かう私たちの真上に酸の飛沫を飛ばしてきた。とっさに私たちは神衣で防御されていない顔を守ろうとするがそれよりも早く春樹が風の防御結界をふたt日私たちの周りに展開。おかげで酸の雨粒は一瞬で吹き飛ばされた。


「すまない」


律儀に謝罪する秋は一瞬空中で動きを止めてしまった。そんな隙をワームが見逃すわけなく今まで空を切っていた尻尾が秋をついにとらえた。


「秋」


空中を高速で飛び回るハエを人間がはたけばどうなるか、殴り飛ばされた秋ははじかれたピンポン玉のように一際小高い瓦礫に激突。秋が視界から消えてもなおワームの怒りは収まらず体全体をぶんぶん振り回し暴れだした。


「ちょ、このまま暴れたら、ぼくたちみんな瓦礫に押しつぶされちゃうよお」


優の言うとおり、神衣を身に着けていれば瓦礫に下敷きにされても無傷でいられるでしょう。でもそれはあくまで傷がつかないというだけで、無事と言う訳ではない。当然瓦礫の中に埋もれれば私たちの体には何キロ、何トンといった重量がのしかかることになる。神衣は地球上のどんな防護服よりも丈夫であるけれどもその上からのしかかる重量を失くしてくれるわけじゃない。つまり、ワームがこのまま暴れまくって瓦礫の下敷きになったら当然私たちはのしかかってくる瓦礫の重みで圧死する。


「はやくあきあきを助けないと」


「そうね、とりあえず秋を助けてここからひきましょう」


「だが、ワームをこのままにしておくわけには」


「もう私たち以外にこの辺りで生き残ってる人なんかいないわよ。ワームをこのままにしてもこれ以上被害が大きくなることはないわ」


すこし考える仕草をした後、春樹は分かったと言って上司らしく私たちに指示を出した。


「手数の多い彩夏は双剣でワームの相手を、なるべく秋から遠ざかるように立ちまわってくれ、その間に優は埋まってる秋を救出、俺はウィンド・ホールで二人の援護をする。」


春樹からの指示を聞いた後すぐ私たちは飛び出した。私はワーム目掛けて豪炎双を振るい、優は秋の埋まっている辺りでもう一人の相棒、刀身の厚い黒剣を振り回してうずくまる瓦礫をなぎ倒していく。


「せやああああああ」


「Gyaaaaaaaaaaa」


春樹のウィンド・ホールのおかげで水疱から吹き出す酸は私に届く前に紫色の霧になって飛んでいってくれる。それに秋の攻撃でただでさえ体力を消耗していたワームは怒りに任せて暴れまわったせいで完全にスタミナ切れを起こしており、尻尾攻撃もかみつきもかわすのはさほど難しくなかった。おかげで集中して攻撃できるんだけど、問題が一つ。


「はあ、はあ、はあ」


私の方もスタミナがすでに限界に近いことだ。さっきのトカゲもどきのせいでただでさえスタミナ消費してるってのに、こいつ全然倒れない。


「Gyaaaaaaaaaooooooooooo」


「あぶなっ」


横薙ぎに振られた巨大尻尾を間一髪と言うところでなんとかよける。


どっちもスタミナはもう限界。だけど向こうはまだまだ倒れる気配がない、それに引き替えこっちは一発でも喰らったらアウト、最悪こいつの腹の中でマッシュにされる。


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaooooooooooooooooooooooooooooooooo」

 

ゴムのような体を限界までの引き延ばすとワームは空へ向けて威嚇の咆哮を上げた。地面も揺らすほどの怒号だったが私の耳にはある少女の声がはっきりと聞こえた。


「あきあき見つけたあ」


その声が聞こえた瞬間、私はありったけの力を込めて二本の剣を交差するように振るった。


「X切りっ」


普段なら顔面真っ赤にするぐらい恥ずかしいが、今はそうも言ってられない。恥も外聞も捨てて気合の技名叫び。


「Gruuuuuuaaaaaaaaaaaa」


渾身の一撃にさすがの耐久お化けワームもノックバック、生じた一瞬の隙を見逃さず私も戦線から離脱。重たい足を無理やり動かして春樹たちの元へ向かう。瓦礫から掘り出された秋も優に肩を借りながら春樹たちの元へ向い、すでに数メートルの所まで来ている。


何とか無事にみんなで戻れそうね。


安堵の息を漏らした瞬間、背中に強い衝撃が。


「ぐふ」


「彩夏」


「さいさい」


限界をとうに向かえていた足が背中からの強い衝撃に耐えられるわけなく、地面に倒れる寸前攻撃を受けた方向へ体を回転させるとそこには、そこらへんに嫌と言うほど転がっている瓦礫の破片が。


まさか、私目掛けてそこら辺にある瓦礫を尻尾で飛ばしたの


「ぐ」


「Gyaaaaaaaaooooooooooooooooooo」


足に踏ん張りがきかない私は地面に肩をつける。そこへイソギンチャクのようにおぞましい口が迫り、そして


「Gy」


私をむしゃむしゃひき肉にして食べようとしたワームはまばゆい光に飲み込まれた。


なにこれ、私たちが神衣に衣装チェンジするときの光とは違う、もっと圧倒的で無機質な光。


ついさっきまで対峙していた、ワームを超えるほどの力強さを感じさせる光に見とれていると、滝のように流れる光の本流が消え、後には何も、あの高層タワーを超えるほどに大きかったワームもそこのアスファルトが見えないほど積もってた瓦礫も消え去り残っていたのは隕石でも衝突した後のように大きなくぼみだけだった。


「これは」


なんとなく、春樹たちの方を見るとみんな一点の方向、私から見て左斜めにある周りで二番目に高い瓦礫の山の頂上を見つめていた。


目を凝らしてみると、そこには見知った顔の男が三人。


年を感じさせる堀の深いしわに黒縁の眼鏡をかけた白髪の老人にその隣で並ぶ俗物と思えないほど洗練された雰囲気を纏う金髪の青年、そしてその二人が従えるように前に立つ褐色の男。嫌みのない笑顔に真っ白な歯が特徴的な紫髪の偉丈夫。


私たちは彼を知っている。まさか生きていたなんて。


私が声を出す前に優が口を開いた


「シンコクオウ、生きてたの」


一国の王、しかもアフリカを統一した大王に向かってあんたは。


シンコクオウは少し困ったような顔をしながらも、笑顔でこちらに手を振ってくれた。


正直ワームよりもこっちの方が生きた心地がしなかった。

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