W 英雄の君と破壊者の俺 下書き 連載版

@maow

第1話 破壊された町並み

「優、そっち行ったわよ」


破壊された町を猛スピードで走る異形の怪物、そいつを必死に追いかけながら、私は肺に残ったありったけの空気を吐きだして叫んだ。辺り一帯瓦礫の山で私の声がこだまするわけもなく、鉄の臭いが残る空気にあっさりと飲み込まれてしまった。あまりにも無力な私の叫び、それでも長年苦楽を共にした相棒は聞き逃すことなく、眼前を走る怪物のちょうど真上、気持ち悪い緑頭の真ん中に、その黒くも美しい愛剣を振り下ろした。


「うおおおおおおおおおおお」


気合の入った声と共に近くに積み上がっていた瓦礫より飛び降りた優は私の前を走っていた怪物、見るからにブヨブヨした緑色の体を持つバイス:バジリスクを頭から真っ二つに、スプラッター映画のゾンビがかわいらしく思えるぐらいに見事な一刀両断をしてみせた。


「Gyoa」


生物学者でもない私には、というか生物学者でも無理だろうけど、目の前で頭をかち割られた怪物が最後に残した言葉は分からない。それでもわかることがある。それは短い断末魔を残してバジリスクはその命を絶たったこと、そして切断されたバジリスクの頭から出る血や脳漿で二人の乙女が汚されてしまったことである。


「おつかれえ、優。これでやっと半分ね。」


「うーん、そうだけど、服がべたべただよ。なんか変なにおいもするし」


私は顔だけで済んだけど、バジリスクを一刀両断した当人は顔だけというわけにはいかなかったみたいで、全身バジリスク成分でびちゃびちゃになっていた。まあせめてもの救いはひざ下まで伸びる紫色のコートのおかげでインナーまで汚れなかったことぐらいかしらね。


うん、違うわね。


バジリスクの体液を一身に受けた優のコートだけどそれでもコートの持つ神秘的な美しさは損なわれることなく、むしろ怪物の血すらも自らを彩る配色の一部にしてしまっているように見える。美人は何を着ても美人と言うことだろうか。といってもさすがに臭いまで着こなすことは出来ず、せっかくの整った顔も生き物特有の獣臭のせいでゆがんでしまっている。顔に少ししかついていない私ですら顔をしかめたくなるくらいだから優の方はかなり重厚な風味なのだろう。


「早く神託(オラクル)を解きなさいよ」


私の言葉にうなずくとすぐに優の体を紫色の光が包み込んだ。美少女が光に包みこまれるなんて魔法少女もののアニメなんかでよく見るシーンだけど、幼少期の私はあれをただの放送時間の尺稼ぎと思っていた。だから一回見たら次の回からは早送りして見ていたのけれども、実際目の当たりにしてみると、とってもキレイ。ずっと見てられると思う。


まあ、魔法少女物のアニメならここで優の裸が全国のみなさんにお届けされ視聴率がグンッと上がる所なんでしょうけど、ざんねんなことに、私たち女性利用者にはありがたいことに、そうはならないのよね。優を包んでいた光の粒子たちは一分もしないうちにセーターの糸がほどけるように消えて行ってしまった。そして光が消えるとさっきまでどこぞの世紀末の美少女剣士風だった優の衣装が今やOLご用達のパンツスーツ姿にモデルチェンジしていた。


衣装チェンジが速すぎて肉眼じゃほとんど見えないのよね。まあでもそれでよかったわ、いや、本当に。もし裸じゃなくてもスタイルがわかるんだったら私は絶対光になんて包まれない。だって・・・・・・胸が、ねえ。


光速早着替えを終えてすぐ優はその場でクルッとまわって、自前のパンツスーツにシミが着いていないか確認した。その後、自分の腰まで伸びた綺麗な黒髪を摘まんで鼻に近づけた。やっぱり少しはバジリスク成分が着いていたみたいで、何ともいえない顔で口を引き結んだが、首を横に振ると、勢いのあまりアスファルトにめり込んだままの愛剣を引き抜き自分の腕ごと愛剣を光で包み込んだ。衣装チェンジの時と同じく数瞬の内に光源は消え去り、握っていたはずの愛剣も光源と共に跡形もなく消失していた。


「ふう、神衣(カムイ)だと洗濯とかしなくていいから良いよね」


神衣と神器。神契(かみちぎり)という私たちとはまた違う次元、といっても全く別の世界と言う訳じゃなくてつながった世界。高次元って言うのが一番しっくりくるかしら。その高次元、私たちが通常干渉できない世界に存在するいわゆる神様のような存在と契約、神契(かみちぎり)をすることで神託(オラクル)が与えられる。そのオラクルがこの次元で顕現した物が神衣と神器である、らしい。正直私も聞いただけでよくわかってないんだけど、要は別世界に転生しないでなんかチート級の武器を神様からもらったってのが一番わかりやすい表現なのかしらね。


私も優も神契をしてオラクルを賜ってるけど、オラクルは普通みんながもらえるような代物じゃない。むしろ選ばれたごく限られた人間しか持てない神聖なもの、なんだけど、困ったことに優はオラクルで得た神衣、夜の女王(ナイトオブクイーン)と神器、黒神刀(こくじんとう)を洗濯機いらずの服といつでも取り出せるサバイバルナイフぐらいにしか思ってないのよねえ。


「あんたねえ、人智を超えた超常の力に対してよくもそんな専業主婦みたいな感想言えるわねえ。」


「主婦ですから。専業じゃないけど。」


そんなことで威張られても。町一帯壊滅させられた状況でない胸を張れる親友を私は白い目で見ればいいのか頼もしく思えばいいのか。まあ一つだけ確かに言えることは、もし優に胸があったら親友はやめてるってことね。いや、ほんとに、まじで。


「オラクルも永久的に使えるもんじゃないし、私も自前のパンツスーツに着替えようかしらね。っていうかなんで優の神衣は過去に何かあった英雄風なのに私はこんなフリフリの着いたアイドルのセンター風衣装なのよ。」


「ええ、かわいいじゃん。赤髪のさいさいによく似合ってるよ。」


この手のやり取りは今まで散々してきて、結局ろくな答えが出ないので私は黙って優とはまた別の赤みを帯びた光源を出現させて自分の体を包みこんだ。すると優と同じく一瞬で朝着ていたスーツ姿に衣装チェンジできた。


一応私も自分の二つに結んだ赤髪にバジリスクの体液が着いていないか確認していると、どこからかくぐもった機械音が聞こえた。


「ん、さいさい、携帯鳴ってるよ」


優にそう言われ、真っ赤なパンツスーツのズボンについているポケットに手を入れてみると携帯のバイブレーション機能が作動した。


神衣って発現させると服だけじゃなくてポケットの中も一緒に消えちゃうから面倒よね。

ポケットから出して神衣に着替えれば大丈夫なんだけど、急な戦闘でいちいちポケットから携帯出すわけにもいかないしね。


画面に表示された名前を見て一安心した後、携帯の通話ボタンを押した。


「もしもし、ああ秋。大丈夫よ、こっちで片付けたわ。そっちは、うん、そう、わかったわ。じゃあこっちで合流しましょ。ええ、じゃあまたね。」


通話は至って簡潔に一分もかからず終了した。まあ、秋は長話しするタイプじゃないし、してる状況じゃないしね。


「あきあきから」


「ええ、あっちは逃がしたみたい。近くまで来てるらしいから、このまま合流するまで待ちね」


秋たちは私たちが追っていたやつとは別のバイスを追っていたけれども結局見つけることはできなかった。そのことを報告しようとしたら私たちの電話がそろって圏外だから戦闘になってると思い応援に駆け付けてくれている途中で戦闘を終えた私が電話に出た次第ということらしい。バイスは無事私たちが討伐したからとりあえず情報確認も合わせてここに集まる運びになった。


さっきまでずっと追いかけっこやってたからあんまり動きたくなかったしね。


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