第7話やり直しの罠
十月十五日、全治は他の生徒達と十二月に行われる二学期の期末テストに向けて、勉強に励んでいた。そんな時、担任の樺島から期末テストに向けてのルールが発表された。
「いいか?一学期の期末テストの成績は悪くなかったが、二学期はこれよりも上の成績を目指さなければならない。そこでこの私が丹精込めて作った「テスト対策テキスト」を、皆に配ろう。」
樺島は生徒の机に一冊づつ自作のテキストを配布した、そのテキストは一冊三十ページで、A4サイズの紙でできている。中身は教科書のコピーに、自ら書き加えたポイントや問題が書いてある。配布された生徒達は「よくこんなの作ろうと思ったよな・・・。」と、ほとんどが呆れていた。
「二学期の期末テストまでにそのテキストを全てやること、これが私からあなた達がテストでいい成績をとるために送る宿題です。」
樺島は真顔で言った、生徒達はうんざりした気持ちながらも、仕方ないという表情をしている。そして樺島は、気合のこもった口調で宣言した。
「そして私のクラスでは、昼放課を除く放課をテスト期間開始日から期末テスト終了日まで、禁止にする。」
生徒達は騒然とした、「それはやり過ぎだよ。」や「それは無いぜ!!」と生徒達の非難の声が、樺島に集中した。しかし樺島は、怯まずにさらに言い続ける。
「勉強に努力を注ぐことが、より良い未来を切り開くためだと私は、お前達に教えてきた。その為なら、今日の僅かな休息を犠牲にすることなど、悪では無い。」
ここで全治は、樺島に対して質問を始めた。
「樺島先生、先生にとって未来とは勉強の積み重ねで良くなるものだと思っているのですか?」
「ああ、そうだ。勉強を積み重ねればいい高校やいい大学に行けて、なりたい自分になる事が出来る。不安もあることは否めませんが、勉強を続ければ必ずいい未来が訪れる!!」
「でも、未来がどうなるかは誰にも分からない。もしかしたら、勉強してなかった事態が起きてもおかしくない。そんなときには友達や一人で考えることも、必要だと思います。そのためにも、放課を禁止するルールを無しにしてください。」
全治の寡黙な弁論に、樺島は顔を引きつらせ怒りの表情を浮かべた。
「お前はどうして質問ばかりなんだ!!あれこれ考えてばかりいるより、行動に移した方が自分にとって価値があることだろ。」
「確かにそうですね。しかしそうだとしても勉強が人生にとって最良であると決めつけるのは、おかしいです。生きていく上で大切なことは、一つでは無いと僕は思います。」
「きれい事ばかりは達者なようだな、それでも勉強を続ければいい未来を切り開けるんだ!」
「ではもし勉強を続けた場合、僕にはどんな明るい未来が訪れると思いますか?」
「それは知らん!もう質問はするな!!」
全治はため息をつきながら席に座った、ここで樺島は全治に捨て台詞を吐いた。
「まあ全治君は成績がいいから、勉強についてあれこれ言う必要は無い。しかし家庭があの様では、あまりいい未来は期待できないぞ。」
樺島の言う事は合っていた。両親と流子を亡くし、山師と二人きりの生活をしている全治。例え秀才であろうと、金銭的事情で高校へと行ける見込みは期待できない。全治はあくまでも事実なので何も言わなかったが、ここで空谷が樺島に言った。
「先生、今の発言を取り消してください!!」
「空谷君・・・。」
「へえ・・・、珍しいじゃないか。」
全治と黒之が空谷の方を向いた。
「何だ?今の私の言葉に、どこか間違いがあるというのか?」
「あります、全治君の家庭をバカにした事です。僕の家は恥ずかしながら母親がいません、父親と二人暮らしです。普通の家庭とは違っていても、僕はより良い未来のために勉強しているんだ。それをバカにしないでください!」
樺島は少しの間バツの悪い顔で黙っていたが、全治に「申し訳なかった。」と謝罪した。
それから三週間が過ぎた十二月五日、この時全治はすでに樺島自作のテキストをすでにやり遂げていた。しかし生徒達の間では、樺島に対する不満の声がちらほら出ていた。
『樺島の宿題、大変だった・・・。』
『ていうか、勉強勉強って親以上に口うるさいよな。』
『分かる。もう宿題の量も凄いし、自作のテキストまで作るんだもん、あんなやる気一体どこから来ているんだ?』
『そのやる気のせいで、俺達は遊べないのに・・・。』
『俺も小学校からの友達と、あまり遊んでいないな。』
『ていうか、樺島って俺達の気持ち分かっているのか?あいつもしかしたら、悪い先生かもしれないぜ。』
そんな生徒達の悪評を知ってか知らずか、樺島は教室に入ってきた。そして朝の礼を終えると、全治と空谷を呼び出した。
「先生、何でしょうか?」
「お前達に出した私のテキストの回答が全部間違っていた、よってテキストをやり直してもらう。」
「えっ・・・本当ですか。」
空谷は絶句したが、全治は落ち着いて質問した。
「本当に全部間違っていたのですか?」
「ああ、何か不満があるのか?」
「先生のテキストは、教科書の問題を参考にしたものもあります。ですから教科書をちゃんと見れば、問題は正しく解けます。」
「でも間違いは間違いだ、とにかく直しなさい。それと追加の宿題だ。」
そういうと樺島は全治と空谷に、今までのテキストに加え新たなテキストを渡した。それは以前に渡したテキストの、倍のページ数があった。
「こ・・・こんなには無理です!!」
空谷は悲鳴を上げた。
「甘えるな!!とにかく復習を積み重ねて、テストへの準備をしろ!!」
樺島の一喝により、全治と空谷は重い足取りで席に着いた。ところがその日の放課後、何故か全治だけが樺島に呼び出された。しかも校庭の隅に。
「先生、何かしましたか?」
「そうじゃない、お前は空谷が心配か?」
樺島のその声に、全治は邪悪な気配を感じた。
「はい、僕と同じ課題を渡されて、空谷君はかなり落ち込んでいます。」
「実は私も後で酷いことをしたと思ってね、追加で出したテキストを無しにしようと思ったんだ。」
「本当ですか?」
「そのためには、君が肌身離さず持っている本が必要なんだ。」
樺島の目が怪しく光った、全治は明らかな異変を感じた。
「これは・・・黒之だな!!」
「ああ、そうさ。」
突然、黒之が樺島の隣に現れた。
「全治様、気を付けて!」
「相変わらず、魔導書が欲しいのね・・・。」
「教師を手駒にするやり方、相変わらず生意気ね。」
眷属のホワイト・ルビー・アルタイルが、戦闘態勢に入った。
「君達は、邪魔。」
黒之は神の力による鎖で、眷属達を縛り上げた。
「う・・・動けない・・・。」
「みんな!!」
「さあ、全治。魔導書を渡せ。そうしたら、眷属達も自由になる。」
「そうだぞ、それに空谷もお前も楽になるんだ。」
黒之と樺島が、全治に迫っていく。
「・・・これだけは、渡せない。」
「強情だな。行け、樺島。」
黒之が命令すると樺島は全治に殴りかかってきた、全治はかわすが樺島は何度も殴りかかる。プロボクサーのような樺島の動きに、全治は「樺島は黒之に操られていると」確信した。ところが急に黒之が全治の脇腹にケリを入れ、よろめいた全治の顔に樺島の拳が当たった。全治は仰向けに倒れて、樺島に首を掴まれた。
「さあ、魔導書を渡せ!!」
「ぐっ・・・・。」
抵抗するも、抜け出せない全治。このまま万事休すなのか・・・・。
「全治よ、神の手を呼ぶのだ。」
全治のところに、ゼウスの声が聞こえた。
「神の手・・・。」
全治は魔導書の呪文を必死に思い出し、呪文を唱えた。
「汝持ちし、忠実な大手!」
すると全治と樺島の背後に、巨大な手が現れた。
「樺島、離れろ!!」
嫌な予感を感じた黒之だったが、巨大な手はすでに樺島を掴んでいた。
「離せ!離せ!離すんだ!!」
巨大な手は喚く樺島を、勢いよく放り投げた。樺島の絶叫が響き渡り、すぐに聞こえなくなった。
「ハア・ハア・・・、助かった。」
「クソ、覚えてろ!!」
黒之は撤退し、眷属達は自由になった。
「全治様、大丈夫ですか!!」
「ああ、大丈夫。ごめんなさい、魔導書を渡したくない故に苦しい思いをさせて。」
「謝らないでよ、魔導書があったから私達がいるんだもの。」
「その通りです。」
眷属達の気持ちに、全治は慰められた。そして静かに教室へと戻って行った。
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