第6話人を助けることについて

 まだまだ温かい十月一日、全治は町内会の廃品回収にゴミを出しに来た。場所は公民館の駐車場である。

「あら、千草さん。おはよう。」

「おはようございます。」

「しかし、中学生なのに立派だな。俺が全治と同じ年の頃には、毎日ダチと遊んでいたというのに。」

「流子さんが亡くなってから、全治君は大変なのよ。家事だけじゃなく勉強もしているから。」

 生前の流子は社交的で、近所付き合いが良かった。その流子が亡くなったことで、全治は町内のお年寄りから庇護を受けることが時折あった。

「全治、これ持っていきな。」

「いいんですか?」

「ああ、余っていたからね。遠慮することはないよ。」

 全治が貰うものはお菓子・食器や洗濯の洗剤・インスタント食品と、全てあまりもので、量も情けの大きさ故に多い。そのため回収に出したゴミよりも、貰い物のほうが多く、行きよりも帰りの方が重労働なんてことがあった。そんな時、全治は他のお年寄りと一緒に回収したスチール缶の入った籠を、運ぶ女性を見かけた。細い目にしわだらけの老いた顔、でも人相がかなり良く、全治はその姿に亡くなった流子を重ねた。

「あの、手伝いましょうか?」

「ん?おやまあ、立派だね。それじゃあ、これを運び終えたら手伝ってもらおうかしら。」

「はい、分かりました。」

 全治はそれからその女性と一緒に、資源の入った籠を回収用の軽トラに運ぶ作業を行った。そして全ての資源を運び終え、全治が休んでいるとその女性が話しかけてきた。

「あなた、近頃では見なくなった優しい子だね。」

「え?そうですかね・・・僕にとっては当たり前の事ですが?」

「ハハハ、そこまでの感覚ならもう私と同じだよ。」

「そういえばまだ名前を聞いていませんでした、僕は千草全治です。」

「私は角谷菊子よ、よろしくね。」

「角谷さんはいつもお手伝いをしているの?」

「うん、私の周りの近所の人だけだけど、お手伝いをしているわよ。」

「具体的にはどんなことをしているの?」

「まあ家事ね、洗濯物を取り込んだり、食事を作ったり。」

「へえ・・・、家政婦みたいだね。」

「実は昔そうだったの、もしよければあなたの家にも来ていいかしら?」

「気持ちはありがとう、でもいいです。僕はおじいちゃんと二人だけで、何とか生きています。」

「でも正直それはすごく大変でしょう、手伝ってもらった方がいいわ。」

「でも僕にとっては全く苦しいことでは無いです、今まで沢山の人の恩情を受けてきましたが、あなたが一番大きいです。それではこれでさようなら。」

 全治はそういうと置いてあった貰い物を持って、帰宅した。そんな全治の背中を角谷は、笑みを浮かべながら見つめていた。



 十月八日、全治が学校から帰宅すると、全治のおじいちゃん・山師が上機嫌でテレビを見ていた。

「おじいちゃん、夕ご飯どうする?」

「ああ、みそ汁と春巻きが出来ているから、大丈夫だよ。」

「え?本当?」

 全治が気になって台所に入ると、コンロの上の鍋の中には野菜とワカメの味噌汁が入っていて、その隣のフライパンには大き目の春巻きが四本あった。しかもそのついでに、炊飯器のご飯も炊けている。

「これ、おじいちゃんが作ったの?」

「いいや、今日喫茶店で優しそうなご婦人にあってな、しかもお手伝いさせてほしいというから、夕食の調理を頼んだんだ。」

「その人、角谷菊子さん?」

「ああ、よく分かったな。前に会った事あるのか?」

「うん、廃品回収の時に。」

「あの人、困っている人を見るとほっとけないようでな。私と全治のことを知り合いから聞いて、助けてあげたいと思っていたようだよ。」

 全治は角谷の「人を助けたい」という思いに、関心と疑問を持った。また廃品回収の日になったら会えるかなと思いながら、二階へと上がっていった。




 十月十五日、この日も廃品回収にやって来た全治は、資源をだしながら角谷を探した。角谷はすぐに見つかった。

「角谷さん、おはようございます。」

「あら、全治君おはよう。」

「あの、廃品回収が終わったらお話してもいいですか?」

「ええ、いいわよ。」

 そして二十分後、仕事を終えた全治と角谷は、駐車場の人気の無い路肩に腰を落とした。

「それで、話しというのは何でしょう?」

「あの、角谷さんはどうしてそこまで、人助けをするのですか?」

 角谷は沈黙した、そして全治の方を睨むと喋りだした。

「今、私が話すことを絶対に口外しないと、約束できるかい?」

「はい、わかりました。」

「私はね、全科があるの。つまり元犯罪者という訳ね。私がしたのは、万引きと窃盗。十六から始めて四十一で逮捕されたわ。あの時の私は「こんなに売っているんだから、一つぐらいタダで持って行っても何ともない。」という気持ちでやった。腕前と運が良かったからか、面白いように商品が手に入った。でも、そんな私にもしかるべき時が来た。店員に捕まって通報されて、すぐにパトカーに乗せられた。パトカーの中で、私は警官に盗んだ時の事を誇らしげに言った。まあ警官には、雷を落とされたけどね。」

「何で二十五年も万引きを?辞めさせる人はいなかったの?」

「そんな人はいなかったね。両親は私を十五まで育てると、そのまま私を空き缶みたいにポイ捨て。元々友達もいなかった。一人でどうしたらいいかわからず、ただお腹が空いたけどお金が無くて、近所のパン屋でコッペパンを盗んだのが初めてのことよ。最初は生きるためにしていたけど、何だがスリルっていうのにハマって、そのまま万引き浮浪者として生きていたわ。」

「そうでしたか・・・、じゃあ万引きを辞めたきっかけは?」

「刑務所生活ね、あそこは本当に苦しかった。飯は不味いし、看守のあたりもきついし、何より囚人たちの上下関係かな。私の勤めていた刑務所は犯した犯罪の大きさで、上下が決まっていた。一番偉い囚人は、十人も殺した凶悪な人だった・・・。その人の言う事は、看守ではない私達には逆らえなかった。私は何とか耐え抜いて、八年後に出所した。その時、もう刑務所には入らないと誓ったの。」

「やっぱり、理由はどうあれ犯罪はいけないんだね。」

「そうね・・・、私は取りあえずゴミ拾いと日雇いの仕事で食いつないだ。そして私は友利さんというボランティアに、「同居しない?」って誘われて、そこから私の人生は変わった。結婚もして家も持てて、本当に幸せになれた。そして私は友利さんのように、誰かを助けて少しでも幸せにしたいと思ったのよ。」

「そうでしたか・・・、自分が救われた喜びを、他人にも味わってほしいという事ですね。」

 全治は笑みを浮かべながら頷いた。そして角谷に向けて言った。

「僕は自分のために人を助けているという考えを否定できません、あなたも救われた喜びを知って味わってほしいという理由で、人助けをしています。僕の場合は、ただこの世界のいろんな人の人生について知るためです。」

「まあ・・・、あなた変わっているわね。」

「よく言われます、でもこれが僕自身です。」

「そうね、理由はどうあれ人助けはいい事。おせっかいとか言われるかもしれないけど、そう言う人ほど助けを求めているものよね。」

「そうかもしれませんね、今日はお話していただきありがとうございました。」

「こちらこそ、あなたとはこれからも付き合って行けそうだわ。」

 全治は立ち上がると、角谷と別れた。帰宅する全治に眷属のルビーが話しかけた。

「全治様、一ついいですか?」

「どうしたの、ルビー?」

「あの時、一緒にクレヨンを探してくれたのも、やはり人の人生について知るためですか?」

「もちろん、あの時の君は夢中で絵を書いていた。僕はそこに興味を感じただけさ。」

 ルビーは、その赤い体を照れて更に赤くした。













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